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腕輪を外しプライバシーを確保した私は、その足でイザール兄様の元に向かった。イザール兄様は我が家の長男ではあるが、家督相続権を次兄に譲って独立している。魔法と魔術の両方に造詣が深く、若くして魔導具製作工房を立ち上げ後進を育てている───といえば聞こえは良いが、要は魔法や魔術にしか興味のないオタク気質の兄である。
基本的に引き籠もりの兄は、思ったとおり工房にいた。その場で手短に事情を話し、念のために他にもGPSが付いていないか調べてもらう。
……出るわ出るわ。私が身に着けていた服に靴、装身具に下着まで、ありとあらゆる物に探査魔術が付与されていた。私のプライバシーって……。
私はイザール兄様をにこやかに脅し、兄が着ていた作業着を奪い取った。代わりに私の学園の制服(女子生徒用)を着るよう勧めたが、泣きながら拒絶された。兄は美人だから絶対に似合うのに。
「ミリアリア、ごめん悪かった!謝るからスカート履くのだけは勘弁して下さい!」
「ミリアリアちゃん、許してやって。誘拐防止のため、君の安全のためって言われて断れなかったんだよ。それに録音機能はさすがにやり過ぎだって、弟君を説得したのはイザールだよ」
兄を庇うのは、友人であり魔導具製作仲間だというラサラスさん。夏に飛行魔具で旅行した時、ご一緒したので顔見知り。私に作業着を奪われて半裸になったイザール兄様に、そっと毛布を手渡す優しい人だ。
「そうだよ。映像記録の術式も、まだ出来上がらないからって嘘ついて先延ばしにしてたんだからね!」
アーク兄様、盗聴盗撮は犯罪だよ。
私はここにきてもまだ、アーク兄様の執着を甘く見ていたようだ。
「イザール兄様。許してあげますから早急に、何の魔術付与もされていない服を一式準備してください。靴と下着もですよ。あとラサラスさん、申し訳ありませんが飛行魔具をすぐに出発できる状態にして頂けますか」
「わかった、アークから逃げるんだね、兄様に任せて!」
「うん、協力するよ」
私は2人の手を借りて、身を隠すことに成功した。
それからの私は飛行魔具で移動しながら、イザール兄様と過ごした。付与素材を集めるために魔物を狩ったり、魔導具を造ったり、新しい魔術を構築したりとやる事は山ほどある。
アーク兄様が私の隠蔽魔法を見破れるのはGPSのおかげだったようで、隠蔽魔法を施した飛行魔具は誰にも見られずに悠々と王都の空を飛べた。そのため神殿にも何度か立ち寄ることができ、会うたびに憔悴していく父様に、よく効く薬草を届けることができた。
アーク兄様は毎日神殿に来て、私は何処だと父に詰め寄っているらしい。
「リア、もう限界だよ。もうじきアークが王都に火を付けるよ」
「兄様はそんな酷いことはしません」
「あの子はやるよ。リアを炙り出すためにやるよ」
「……大丈夫、大丈夫」
「大丈夫だって思ってないよね?」
私は父様に泣き付かれて、アーク兄様にお手紙を書いた。兄様は学園にも行かずに私を探しているそうなので、きちんと登校するよう書き添えておく。ついでに私が悪阻で学園を休んでいるという噂を否定しておいてほしかったが、そこまで望むのは欲張り過ぎだろう。
私はイザール兄様と、時々ラサラスさんにも手伝ってもらい、ふた月あまり掛かってようやく準備を整えることができた。
全ての準備が終わり、父との最終確認もすみ、私は2ヶ月ぶりに屋敷の自分の部屋に戻ってきた。窓から部屋に入ると、奥の寝室から人の気配がする。隠蔽魔法を掛けたまま寝室を覗くと、アーク兄様が私のベッドで眠っていた。
久しぶりに見た兄様は、ずいぶんとやつれていた。眉根を寄せ今にも泣き出しそうな寝顔は、頬がこけ血色が悪い。鍛練もしていないのか、寝間着の上からでも判るほど痩せて筋肉が落ちている。
兄様は私の枕を抱き締めていて、それには枕カバーよろしく私の寝間着が着せられていた。ベッドサイドに置かれた私からの手紙は、何度も読み返したのか皺くちゃで、涙の跡だろう染みが点々とついている。
私はそっと寝室の奥に進むと、チェストの引出しを開けて中身を取り出した。引き返す途中、アーク兄様が寝返りしてベッドが軋む。思わず足を止めて振り返った私と、目を覚ましたアーク兄様の目が合った、気がした。
「リア?帰ってきてくれたのか?」
隠蔽魔法を掛けたままの私の姿は、兄様の瞳には映っていない。それなのに兄様の目は、真っ直ぐに私がいる場所を見据えている。まずい。
私は即座に袖口のボタンに触れ、転移の魔法陣を展開した。魔法が発動する気配に気付いた兄様が私目掛けて突進してきたが、間一髪で転移魔法が発動する。
「リア、待ってくれ!行かないでくれ!」
私を呼ぶアーク兄様の声が、庭先にまで響いている。転移魔法はまだ開発されたばかりで、短い距離しか移動できない。すぐにでもアーク兄様が私を探しにくるだろう。
もう少しだけ、アーク兄様の傍に居たかった。
私は後ろ髪を引かれながらも、屋敷を後にした。




