説得しよう
六時間目を終え、部室に行こうとした慶喜の前に立ちはだかったのは香月のマネージャーだった。
香月のクラスの帰りの挨拶は長引いているようで、その間にマネージャーが慶喜と話したいということで、慶喜は面倒くさそうにマネージャーの後をついていった。
マネージャーにつれてこられたのは慶喜が昨日香月が会ったときにも使われていた車の中だった。
「で、何? このまま俺を誘拐でもする気か?」
「冗談でもそういうことは言わないでくれませんか? いつ誰が、車の中を盗聴していてもおかしくないですから」
「さいですか」
マネージャーは慶喜の態度に少しイラッとしたが、こんなことで怒るようではマネージャーは務まらない。
「今あなたを呼んだのは他でもありません。あなたの部活についてです」
「俺の部活?」
「あなた、一日で何か計画を立てましたか?」
「立てたな」
「どんな?」
それをこのマネージャーに言っていいかどうか慶喜は一瞬考えたが、慶喜が隠したところで香月や美優でバレてしまうだろうとすぐに思い至った。それなら隠す必要もないので正直に昼休みに香月に伝えた内容を話した。
「そんなことをしようとしていたんですか……。聞いて良かった」
「反対そうだな」
「そうではなく普通に反対です。あなたはバカですね」
「というと?」
「休みの日に現役アイドルがとある男子生徒と町中を歩いていたら世間はなんて言うと思います?」
「なるほどね」
つまりスキャンダルになってしまうからその計画を中止にしろということだ。特に慶喜が想像しているより香月は売れっ子アイドルとして活動している。これからのことを考えればそういうスキャンダルは会社としてはぜひともやめてほしいのだ。
慶喜は冷静にそう考え、改めて判断を下した。
「そんなの知るか」
「なっ……!」
「香月にとって今が重要な時期でそういうスキャンダルを起こしたくないのはわかる。だが、それで俺の計画を止める理由にはならない」
「ふ、ふざけないでください! 十分理由に―――」
「ならねぇよ」
慶喜はマネージャーにその先を言わせないようにかぶせて言った。それによってマネージャーも勢いを失い、慶喜の話を聞かざるを得なくなった。
「アイドルってのは身の危険を起こしてまでやるものか? 立派な大人ならまだしもまだ香月は成人前の俺と同い年の子どもだ。香月の親はどう思うだろうな」
「っ……」
痛いところを突かれたようでマネージャーは何も言えなくなった。
「それに俺達は同級生だ。目の前で同じ学校の生徒が困ってんなら助けるのは普通だと思うが? それが記事にされたところでどうせ一瞬だろ」
どうせ慶喜と香月の関係は香月がこの学校にいるまでのこと。それが終わったら会うことも、ましてや話すこともない。世間は「やっぱり違った」という判断で終わるだろう。
(っていうか、目の前で同じ学校の奴を助けるとか俺、自分で言ってなんだけど絶対にしねぇよ。あくまで部活としてやってるだけだし)
慶喜がそう考えているのもつゆ知らず、マネージャーは慶喜に正論を言われて反論材料がなくなった。
「さて、俺も暇じゃないんだ。ここで失礼させてもらう」
「……いいのですか?」
慶喜が車から出てドアを閉めようとしたところでそう言われた。
「何が?」
「一時期だとしてもあなたはしばらくネットで叩かれるかもしれません。いえ、それより学校で―――」
「問題ない」
慶喜は断言する。
「俺はもとから嫌われてんだ。それに学校でそんなことやったら」
「慶喜く~ん!」
後ろから呼ばれて振り返ると美優と香月が走ってくる姿があった。
その二人を見て慶喜は軽くため息をついた。
「この二人がそいつを嫌うと思うぜ」
「……なるほど」
美優の時と同じだ。そんなことをした奴は間違いなく美優と香月から嫌われる。それは全校生徒が避けたいところだろう。だから学校では表向きは大人しい。
「? 何の話?」
「別に。ただの説明だ」
「?」
香月は何のことかわからないようだったが美優は大体予想がついたのだろう。慶喜を信頼した目で軽く微笑んだ。
「そろそろ時間です。行きましょう、香月さん」
「はい」
香月が乗り込むと車の運転席に立てられた除菌スプレーを取り出し、特に慶喜が座っていたところ、つまり今香月が座っているところを念入りに除菌した。
「相変わらず失礼な人ですね」
「そう言うな、清河」
スプレーをかけ終わったマネージャーは思い出したかのように名刺を美優へと渡した。
「もし芸能活動したくなったらここに連絡してください」
「早く行かないといけないんじゃないのか?」
「今行きますよ」
美優に名刺を渡したマネージャーはそう言って車のエンジンを入れた。そして車が動き出すと同時に車の窓を開けて香月が二人に言った。
「いつか私のコンサートに来たら連絡して。楽屋に案内するから」
「う、うん!」
「俺はそもそも行かねぇと思うけどな」
「いつか来させるからね!」
「そうかよ。じゃあな、香月」
「またね」
そうして車を見送った慶喜は部室に帰ろうとした。しかし、その前に美優が慶喜の裾を引っ張ってそれを止めた。
「どうした?」
「今更なんですけど」
美優は少し怒っているような、しかし何か恥ずかしいようなそんな二つの感情で顔を赤くしていた。
「名前……」
「あ?」
「私のことも名前で呼んでくれませんか?」
「本当に今更だな」
慶喜が呆れて言うと、美優は必死な顔で言う。
「だって、香月さんは名前なのに……! 私は……」
「香月は芸名だろ」
「でもあれって本名らしいし……」
「なるほど。そういうことなら」
「いいんですか!?」
「これでいいか、美優」
「はい!」
美優は今までで一番いい笑顔を見せて学校の中へと入っていった。
慶喜はそんな美優を見ながらため息をついた。




