28.アカネ、沈黙を解読する
"助言者を捧げよ。不正は神の目に晒され、地に堕ちる"
どういう意味だろう。
何だか、不安になる言い方だとは思う。
「……何なの、アレ」
アヤトキが私と同じように、ガラス張りのボックスを見つめている。
「……どういう、意味でしょうか……」
アオイは、文字に気がついたみたい。
相変わらずスカイは静かだけど。
気がついているには違いない。
「助言者っていうのを、あの中に入れろってコト?」
アヤトキが、怪訝そうに眉を寄せた。
「たぶん……」
それ以外の解釈があるのなら、もっとヒントが欲しい。
しっかり見ると、透明なボックスは浮いているみたい。
天井と床に、それぞれ四角い穴が開いている。
近未来のエレベーターっぽい。
ただ、今はそんなことを言う気にはならない。
「……不正って、なに?」
厳しい感じの言い方はしないでほしい。
そっと、アヤトキが腕を解いた。
でも、私もアオイも、すぐに離れることはできない。
「"地に堕ちる"だなんて、上級の不穏ワードねェ……」
アヤトキを見上げると、ちょっと険しい顔をしていた。
さすがに茶化す空気でもない。
"不正は神の目に晒され、地に堕ちる"
これはひとつの文章として、受け取っていいのかな。
ちらりと視線を向けると、アオイと目が合った。
「神って、カエルのことでしょうか……」
「いや、違うんじゃない……?」
完全には否定できないけど。
確かに、目を入れたけど。
「……でも、この中に助言者っていうのがいるって、ことだよね?」
ちらりと、アヤトキを見る。
助言者。アドバイザーって感じかな。
アドバイスは、あったりなかったり。
不安げにしているアオイも、どうなのかな。
こうなってくると、疑心暗鬼になりそう。
「自覚があるとは限らないかもしれないわねェ……」
「また、そういう難しいこと言う」
「だってェ、そうでしょッ!? 結果的に助言者になってるかもしれないじゃないッ!!」
バンッとアヤトキが台を叩いた。
「アタシなんて、こんなに尽くしてるんだからァッ! 助言どころの話じゃないしッ!?」
バンバンッ!
床に固定された台が、叩かれて揺れているように見えた。
「は?」
何の話だ。
どうしよう。オーバーヒートしてるから、無視しようかな。
キーキーと声を上げるアヤトキから離れて、透明のボックスに近付く。
エレベーターっぽい印象だけど、上下には何も繋がっていない。
それに、本当に浮いているみたい。
「……アカネさん」
アオイが隣に来た。
見ると、やっぱり、ものすごく不安そうにしている。
「あの……ここは、慎重に考えたほうがいいかと思います……」
「入ろうとしたわけじゃないからね?」
そもそも、このボックス。
入るところがなさそう。
開きそうな場所もない。ドアノブや持ち手っぽい突起もない。
スライド式かと思ったけど、引っ掛かりも何もなさそう。
だんだん、大きな氷にも見えてきた。
「……ちょっと考え直そうか。間違えたら、何か、やばそうだし……」
ゆっくりとボックスから離れる。
ついてきたアオイは、ちらちらとボックスを振り返るけど、自分だけで近づかない。
きっと、それが正解だとは思うな。
「ちょっとォ、ドコに行くの?」
「あっち。戻るよ」
アオイを連れて歩いていくと、アヤトキもついてきた。
ついでにアヤトキが、スカイを引っ張って来ている。
「……もしかして」
アヤトキが少し嫌そうに言う。
さっき出てきた洞窟の入り口、いや、出口かな。そこまで戻る。
向こう側は、こっちが明るすぎるせいで暗く見えるけど、明かりがなくなったわけじゃない。
「うん。さっきの文字、見ようかなって」
「あぁん、やっぱりィ……アレ、不気味なのよねェ」
「でも、ヒントっぽくない?」
「そーだけどォ……」
オネエ、渋る。
腕を取られているスカイは、やっぱり大人しい。
口さえ開かなかったら、ただの物静かなイケメンだ。
「……あー」
しゃべらなかったら、誰でも物静かだ。当たり前すぎる。
「ナニよ?」
「ううん、こっちの話」
完全にこっちの話。
白い床と石の床。その境界線をひょいっとまたいだ。
少し警戒したけど、今度は光も何もない。
奥に向かうと、ずらりと並んだ文字が見えてきた。
おねがい どこにも いかないで ここにいて ここから出て ここから ここから
ここから出して いかないで 憂鬱の底は死の淵 憂いを知れ
こちらどうぞ、どうぞどうぞ 可愛らしいお嬢さん、お手をどうぞ
僕だけ僕だけ僕だけ僕だけ僕だけ僕だけ置いていかないで
お前じゃないお前じゃないお前じゃないお前じゃない
うそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつき
青い青い青い青い青い 祈るな願わず選べ 青い青い青い青い青い
卑劣を許すな、卑劣を許すな 許すな 偽りは盾、真実は矛
来るんじゃなかった 従わなければ 沈黙は雄弁 偽りの音
最低最低最低最低最低 あんたなんかあんたなんかあんたなんか
決断は訴えの声を失わせる 迷いは劣悪
秘匿は罪 隠匿は罪 秘匿は罪 隠匿は罪 保身の業 自我の業
真実は眼、眼の先には真実、真実の口は箱の中、箱には何も入らない
鍵は名前。名前は鍵。連れ戻すための音にうそつきの羽を入れろ
仲間はずれ 偽りはいらない 嘘はつかないで 約束を守って
連なり連なり水の底 恐れるな躊躇うな 警告だ、これは警告だ
戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ
偽りを許すな、偽りを許すな偽りを許すな偽りを許すな偽りを許すな
引き返せない引き返せない引き返せない引き返せない引き返せない
「……うう」
頭がクラクラしそう。
色んな人が書き連ねたみたいだけど、見ているだけでぞくぞくして来た。
洞窟に声が響いているように錯覚しちゃいそう。
「……嘘はつかないで、って。前にもなかった?」
隣に立ったアヤトキが、頬に手を当てて言う。
「花壇のところにありました」
私を挟んでアオイが声を返す。
洞窟の中には少し響くけど、うるさいというほどじゃない。
ないしょにしないで。
うそをつかないで。
立て看板には、そう書いてあった気がする。
「そーよねェ……約束って、何のコト?」
「さぁ……これって全部に意味があるの?」
さすがに全部は解いていられない気がする。
「わかんないわよ、アタシも……」
「うーん……わかりませんね……」
アヤトキとアオイが首をかしげる。
左右で挟まないでほしいな。
私だって、わかんないし。
「名前は鍵、鍵は名前ってあるけど、アタシの時みたいな話よね?」
「"嘘をつかないで"に通じる話かと思います」
「そーよねェ……」
うなづいたアヤトキは腕を組んだ。
そして、コツコツと靴先で床を叩きながら、難しそうに壁を見つめている。
「偽りを許すなっていうのも、たぶん同じだよね」
嘘をつかないで、ということだな。
かなり念入りだな。
いろんな人が文字を書き入れているせいか、言葉や文章が入り乱れてわかりにくい。
あんた、っていうのは誰なのかな。
うそつきの羽って、どういう意味。
考えれば考えるほど、わけがわからない。
ふと、"沈黙は雄弁"という言葉が目に付いた。
「……ねえ」
アオイを見てから、文字を指でなぞる。
「沈黙は雄弁って、どういう意味だと思う?」
「……うーん」
アオイは私の腕を抱いたまま、困った様子で首をかしげた。
「ねえ?」
ついでにアヤトキにも聞いてみる。
「黙秘権ってコトじゃない?」
アヤトキは、それっぽいことを言った。
「黙ってたら勝ち?」
「違うわよッ、何よその逃げるが勝ち理論はッ! そうじゃなくて、否定に黙秘権を使うコトってないでしょ?」
「うん。どういう意味?」
本当にどういう意味だろ。
首をかしげると、アオイが「ドラマだと、そうですね」とうなづいた。
いや、そうかなぁ。
「あなたが殺しましたね? って聞かれて、黙秘権を行使しますって返すヒトなんて、大抵犯人よ」
「発言が法廷で不利になる可能性もあるので、弁護人を呼ぶように指示する場合もあるかとは思いますが……」
私を挟んでアヤトキとアオイが意見を交わす。
その間に、後ろに立っているだけのスカイに視線を向けた。
ばっちり目が合ったけど、スカイは首をかしげるだけ。
「……」
沈黙は雄弁。
真実は眼。
偽りの音。
偽りを許すな。
偽りはいらない。
思えば、妙に真実だとか偽りだとかにこだわっている。
「……スカイが、助言者だったりして?」
私がそう言うと、ふたりが止まった。
そして、アヤトキとアオイも、スカイを振り返る。
三人分の視線を受け止めたスカイは、きょとんと目を丸くした。
そして、にんまりと笑う。
「そうだぜェエ? 俺がジョゲンシャ」
沈黙どころか、紛れもない肯定で返された。





