4.鑑定
翌日、いつもより早めにギルドに出勤して、ヴァンセルの名前のギルド証を素早く魔法水晶にかざして受付に入った。
(万が一落として名前を見られたら大変……)
朝の準備をしていると、副ギルド長に声を掛けられる。
「ローズマリー、今日からしばらくノヴァにつくように」
「えっ、いいんですか?」
思わず声を上げてしまう。ノヴァは、このギルドの素材鑑定士。彼につくということは、鑑定の仕事を間近で学べるということだ。
「お前、ずっと素材鑑定士の勉強してるからノヴァに付いて学ぶのも役に立つだろう」
「ありがとうございます!」
「いや、礼ならギルド長に伝えてくれ」
「えっ? ギルド長ですか?」
「ああ。ギルド長が提案してくれたんだ」
(どうしよう、すごく嬉しい……)
カイルが資格の勉強になるように配置換えを提案してくれたと思うと、胸がじんわり温かくなる。
副ギルド長の箝口令のおかげで、モスとリリーの噂は少し落ち着いたけど、人の口に戸は立てられない。昨日だけで面白半分に私の受付にやってくる冒険者が何人もいて、平静を装っていたけど疲れていた心が軽くなった。
「ノヴァさんにしっかり教わってきます!」
「おう、頑張ってこい」
私は軽く頭を下げ、受付カウンターの奥へ向かう。透明な仕切りで区切られた一角にノヴァの作業台があり、フロアの喧騒を遮りつつ、開放感を保っている。
大きな作業台には鑑定用の魔道具や計量器が整然と並び、壁には素材の鑑定基準や価格表が貼られている。ここには通常の素材鑑定に加え、ランクの高いものや受付で判断できない素材が回ってくる。
「ノヴァさん、今日からお願いします!」
「よお、ローズマリー。早速来たな」
ぶっきらぼうだけど温かみのある声で迎えられた。ノヴァはがっしりした体格で、サスペンダー付きの作業着の胸元まで届く立派な髭と口ひげが特徴だ。灰色がかった茶髪とわずかに尖った耳を持ち、いつかの飲み会の席でドワーフの血がわずかに混ざっていると話していた。見た目は五十代くらいだが、実際の年齢はもう少し若いらしい。
「今日は俺の横で、素材の買取内訳書を書いてもらいたい。素材の判定で分からないことがあったらなんでも聞きな」
「はい!」
ノヴァから渡されたワイバーンのエプロンと精霊の絹の手袋を身につける。強靭で耐久性のあるエプロン、薄くても触覚を損なわない手袋に期待が膨らむ。
(すごい楽しみ……)
「ローズマリー、さっそく始めるぞ」
そう言いながらノヴァが顎で示した先には、青色の迅速プレートの付いた金属トレー。キノコがこんもり山になって置かれていた。迅速プレートには素材の鮮度を保つ魔法効果があり、鑑定の優先度が上がる。
(この赤いキノコは……)
「——エッグマッシュとフレイムマッシュの選別ですか?」
「その通り。こいつは採れたてだと見た目で判断ができないからな」
(本当に見た目はまったく同じなのよね)
どのキノコも白い卵のような形から、赤い傘と橙色の柄が伸びている。
でも、エッグマッシュは食用キノコ。カサが開く前が美味しくてバター炒めにするとシャキシャキの食感が楽しめる。もうひとつのフレイムマッシュは毒キノコ。火にくべると火花が散り、爆発ポーションや花火の材料に使われる。誤食すると最悪の場合、内臓が焼灼されてしまう。
鮮度が落ちるとフレイムマッシュのカサの裏に斑点が浮かび、鑑定は容易になるが素材としての価値はなくなる。
「この魔道具は知ってるか?」
ノヴァが作業台に並ぶ魔道具の中から、手のひらサイズのものを取った。透明水晶が中央に埋め込まれた円形で、縁に金の装飾がされている。
「はい。素材に含まれる火、水、土、風、光、闇の六属性の魔力を測定する魔道具ですよね?」
「そうだ、よく勉強してるな。素材をかざすと、属性と魔力の強さが分かる」
ノヴァがキノコを水晶に近づけると、六角形の魔術陣が浮かび、火属性の辺が赤く光った。
「こいつはフレイムマッシュだが、あまり魔力は高くないな」
ノヴァが次々と鑑定し、フレイムマッシュを魔力の強さで三種類に分け、エッグマッシュはひとまとめにする。私は買取内訳書を手に取り、ペンを握った。
「フレイムマッシュは低ランク一本につき銀貨一枚、中ランクは銀貨三枚、高ランクは銀貨五枚、エッグマッシュは十本につき銅貨五枚でいいですか?」
「——涼風祭が近いからフレイムマッシュには二割上乗せが妥当だな」
「なるほど、わかりました」
夏の暑さを和らげる涼風祭の花火に使うフレイムマッシュは需要が高い。
それからもノヴァは次々と運ばれてくる素材の鑑定を行い、私はメモを取りながらノヴァの説明を聞き逃さないよう耳を傾ける。素材の状態や市場価値、ギルドの基準に基づいた価格設定の理由を教えてくれた。魔物の爪の鋭さや耳の切り口、薬草の葉の色や香りまで、細かな観察が必要だと実感する。
(すごい……もっと頑張らなくちゃ……!)
内訳書に書き込みながら、自分の未熟さを痛感する。ノヴァの丁寧な指導と、素材の奥深さに触れるたび、鑑定士の仕事の魅力に引き込まれた。
「おっ、面白いのが来たぞ」
ノヴァの声が作業台に響く。楽しそうな様子で金属のトレーを持ち上げ、私に渡す。
「ローズマリー、なんだか分かるか?」
透き通るような長い紐のようなものが十本くらい乗っている。そっと摘んで確かめると、弾力があってキラキラと七色に光を反射させた。
(すごく綺麗。虹色に輝く素材は……)
「……これ、ユニコーンの毛ですか?」
「本物だと思うか?」
「えっ、違うんですか?」
(あまりに綺麗だったから本物だと思ったけど、これも偽装されてるの?)
「高ランク素材は偽装されやすい。どうして本物だと思った?」
「それは、虹色に光っていたので……」
しどろもどろに答えていると、低音の知っている声が後ろから響いた。
「——へえ、珍しい素材だね」
振り返ると、ギルド長のカイルが立っていた。革のベストにシャツの袖をまくったラフな姿で、片手に書類の束を握っている。
「カイルじゃねーか! おっと、今はギルド長だったな。お前も昔は若造だったのにな。今じゃギルド長か、立派になったもんだ」
「まあな。ノヴァには色々教えてもらったからな。そっちこそ、子どもが生まれたって聞いたぞ! おめでとう、ノヴァ」
「はは、ありがとよ。ちっちゃいのが騒がしくてな、最近は寝不足だ」
ノヴァが照れ臭そうに頭をかく。
その時、受付から声が掛けられた。
「ノヴァさん、買取の説明をお願いします」
「おっと、呼ばれた。ローズマリー、ギルド長にこいつを教えてもらえ」
ノヴァが受付カウンターに向かうと、作業台にはカイルと私だけが残された。近づいてきたカイルが私の手元のトレーを覗き込み、肩が軽く触れる。爽やかな香りに心臓が跳ねた。
(ち、近い……)
「ローズマリーは、ユニコーンの毛だと思ったんだよね?」
「はい。でも、本物なのか、とノヴァさんに問われて……ちょっと自信がないです」
(ホワイトホースの毛の可能性もあるし……虹色に光るように加工した他の素材かも……)
カイルは手早く手袋をつけ、トレーから一本の毛を摘み、指先で軽く撫でた。やっぱり虹みたいに輝く。
「これは本物のユニコーンの毛だよ」
「……どうして言いきれるんですか?」
「ちょっと手のひらを出してみて」
言われるまま手を差し出すと、毛をそっと置かれた。
「……温かい!」
「そう。あまり知られてないんだけど、ユニコーンの毛は温かいんだよ」
じんわりした温もりに驚く。
「偽装じゃ温もりは再現できない。でも、時間が経つと薄れるから、この方法だけじゃ完璧じゃないけど」
「そうなんですね」
「あとは、本物は光に翳すと輝きが均等に広がる。偽物は反射が途切れたり、色が偏る」
カイルが毛を窓の光に翳すと、虹色の輝きが滑らかに流れ、きらめいた。
(なんて美しいの……)
「魔道具を使えば属性や魔力の強さが分かるけど、魔道具に頼らない観察力も鑑定士には大事だ。ローズマリーなら、すぐコツを掴めると思う」
カイルが微笑む。その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます、ギルド長。とても勉強になりました」
「——ローズマリー、二人きりのときは名前で呼ぶって約束したよね?」
耳元で囁かれ、肩がびくっと跳ね上がった。カイルを見るとにこりと微笑んでいる。
(ここはギルド内なので、色気をしまってください~~!)
「——ギルド長! ノヴァさんのところにつかせてくれて、ありがとうございます」
一歩下がって距離を取った。慌てて話題を変えたらカイルがくすくす笑っている。
「どういたしまして。本当は、俺が全部教えたかったけど、少しだけノヴァに譲ったよ」
(なんか……甘い。なんで……?)
「そ、そうだ。ノヴァさんに用事だったんですか?」
「いや、ローズマリーに用事があって来た」
「私にですか?」
「頼まれていたギルド証の修正が終わったから確認してもらおうと思って」
(わっ、やっぱり仕事が早い)
手袋を外して自分のギルド証を確認すれば見慣れた『ブルーム』の表示がされていた。
「ちゃんと直ってます。ありがとうございます」
(よかった……これで誰かに見られても分からない)
ホッと安堵の息をつく。
けれど、なぜだろう。元通りになった名前を見てほんの少しの寂しさを感じた。
私は、私だけを愛してくれる人と穏やかな未来を築きたい。両親のようにお互いを慈しみあうようなそんな温かい結婚が理想だ。
でも、元恋人のモスは私を裏切った。そしてカイルは、契約結婚の夫。一年という契約結婚の期限が来れば、この関係は終わる。
(きっと一年なんて、あっと言う間。ドキドキするのは、ただの勘違い……)
自分に言い聞かせる。カイルは契約のために動いている。その行動にときめいたり、好意を感じて勘違いしたら最後に傷つくのは、私だ——
「…………喜ばれるのは複雑だな」
「えっと、何か言いました?」
「いや、なんでもないよ。実際に素材になる前のものを現地へ採取に行きたくないか?」
「行きたいです!」
自分で身を守る術がない私が、現地で素材採取できるなんて滅多にない機会だ。前のめりに答えると、カイルが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、次の休みに浅い森で素材採取してみようか」
「はい、ぜひよろしくお願いします」
(すごい楽しみ~~~~!)
ノヴァが戻り、カイルが作業台を離れる。素材採取の約束に、胸が期待で膨らんだ。












