22.アカネ、謎の根城を知る
倒れた書架の下から出てきた謎の板。
色はブリキ板と変わらないけど、厚みが違うっぽい。
マンホールくらいは、確実にありそう。
「うわ、重ッ……」
持ち手を引っ張ってみたけど、ビクともしない。
横からアオイも手を伸ばして手伝ってくれる。
けど、やっぱりだめ。
「……ここはゴリラにやってもらうか」
「誰がゴリラよっ!?」
「自覚あるじゃん」
ゴリラって言っただけなのに、アヤトキの反応は早かった。
それだけ自覚あるなら、もうそれでいいじゃん。
「失礼しちゃうわっ!」
ぷりぷりしながらも、アヤトキは屈んで持ち手を掴んだ。
めいっぱいに握ったせいかな。
手から鉄のニオイがしてる。洗いたい。
「俺もやるぜェエェエッ!」
アヤトキの隣にスカイが元気よく参戦した。
「あら、スカイ。ありがとう」
「男手でがんばるって事だろォオオッ? 俺もやるぜェエエエッ!!」
「ちょっと待って。アタシはオネエサン枠なのよっ!?」
スカイもオネエも元気いっぱいだな。
倒れた持ち手を握ったアヤトキが、不満げにスカイを見る。
でも、スカイは首をかしげるだけ。ノーダメージ。
スカイが一番メンタル強そうだな。
「ま。いいわ。スカイ、いっせーのーで、で、上げるのよ?」
「わかったァアアッ!」
元気いっぱいかよ。
アヤトキが掛け声を上げると、スカイはきちんと従った。
ふたりが同時にぐっと力を込めて、板を引き上げる。
1m幅の重たげな板が少しずつ持ち上がり始めた。
「向こう側に倒すわよ、指とか詰めたりしないでよねェッ!」
「アイアイサァアアーッ!」
楽しそう。
やっぱり、ふたりはいいコンビかも。
男同士だし。いや、かたっぽはオネエだけど。
「──よいしょおっ!」
「──おぉおッ!」
斜めに引き上げられて縦になった板が、倒れた書架側に放り出された。
なかなかのゴリラっぷり。
重たげな音を立てた板が隠していたのは、数センチ程度の四角い凹み。
「……何か、書いてあるみたいだけどー……」
「なに?」
アヤトキの横から、凹みを覗き込んでみた。
四角い凹みの底には、紙が貼られている。
「……"酸素=4×2 2+6=鉄 銀=4+7 3×2=炭素"? どーゆー意味よ」
アヤトキが怪訝そうに眉を寄せた。
視線を向けられたって、私には意味不明。
アオイを見たけど、ふるりと首を振られた。
しまった。視線リレーしちゃった。
「あー、でも、酸素とか鉄とかって事は、元素?」
我ながら、いいひらめきだと思う。
「やだ。アカネちゃん、ホンットたまに天才よねェッ!」
「もっとしっかりほめろし」
アヤトキは、ほめ方が雑すぎる。
「で、数式の意味はわかった?」
アヤトキの、期待が過剰すぎる。
「わかるわけないじゃん……酸素=Oとかにしてくれないと」
それだったら、そもそも問題にならないか。
視界の端でアオイが動いた。
何か探してるみたいだけど、たぶん日記帳かな。
スカイを探すときに、放り出しちゃったんだと思う。
「アオイー」
「ま、待ってください、書くものがなくてっ……」
呼んでみたら、焦らせてしまったみたい。
スカイは板に手を添えたまま、ヤンキー座りになっている。
大人しいヤンキー。しかも白衣。
「もうテキトーな本の余白にでも書いちゃえばイイのよ」
アヤトキが完全に投げやりになった。
でも、アオイはふるふると首を振る。
変に真面目だけど、普通は人の日記帳もメモにしちゃいけないんだからな。
「でも、Oはアルファベットで15番目でしょ? 数式の通りにはならないわねェ」
「じゃあ、他に何か浮かぶ?」
「そーなのよ、コレってモノが浮かばないのよね……」
「アオイは?」
「私も、あまりピンと来なくて……」
詰んだ。
アヤトキもわからないし、アオイもわからないし、これだとどうにもならない。
「……」
忘れてた。
ちらっとスカイを見る。
すると、支えなくてもいい板に手を添えたままのスカイは、私を見て首をかしげた。
「スカイ、それもうほっといていいよ」
「わかったァアアッ!」
スカイがバンッと板を思い切り叩くから、一瞬ビクッと肩が跳ねた。
きちんと言わないと、だめなタイプなのか。
わんこタイプだ。
「スカイは、どう思う?」
「何がァア?」
「元素を示してる数字じゃないかなーってこと」
だめもとで聞いてみると、スカイは目をぱちくりさせた。
「原子番号じゃねえかなァアアッ!?」
「え、なに?」
「元素のーッ、原子核にある陽子の数だよォオオオッ!」
叫ぶからびっくりするだろ。
原子番号って確かあれか。歌になるやつだ。
「すいへいりーべ、なんだっけ?」
「アカネちゃん、ホントに現役なの? 水兵、リーベ、僕の船よ」
「Caまでで十分って言われたもん」
「だったら、クラークまで辿り着きなさいよね……」
呆れられた。
いいじゃん。社会に出てから役に立ちそうにないじゃん。
「でも、変ね。酸素は、8だから4×2でいいとして、2+6=鉄も8になっちゃうわ」
「あー……」
確かに。
いきなりド被りしたな。
前提が崩れちゃったというか。
そもそも前提なのかも、わかんないけど。
「あの……」
そっと、アオイが控えめに挙手した。
挙手制って、まだ続いていたのか。
「はぁい、どーぞ」
アヤトキはノリノリすぎる。
「今までのように、単純な数式として捉えなくてもいいのではないかと……」
「どういうこと?」
「その、……足し算ではなくて、2+6は26という考え方なら、どうかなって……」
なるほど。
だけど、私には正解がわからない。
アヤトキを見ると、指を折って数え始めていた。
「待って待って。アタシだって、すぐに順番なんて出て来ないわ」
「鉄の原子番号が26ならいいんだよ」
「アンタ、そう簡単に言っちゃってねェ……」
「そっちは任せるね」
強制的に任せることにした。
あとは、英単語と数字で日本語になっているところ、かな。
こっちも番号の意味がわからないと、どうにもならない気がする。
「"knight-19=夜"っていうのは、Nightだよね? 19って何だっけ?」
「任せた割りにはツッコミたくなるコト言うわよねェッ!」
急にアヤトキが声を上げた。
アヤトキの声量調節がいきなり狂うのは、毎度のことだけど。
「カリウムよ! K! アンタ、Caまですら覚えてないわねッ!?」
「じゃあ、原子番号の元素記号を引けばいいってことか。簡単じゃん」
「あのねェ……わかんないんでしょ?」
「わかんない」
呆れ顔のアヤトキから視線を外して、凹んだスペースに貼られた紙を見た。
knight-19=nightがわかったら、それでいい気がしてきた。
「……これって、律儀に全部解かなくてもよくない?」
言ってみると、スカイが顔を上げた。
不思議そうに見つめてくる。視線の意味は、ちょっとわからない。
遅れて、アヤトキとアオイが私を見てきた。
「だって、4×2の8が酸素ってわかってるじゃん。酸素はOなんだから、helloから8を引いたら、hellだよ」
「アカネちゃん。アンタ、途中式を書かないタイプなのね?」
「答えが合ってたら、それでいいタイプだよ」
あとは門のところかな。
ゲートとか、そういうことになるのかも。
顔を上げると、アヤトキが頬に手を当てていた。
「地獄の門ってコトかしらね?」
「何それ、どこ? 怖すぎ」
どんな門だよ。
閻魔でもいるのか。
「"地獄の門"って彫刻があるのよ。知らない?」
「知らない」
聞いたこともない。
すると、アヤトキはぎょっと目を見開いた。
「ロダンを知らないのッ!? これだからもうっ、若い子ってだめね!」
何かすごい言い草だ。
ていうか、ムカつくな。
「アオイ、知ってる?」
ひとまとめにされたから、聞いてみた。
だけど、アオイは困ったように首を振る。
「聞いたことがあるかな、と思うくらいです。彫刻はあまり……」
「やぁねッ! もうっ、彫刻だとか、そーゆー話だけじゃなくって」
「叙事詩だろォオオォッ!?」
急にスカイが話に入ってきた。
ビックリした。
声も大きいんだよ。
ていうか。
「一番知ってなさそうなやつが知ってるのは、ちょっとムカつく!」
「思ったまま言葉にしちゃダメよッ! アタシもスカイが知っててびっくりしたわッ!」
「しかも、正解してるしッ!」
何が謎って、今のところはスカイが一番の謎だった。





