29.アカネ、門をくぐる
私たちの方が沈黙した。
アオイが、私にぎゅっと身を寄せてくる。
「……助言者って何よ?」
アヤトキが、私たちとスカイの間に入った。
「聞かれた事に答える役だぜェエエッ!」
洞窟の中に、スカイの声が響き渡る。
アオイが私を見た。
でも、私もアオイを見つめ返すことくらいしかできない。
「……不正ってわかる?」
「不正はルール違反なんだぜェエッ!」
「何がルール違反なの?」
「んっとなァー、俺が約束を守らないことだなァッ!」
アヤトキの問いかけに、スカイはすぐに声を返す。
あんなに静かだったのが、うそみたい。
「……うーん」
アヤトキは、悩むようにうなった。
そして、そっと私たちを振り返る。
「……どう思う? ウソはついてないと思うんだけど……」
ひそひそ声で言われたけど、割りと響く。
「どう、だろう……」
うそをつくタイプには見えないけど。
でも、人は見かけによらないとも言うしな。
「……もっと、お話を聞いてみてはどう、かな、と……」
ちらちらとアオイがこっちを見てくる。
すごく自信なさげ。
私だって自信はない。
正解なんて、わかんないし。
「……約束って何よ?」
改めて前を向いたアヤトキが問う。
「正解者を送り出す事だぜェエッ! だから、オーケイなんだよォオッ!」
パンッと手を叩いたスカイは、くるりと向きを変えた。
そして、すたすたと歩いていく。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよッ!」
アヤトキが声を上げるけど、スカイはそのまま出て行ってしまった。
やっぱり、あっちが進行方向っぽい。
透明なボックスが待っている方を見たまま、アヤトキは固まった。
「……」
「……」
「……」
「誰か、何か言いなさいよォ……」
沈黙に耐え切れなかったのは、アヤトキだった。
だよね。苦手っぽい。
私も得意じゃないけど。
「ここに来られたら、正解者ってことなの?」
「んー、それはちょっとォ……助言者を当てたら、ってコトじゃない?」
「それもそうかー」
そうじゃなかったら、辿り着いた時点で出られないとおかしいか。
「それよりィ……」
アヤトキがちらりと出口を見た。
そこに、スカイの姿はない。
「……スカイが仕掛け人だったコト?」
「私たちを閉じ込めたのはスカイさんだった、ということですか?」
「だってェ、あの子だけが知ってるコトがあるんでしょ……?」
ひそひそと言葉を交わすアヤトキたちから視線を外した。
出口を見ても、やっぱりスカイはいない。
自然と眉間に皺が寄った。
スカイがいたのは、檻の中だった。
鍵穴を出現させるための仕掛けは、檻の外。
鍵自体だって、檻の外にあった。
「でも、スカイって閉じ込められてたじゃん?」
「自分で入るコトだってできるわよォ?」
「だけど、出すって決めたのは私たちだよ」
アヤトキは下唇を軽く巻き込んで、うなりながら天井を見上げた。
それにあの場所は、岩の階段以外にはどことも繋がっていない。
他の場所は、いろんなところに繋がったり出入り口があったり、変わったりしていたのに。
スカイがいたところだけ、独立していたしな。引っかかる。
「──おォオオーいッ!! こっちに来いよォオッ、暗いだろォオオオッ!?」
遠くからスカイの声が響いた。
本当にうるさいな。
「……問題は、スカイの言うコトを聞くかどうか、よねェ」
ピアスをいじりながら溜め息をついたアヤトキは、乗り気ではなさそう。
アオイを見ると、うつむいて考え込んでいる。
「……スカイさんのとき、仕掛けは蛇でした」
「え? あー、うん。ヘビだったよね」
「蛇は不老不死の象徴ですから、門から地獄の底に辿り着くような気はあまり……」
「あら、ヘビにそそのかされて楽園を追放されちゃう話もあるのよ?」
「え? あー、そうなの?」
ふたりの言っていることは、ちょっとわかんないな。
確かなことは、ヘビもカエルも仕掛けは目にあったことくらいかな。
ヘビは、目そのものではなかったけど。
仲間はずれはゴールド。
ヘビの目。金色のヘビがスイッチになっていた。
「……スカイのカードも金だったよね?」
私が声を出すと、ふたりは一旦止まった。
そして、互いの顔を見てから、向き直ってくれた。
「おそろだったわ。そーよね?」
「はい。四枚とも、同じ色だったかと思います」
「じゃあ……やっぱり、スカイも私たちと同じじゃないの?」
カードで判断できるかはわからない。
でも、仕掛けた側だとも言えない気がする。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないしィ……わかんないわよ」
頬に手を当てたアヤトキは、溜め息をついた。
「私だってわからないけど……」
ちらりと出口を見る。
こっちを覗き込んだまま、静かにしているスカイが見えた。
一度、声をかけただけ。
そのあとは、ずっと静かにしている。
「……助言者が悪いひとだって決まったわけじゃないし」
それっぽいアドバイスをされたことがあったかどうか。
思い返してみるけど、あまりぴんと来ない。
でも、だまされたことがあるわけでもないし。
歩き出すと、アヤトキがアオイを引っ張ってついて来た。
「信じるの?」
隣に来たアヤトキが、小声で確かめてくる。
私は、すぐにうなづいた。
「"信じたいなら信じる"でいいって、アヤトキが言ったんだよ」
あれはアオイの件だったけど。
アオイとスカイで差別するのも、ちょっとどうかと思う。
アヤトキはゆっくりと深い息を吐いた。
肩をすくめて、それから天井を見上げる。
そして、出口の一歩手前で、私の手を握った。
「そーねッ! 何かあったら、そっから考えればイイし!」
右手で私、左手でアオイを捕まえたアヤトキは、大きな一歩で前に出た。
白い床を三人で踏む。
今度は、何も起こらない。
「スカイ! アンタも閉じ込められたのよねェッ!?」
「そーだぜェエエッ!」
「アンタも外に出たいのよねェッ!?」
「もちろんだぜェエッ!」
「だったら、決まりねッ! 全員で出なきゃ意味ないわッ!」
うるさいふたりが本当にうるさい。
アヤトキに手を引かれるがまま、透明のボックスに近づく。
やっぱり、エレベーターっぽい。
「スカイがここに入ればいいの?」
「それは分からないんだよなァアアッ!」
「わかんないかー」
うるさいのは流すことにしよう。
"助言者を捧げよ"の意味を知りたいけど。
「……スカイって聞いたら、何でも答えてくれるの?」
「そういう約束なんだぜェエエッ!」
「約束って、誰としたの?」
「名前は知らないヤツなんだぜェエッ!」
誰かわかんないな。
たぶん、そいつが閉じ込めてきた犯人だろうけど。
アオイはおろおろと戸惑った様子で、スカイを見つめている。
だけど、スカイは相変わらずのマイペース。
「あとー、"助言者を捧げよ"ってどういう意味?」
「助言者を見つけろってことだから、クリアしてるんだぜェエエッ!」
「じゃあ、"不正は神の目に晒され"ってのは?」
「だからルール違反だよォオッ! 俺が約束を破ったら、おしまいってことだぜェエッ!」
スカイの声が響き渡った。
本当にうるさい。さすがにこのシャウトはなしよりのなしすぎ。
そも。
知ってたら、答えないといけないのかな。
聞かれたら、答えないといけないってそういう意味なのかな。
スカイ、隠し事とかできそうなタイプに見えないしな。
アヤトキは、私とアオイの手を離さないまま。
ちょっとだけ、手が汗ばんでる。
アヤトキも、緊張しているのかも。
私も、ちょっと落ち着かない。
はーっと、アヤトキが息を漏らした。
「……助言者は見つけたしィ、スカイはルール違反はしてないしィ、ジャックポットじゃないのォ?」
「え、なに?」
「オールオッケー大成功ってコトよ」
「あーね、パーペキ」
あとは、全員揃って出られるか、だけど。
ボックスを改めてみると、文字が消えていた。
「あれ?」
文字どころか、こっち側にあった壁がなくなっている。
「……これで入れる、ということでしょうか」
手を握り締めているアオイは、やっぱり不安そうにしている。
ちらちらと視線を向ける先にいるのは、スカイ。
スカイは、ボックスを見上げたまま首をかしげている。
アオイが今度は私たちを見た。
「……文字が消えたなら、正解ということで良いのでしょうか……」
「……そう思いたいけど」
「そーねェ……何とも言えないわねェ」
色々と決定打に欠ける。
何か足りないようにしか思えない。
考え込んでいると、スカイが一歩進み出た。
「実験がてら乗ってみるぜェエエッ!!」
「アンタ怖いもの知らずなのっ!?」
アヤトキがあわてて止めに入る。
でも、スカイはひょいひょいっと軽い調子で乗り込んでしまった。
「スカイさんっ、降りてください……ッ」
「そーよ。危ないかもしれないんだからァッ!」
ふたりが声を上げるけど、返ってきたのは沈黙。
エレベーターは動かない。
スカイもふしぎそうに首をかしげているだけ。
「何、どういうこと──」
言いながらボックスに近づくと、こっちを見ているスカイの背後に数字が浮かんだ。
透明な板の上。
デジタルっぽい表示が出る。
そこには、白色で" 0 "と書かれていた。
「0って?」
思わずそう言うと、スカイが壁を振り返った。
そして、数字を見るなり「あァアー!」と声を上げて飛び降りてくる。
「なるほどなァアッ、なるほどなるほどォオオッ!」
大声を上げるスカイに、ちょっと威圧された。
「な、なに?」
「ちょっと、何なのよォッ!」
「ど、どういうことですか?」
おろおろと慌てるアオイがアヤトキに身体を寄せる。
すると、スカイは私に近づいて来た。
急に屈んだと思ったら、担ぎ上げられる。
そして、突然すぎて声も出せないまま──ボックスに入れられた。
「──なに、どういうこと」
わけがわからない。
頭を押さえながら顔を上げると、数字が見えた。
" 0 "──じゃない。
そこは灰色になっていて、ほとんど見えていない。
0の下には、数字が並んでいて、" 1 "だけが白く浮き上がっていた。
「……いち」
意味がわからなくてつぶやくと、今度はアオイが運ばれてきた。
こころなしか、私より丁寧でちょいムカ。
もしかして、スカートだから、かな。
「ほら、早く乗れよォオオッ!」
「アンタちょっとは説明するってスキルでも磨いたらどうッ!?」
ボックスの外では、うるさいの対うるさいのが始まった。
座り込んでいるアオイは、わかりやすく困惑している。
奥の壁を見ると、今度は" 2 "が白く浮き上がっていた。
「……アオイ、これ──」
言いながら手招きをしたとき。
「わかったわよッ、乗ればイイんでしょっ!」
アヤトキがぐいぐいと押し込まれてきた。
透明なボックスは薄いガラス製みたいに見えるのに、三人乗っても揺れもしない。
アクリル板っぽい気もするけど、やっぱりガラスの印象が強い。
アヤトキが傍に来たとき、" 3 "も白く浮かび上がった。
「……数字ですか?」
「そうみたい」
隣に来たアオイが腕に触れてくる。
私もこわいし、不安だから、何となく触れ返した。
浮き上がった数字は三つ。
灰色になっているのは、" 0 "だけ。
「えぇ、ナニよ。それ?」
アヤトキが私たちの後ろに立つ。
すると、急にボックスが揺れた。
「──スカイさん!」
アオイの声に顔を上げると、入り口に透明な壁ができあがっていた。
ぐらりとボックスが揺れる。
周りの壁につかむところがなくて、床に膝をついた。
つるりとした床も、頼りない。
外でスカイが何か言っている。
「──スカイ!」
ボックスがゆっくりと動き始めた。
浮き上がって、スカイの姿が少しずつ遠ざかる。
何かたくさんしゃべっているけど、何も聞こえない。
あんなにうるさい声が、聞こえないはずなんてないのに。
ボックスはぐんぐん上がって、天井まで近づいていく。
四角く穴の空いた天井を越えた瞬間、目が痛くなるほどの光が周囲を包み込んだ。





