9
建国祭当日。
私は男の子に変装し、城下町を歩いていた。男物の服を着て、ハンチング帽を被り、色付き眼鏡を掛けている。私のありふれた栗色の短髪は隠すまでもないものだが、金色の瞳は目立つので、お忍びの際は色付き眼鏡が必須だ。
この世界の魔法属性は瞳の色に現れる。風属性が緑、水属性が青、火属性が赤、光属性の金と闇属性の黒。順に所持人数が少なくなり、光属性持ちは希少、闇属性持ちは滅多に居らず歴史上数人が確認されているだけ。そのため金色の瞳の者は狙われやすく、庶民や下位貴族に金色の瞳の子が生まれると、国が保護しているくらいだ。
光属性は回復魔法に優れているので、国が保護した金目の子どもは神殿預かりになり、長じて神官や巫女になることが多い。ウチの家が神殿と関わりが深いのも光属性持ちがよく生まれるからで、今一族では私以外にも父と従兄が光属性を持っており、父は神殿長、従兄は神官長として神殿に勤めている。
私は公爵令嬢の上に光属性持ちで神殿長の娘なので、誘拐を防ぐため、常に護衛が付いている。ただ、護衛は普段少しだけ離れた場所から警護しているし、人が多いと逸れる可能性もあるからと、私が外出する時はいつもアーク兄様が付いてくる。
過保護な兄は今日も一緒で、茶色い目をあちこちに向けながら周囲を警戒している。兄は属性無しのよくある目の色なので目を隠さなくても良いが、私とは逆に、オレンジ色の髪がひどく目立つ。それでなくとも美形で背が高く人目に付きやすい兄は、フルフェイスの兜で目立つ頭部を隠している。兜に合わせたフルプレートアーマーも着ていて、普段なら浮きまくっていただろう。でも今日の王都は建国祭を見に来た他国人や冒険者、警備の衛兵達がウロウロしているため、兄はなんとか町に溶け込んでいた。
ただし問題が1つ。
「……暑い……」
初夏に全身フル装備は暑いに決まっている。
「だから言ったじゃない。そこまでして付いてこなくても」
「ダメだ。リアは俺が守らないと。心配なんだ」
私はアーク兄様が暑さで倒れないか心配なんだが。
「大丈夫よ。護衛の皆もいるし、私だって兄様に鍛えられて強くなってるんだから」
「俺が一緒では嫌か?」
アーク兄様が雨に濡れた仔犬のような目を向けてくる。
私はこの目に弱い。屋敷を出る時に、すでに1敗している。
「嫌な訳ないじゃない。私はアーク兄様が大好きよ。だから私も兄様のことが心配なの」
「グフッ!」
兄様がむせた。兜の隙間を赤いものが伝っているが、気のせいだと思いたい。
「……兄様、大丈夫?」
「……ああ、平気だ。いや平気ではないが肉体的には問題ない」
「……そう。でも、やっぱり兄様は帰ったほうが良──」
私には続けられなかった。
兄が今度は捨てられた仔犬の目を向けてくる。私は今日2度目の敗北を喫した。
「──くないわね!兄様が居てくれないと不安だものね!」
「だよな!俺がいないと不安だよな!俺が一生リアを守ってやらないとな!」
兜から覗く茶色い目が、嬉しげに細められた。
兄の愛が重い。年々重くなっている気がする。
さすがにそろそろ妹離れしないとマズイんじゃないかと思うので、その点からも、ぜひともミモザちゃんに兄を攻略してほしいところだ。私は1ブロック先をゆくピンクの頭を見つめながら願った。
ミモザちゃんはレグルス王子の誘いを受けたようで、二人は並んで歩きながら屋台を覗いたり、道端で芸をする一団に拍手を送ったりしている。ゲームでもあった建国祭デートイベントだ。
建国祭デートイベントは、その時点で最も主人公に対する好感度が高いキャラクターからデートを申し込まれ、選択肢でハイを選ぶと発生した。デートが終わると親密度がかなり上がるので、普通はハイを選ぶのだが、イイエを選んで断ることもできた。イイエを選ぶと誘ってきた相手の好感度が下がるので、狙っているキャラクター以外から誘われた時の好感度調整に使われていた。ちなみに好感度は主人公にも設定されていて、親密度は主人公と各攻略対象、両方の好感度が高くならないと上がらない仕様になっていたはずだ。
ミモザちゃんは王子が本命だと言っていたから、まず誘いを断ることはないと思っていたけど、上手く建国祭デートイベントに持ってこられて良かった。アーク兄様が誘っても、現時点ではミモザちゃんに断わられるのが目に見えていたからね。
でも勝負はここからだ。
私は見失わないようピンク頭に視線を固定し、尾行を続行する。ミモザちゃんのピンクの髪とレグルス王子の金髪のペアは遠目にも目立っていて、尾行は順調に続けられた。