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イカ焼き、イカ飯、イカ大根にイカ焼売。所狭しと並べられたテーブルに、アーク兄様がイカ刺しを追加する。思いつく限りのイカ尽くしの食卓に、私は達成感を覚えていた。
イカ大根とか西洋チックな世界観に合わないけど、美味しいからいいよね。皆とくに珍しがってもいないし。
ここは乙女ゲームの世界だからなのか、和風のものがちょこちょこ存在する。味噌や醤油も神殿の保存庫にあった。案外私のような転生者がいっぱいいて、日本食を広めているのかもしれない。
兄様が更にイカ墨スパゲッティを作っている。料理が出来る兄様ってとても素敵だ。
私達は早めに課題を終わらせて、クラーケンを調理していた。抱えるほどの大きさのクラーケンの切身を、全部使ってしまおうと思ったからだ。
厨房は神殿に併設されている孤児院のものをお借りしている。神殿の厨房を貸そうと申し出てもらっていたが、丁重にお断りした。イカ臭い神殿ってなんか嫌だ。それに神殿の孤児院は、ミモザちゃんが男爵家の養女になるまで暮らしていた場所なので、子どもの頃のミモザちゃんの話を聞きたかったのだ。
クラーケンの調理は、子ども達やお世話係の巫女様達が手伝ってくれてサクサク進んでいる。出来上がった料理を金色の瞳を持つ子どもが摘み食いして、神官様に拳骨を喰らった。光属性持ちの子は特別扱いされているのかと思ったが、意外とスパルタらしい。拳骨を喰らった子がエヘヘと笑っているので、愛のある厳しさのようで安心する。
過去には光属性持ちを国の資源とみなし、道具のように酷使していたこともあると歴史書には記されている。父様が神殿長をしているのだから、そんな事は無いと信じていたが、実際に目にするまでは不安もあったのだ。聖女の本当の役目のこともあるし。
私は兄様が作ったイカ墨スパゲッティを小皿に採って、拳骨を喰らった子に差し出した。
「これ、味見して」
子どもは10歳くらいだろうか。生意気そうな目で小皿を一瞥し、フンッとそっぽを向いた。
「黒いのヤダ。闇属性の色じゃん」
歴史上たった数人しかいない闇属性持ちは、黒い瞳をしていたと伝えられる。闇属性持ちも迫害を受けていた歴史があるが、現在では単なる属性の1つだと教えられているはずだ。
私はニッコリと笑った。
「そう。じゃあ、デザートに出すガトーショコラも黒いからいらないね」
「ええっ!」
生意気な態度は何処へやら、少年は金の瞳を潤ませる。
「ガトーショコラ、食べたい」
「じゃあその前に、アーン」
私がスパゲッティをフォークで掬い、口元に持っていくと、少年は渋々ながら食べてくれた。
「あれ、美味しい」
「でしょ?食わず嫌いは損するよ」
「リア、アーン」
兄様が私の口元にフォークを持ってくる。フォークの先には、いつの間に作ったのかイカリングがぶら下がっていた。私が食べると、少年は生意気な顔に戻って言った。
「姉ちゃんってアーク兄ちゃんの恋人?」
「違います。私はアーク兄様の妹だよ」
「ふーん、兄妹でそんなに仲良いんだ」
だよね、兄妹の距離感じゃないよね。
「だったら姉ちゃん、オレの恋人にならない?」
即座に私を確保するアーク兄様。私に抱きつきながら少年を威嚇するアーク兄様。止めようよ、相手は子どもだよ、大人気ないよ。
少年は兄様と知り合いのようで、遠慮がなかった。兄様の牽制を掻い潜って私に手を延ばし、叩き落とされてを繰り返す。ペシッ、ベシッ、バシッといい音が響き、少年の手の甲が赤くなってゆく。
「兄様、手加減してあげて」
「しているさ。本当ならリアにちょっかい出す害虫は踏み潰して磨り潰して跡形もなく消し去るところだ」
真顔は止めて。
アーク兄様と少年の攻防が続くうち、正午を知られる鐘が鳴った。ふと少年が戸口に目をやり、パアッと顔を輝かせる。攻撃の手が止まる。
「ミモザ姉ちゃん!」
戸口からミモザちゃんが顔を出していた。少年は私の事など忘れたかのようにミモザちゃんに突進し、抱きついた。
「ミモザ姉ちゃん久し振り!元気だった?なんで会いに来てくれないんだよ!」
ミモザちゃんに抱きついたまま早口で捲し立てる少年を、ミモザちゃんは眉を顰めて見下ろした。
「アンタ誰?暑苦しいから離れてくれる?」
ショックで固まった少年を巫女様が引き離し、厨房から連れ出して行った。あれだけ元気だった少年が悄気げて、可哀想だ。
「ミモザちゃん、もしかして記憶がないの?」
「あるわよ。この世界のじゃないけどね」
つまり、日本での記憶しかないのか。
この世界の聖女召喚は、魂だけを呼び寄せるもののようだ。ミモザちゃんの髪の毛がピンク色の時点で、そのタイプの召喚だろうとは思っていた。あちらの世界に地毛がピンクの人なんて居ないから。
この孤児院で暮らしていたミモザの身体に、召喚した魂を移してミモザちゃんになった。だとしたら、元々のミモザの魂はどうなったのだろうか。




