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アーク兄様に変わって私が同行することは、意外とあっさり受け入れられた。リゲル辺りが難癖をつけてくるかと思っていたが、そんな事もなく、むしろアーク兄様が任を解かれたことに皆納得している。どうも兄様はこの2ヶ月、ミモザちゃんともレグルス王子達ともほとんど関わっていなかったらしい。アーク兄様は職務を放棄したものと見做されていたようだ。
ミモザちゃんもゲームになかった展開に驚きはしたものの、元からアークルートには興味も無かったことだしと、メンバーチェンジに同意した。むしろ自分に傅く私に対して優越感を持ったようで、口元が緩んでいる。呆気なく第一関門を突破した私は、正直拍子抜けだった。
役者がアーク兄様から私に変わりはしたが、シナリオはゲーム通りに進んでゆく。神官長からミモザちゃんに聖剣が手渡され、次いで神殿長から聖なる薔薇が渡される。虹色に光る薔薇は、採取されてから何ヶ月も経つのに全く色褪せず、瑞々しさを保っている。
ミモザちゃんは聖剣を腰に佩き、聖なる薔薇の花を扉に翳した。扉に刻まれた薔薇の意匠が光り、両開きの扉が音もなく滑り、開く。
「さぁ聖女よ、お進みなさい」
「どうぞお気をつけて」
神殿の皆に送り出され、扉の向こうに足を踏み入れる。10歩も行かぬうちに下り階段になっていて、光るトンネルが真っ直ぐに地下へと続いていた。
レグルス王子がミモザちゃんに右手を差し出し、エスコートする。次いでリゲルとシリウス、私は最後尾を歩きながら注意深く4人を観察する。聖剣はまだミモザちゃんの腰にある。
階段を降りきると、突き当りにポッカリと穴が開いているだけで、他には何も無かった。
「何コレ、空っぽ?」
ミモザちゃんが戸惑うのも無理はない。飾り立てた祭壇も、巨大な水晶も、輝く魔法陣も、それっぽい物が何も無い。ただ闇があるだけだ。壁や天井は暗闇に呑まれて見えず、床も黒い霧のような物に覆われていて、有るのか無いのかも分からない。常闇の祠に続く洞窟に似ているが、あれよりもなお昏い。
「この霧みたいなのが魔なのか」
レグルス王子はミモザちゃんから手を離し、一歩下がった。代わって私がミモザちゃんの隣に並ぶ。
私は光魔法を打ち上げて、周囲を照らしてみた。前方と左右斜め前の三方、目線の高さに光を飛ばす。足元に漂う黒霧がふよふよと、光を避けた。どうやら目の届く範囲には床があるようだ。
私はミモザちゃんにだけ聞こえるように囁いた。
「ミモザちゃん、私を信じて」
ハッとして私に顔を向けたミモザちゃんの手を、私は掴んだ。と同時に走り出す。
「えっ、ちょっと何!?」
「ミモザ?ミリアリア嬢!」
目の前に蠢く闇に飛び込むと、即座に隠蔽魔法を展開する。私とミモザちゃんの姿が消えたのを見計らい、右に方向転換。次いで極小さな光を床面スレスレに飛ばし、足場を確認しつつ、更に左に曲がって進む。
「ちょっとアンタ、どういうつもり?」
「しっ、声を落として。見つかるじゃない」
声は黒霧に吸われて響かない。まだそれほど離れていないが、レグルス王子達の声も聞こえてこなかった。これは普通の霧ではなく魔が具現化したものだからか粘度があり、重く身体に纏わりついてくる。もう入り口の光も見えず、ぐるりと闇の壁に取り囲まれている。
私は速度を落として早足で歩きながら、横目にミモザちゃんと目を合わせた。
「お願いミモザちゃん。聖剣を私に渡して」
「嫌よ。これはレグルス様に渡すって決まってるの!」
即答だ。やっぱりミモザちゃんはレグルスルートを選ぶのか。
「ダメよ。殿下に渡したら、ううん、私以外に聖剣を渡したら、ミモザちゃんは殺される」
「何アホな事言ってんの?」
「この世界の聖女は生贄なのよ。封印した魔を器ごと壊すのが、聖剣の役目なの」
「器ってアタシのこと?それが本当だって証拠は?それにアンタがアタシを殺さないって証拠は?」
証拠なんてない。ゲームでもそんな設定は出てこなかった。でも信じてもらうしかない。
出来れば前もってミモザちゃんに事情を話し、時間をかけて説得したかったが、ミモザちゃんはゲームのシナリオを知っている。下手に警戒され、レグルス王子達に相談でもされては元も子もない。だから今しか無かった。
「私はミモザちゃんを殺したりしない、そう誓う事しか出来ない。でも信じて」
「アンタに聖剣を渡したとして、どうするの?聖女を殺すのには理由があるんじゃないの?」
ミモザちゃん、学園の成績は良くないけど頭は回るね。
「聖女が殺されるのは、魔王にさせないためよ。封印した魔に侵されて、初代の聖女は魔王になった。だから聖女は魔の封印がすむと殺されるの。でも、私はそんな事させない。聖剣を使って、途中で封印を中断させる」




