第四話 わんこ系騎士のお手
それはある日のことだった。
「ジロルド様!」
その少女は誰もが振り返る可愛らしい顔をしていた。まさかヒロインがここまでジロルドに対してわかりやすい対応をしてくるとは。
食堂に向かう時に声をかけられた。実は、ヒロインのわんこ系騎士攻略が進んでいるのか、至る所で出会う。ある意味ストーカーと思うのは私だけだろうか?
実はヒロインには見えていないようだが、私もジロルド様の後ろにいたりする。なんせわんこが隠してくれているので。というか、ヒロインには私の姿が見えているのだろうか?恋する乙女は恐るべし。この場合、私はどういう対応をすべきなのだろうか。ヒロインが何かしてくるということはないのだが、ひたすらわんことの遭遇率がすごいとだけ言える。その他キャラとの遭遇もあるらしいが。
「今から食堂へ行かれるのですか?」
そう言いながらヒロインは私たちの後を追ってくる。ジロルド様は、私を巻き込まないようにヒロインから遠ざけ早歩きで歩行している。
「すまないが、急いでいるんだ。」
そう言って食堂に向かいながらヒロインを置いて行こうとしていた。だが、恋に盲目なヒロインは“私も急いで食堂に行くところなのです”と言って付いてくる始末。ジロルド様は絶句していた気がする。
食堂に着くと、私たちは殿下の配慮のおかげで仕切られた食堂のスペースに移動するためやっとヒロインと離れることが出来ると少し安心してしまったのがいけなかったのか。
ジロルド様を追いかけるヒロインを見たのか、とある生徒が食堂で座っていた席を突然立ってこちらに声をかけてきた。
「あなた、一体なんのつもりですの!?」
その生徒は、ヒロインに向かっていきなり話しかけてきた。あまりのことにジロルド様も私も一緒になってびっくりしてしまった。
この方は・・・知らない方だ。しかし、一言添えるなら私の小説の愛読者であることだけは伝えておこう。我が小説はプライバシー保護のため借りた人は私だけが知るのである。又貸しに関しては把握できないが。
「婚約者様がいらっしゃる方に付きまとうなど!」
どうやら私たちのために言ってくれているらしい。
「婚約者?」
そう言ったのはヒロインだ。いや、本当は以前から婚約者がいるとジロルド様はヒロインに何度か言っていたようだが、恋に盲目な彼女には聞こえていなかったらしい。
「それに、殿下にも失礼に値しますわ!」
本音がこちらだと把握。なるほど、このヒロインのせいで殿下とジロルド様の時間も削られているのに気づいている方がやはりいたらしい。現在小説内でも二人の仲を引き裂くようなライバルキャラ絶賛好評中である。ご愛読ありがとうございます。って、今はそんな時じゃないか。
こちらの生徒さんは、興奮状態なのかヒロインを睨み付けている様子。よく考えると、ヒロインの相手と言えば悪役令嬢だ。それって私のポジションだったかもしれないと思案してしまった。そんなことを考えていると、その生徒さんが動いた。
バシャーー。
手元にあった水をその生徒さんはヒロインに向かって勢いよく投げつけた。これが悪役令嬢かと感心したが、近くにいた私にもかかってしまった。制服の半分が濡れて、眼鏡も濡れた。水をかけた生徒さんが、私にもかかったことに気づいて驚愕の表情をしていた。
「クリアール!大丈夫か!」
そう言って、ジロルド様が私の眼鏡を外してとりあえずと言ってご自分のハンカチを使って拭いてくれた。
「ありがとうございます。これくらいなんでもありませんよ。」
心配かけないように水をかけた生徒さんにも困り笑顔で微笑んでおいた。
「もっ、申し訳ございませんっ!」
涙目になりつつその生徒さんは手を口に当てて泣きそうになっている。
なぜか、ヒロインも私の顔を見て驚愕の表情をしていた。それにより初めて目が合ったことに気づいた。だが、せっかく目が合った気がするのに、現在の私はほぼ見えていないのである。とりあえずと言って私は、すぐに着替えに戻ることとなった。昼食時間だというのに、ジロルド様も心配だからと私についてきてくれた。
そして・・・。
もし物語でいうなら私の設定をお忘れではないだろうか?と言っておこう。本来ならヒロインの当て馬ポジションだったのだろうが、ごめんなさい。私にヒロインの敵役は無理でした。翌日に体を崩しましたよ。
私は体が弱いのである・・・。
今更な話をすると、私は元々身体が良いほうではないのでわんこ系騎士との婚約話が出た時も両親が本当にいいのかとジロルド様の家族にも確認をするほどだ。そこまで病人になったつもりはないのだが。まぁ、世継ぎを生むことが大切であると言われるこの世界で身体が弱いのはマイナスなところなのは確かだ。
連日学園を休んでいる。というよりも、ほとんど全快なのだが屋敷の人は少し過保護なのだ。なんせ身体が弱いもので。
そして、ジロルド様がお見舞いに来てくれる始末である。ありがたいが、ヒロインの敵役にもなれない私は少し申し訳ない気がする。
すでに起き上がれるほど元気なので、ジロルド様をお部屋に呼んでいる。両親や使用人からの信頼が厚いのか、私の部屋なのに二人きりである。これにはさすがに首を捻るが、一応病人なので文句は言わない。
やってきたジロルド様は心配されていたが、私の姿を見て安心されたようだ。部屋なので眼鏡をしておらず、あまり見えないが雰囲気でなんとなく察した。それにしても、少しこの身体が弱いことに罪悪感が出てしまう。だが、ジロルド様は気にした様子もなくいつも通りにしてくれるので、私もそれに習う。そして、ふと疑問になっているらしいことを二人きりだからとジロルド様は聞いてくる。
そして、小説内の疑問をなぜか突き付けてくる。
「正直、俺が押し倒されること自体があり得ないことなんだが?常に殿下を守れるように鍛錬は怠らない。」
正論を盾に私の小説にケチを付けてきている!?これが仮にも病人に対してすることなの?
「ジロルド様・・・仮にこの物語にいる人物がジロルド様だとしても・・・自分が守るべき主に押し倒されていても反撃などしないでしょう?命の危機でもないですし。」
「・・・。いや、いくら主でも拒否するだろう?」
「この登場人物は、言葉では拒否を言っています。」
「・・・。う~ん。」
「では、ジロルド様!そこに寝転がってください。」
「ここにか?」
「はい。」
疑うことなくわんこ系騎士は客人用の三人掛けであろうふわふわの椅子の上に横になってくれた。私は、一応部屋に人がいないことを確認してからわんこ系騎士の上に跨った。とりあえず体重をあまりかけないように膝をついているようにした。
「え!?」
「しっ!」
私の行動に驚いているわんこに人差し指を唇に当てて黙るよう、緊張感ある声で伝える。その行動を見て、わんこ系騎士の動きが止まった。
「ほら。」
ドヤ顔で私は、わんこ系騎士に笑いかけた。
「え、なんだ?これが・・・どういう意味をもつのだ?」
「私でもジロルド様を押し倒しましたよ?」
「・・・。まさか、これだけのためにここに横になれと言ったのか?」
「私の小説の正当性を説明したくて!」
「っ、クリアール・・・。仮に俺以外のやつが小説の説明を要求してきてもこのような対応は間違ってもするなよ!約束しろ。」
「わかりました。」
正当性を示しただけなのに怒られた気分になった。とりあえず婚約者とはいえこのような状態は勘違いされてしまうのですぐに移動した。眼鏡をしていないので、ジロルド様の表情はわからない。
「ごほん、それにしても・・・クリアールがこんなに身体が弱いとは。聞いていたが、驚いた。」
「申し訳ありません、こんな婚約者だと困りますよね。」
「い、いや!別に悪くないぞ!近くにいた俺が守れなかったのがいけない!」
「ジロルド様・・・ただの水なので、守るとか守らないとかではないのですがね!そのお気持ちは嬉しいです。」
とりあえず笑顔で心配させないように伝えた。
「うっ、本当にもう大丈夫なんだろうな?明日から来れるのか?」
「はい。本日でも良かったのですが、念のためと言われて。」
「そうか。」
「せっかくジロルド様も来られたし、少し運動に付き合ってもらえませんか?」
「何を言っている。病み上がりなのだから、明日までゆっくりと!」
「もう元気ですって。ほら、せめて庭だけでも案内させてください。」
そう言って、部屋に置いている眼鏡を探した。
「何をしている?」
「あ、眼鏡を探していまして。」
そう伝えると、不意に手を支えられた。
「ただ、庭に行くだけだろう?ただし、あまり無理はするなよ?」
そう言って、手を握ってくれた。ある意味、自宅でこのような行動のほうが一番精神的ダメージになる。だが、幸いにも眼鏡をしていない私は、周りの使用人たちの表情は見えない。ジロルド様の考えていることはわからないが、特に拒否することなく二人で歩き始めた。
庭の説明をしている時だった。ガサガサと茂みが動く音がした。
そこから現れたのは、小さな生き物だった。どうやら柵を越えられるほど小さく、迷い込んでしまったようだ。ジロルド様ははじめ警戒していたが、すぐにその生き物に気づいて警戒を解いた。
眼鏡をしていないのであまりよく見えないが、それが何かはわかった。
「ジロー。ジローなの?」
私は真剣な表情をして、目の前にいるわんこに語りかける。白いふさふさの毛皮が素晴らしい。触りたくなるほどだった。なぜか初めて会うのに親近感がある。それに人間慣れしているのか、こちらに対して笑顔のような表情(元々の表情)に見える。そして、尻尾を振っている。
「本物のわんこだわ。君は今日からジローと呼ぶね。なんだろう、そっくり?」
「おいっ!誰にそっくりだと言いたいんだ?クリアール?なぁ!?」
隣にいた私の婚約者であるわんこ系騎士がなぜか訴えてきた。
「そんな、私はわんこを見たらジローと呼ぶことにしているだけですよ?」
「嘘だよな!?今誰かを連想したよな!?わんこって言ったな!?」
「わんこはわんこです。どうしたんですか?ただの野良犬を睨まないでくださいよ。」
「お前は・・・本当に。よし、今度猫を見つけたら“アール”って付けてやるからな!」
ふん。と言ってわんこ系騎士が顔を背けてしまった。私は、少し考えてからこう言ってやった。
「う~ん。この辺に野良猫はいないようなので・・・代わりに私に言ってみてください?」
「なっ、はぁ~!?」
不意を突かれたようでわんこ系騎士が耳を赤くしていた。
「ふふっ。ジロー、お手。」
「俺に言ってどうする!?」
つい、ニマニマしてしまった。
以前にも言ったことのある台詞のため、ジロルドが何か閃いたような顔をしてこちらを振り返って私のことを見つめてきた。私は彼が何を考えているのか分からずにその視線を離せずにいた。
不意にジロルドが手を動かしたかと思うと、私の手をそっとすくいとって腰をかがめてちらりと私に視線を合わせてニヤリと笑った。
チュッ、と手の甲にキスを落とした。
「これでいいか?」
なんだかドヤ顔で見られている気がして、自分の顔が熱くなるのを感じた。これは断じて恥ずかしいとかじゃなくて、怒りのほうだからと自分に言い聞かせた。
「そっ、それはお手じゃない!」
今回も私が負けたことになるのだろうか!悔しい!断じてこれくらいのことが恥ずかしいとかじゃないから!