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それの中の黒いもの

「その心意気やよし」

「簡単に奴らの殲滅について教えるぞ」

「ひたすらに殺しまわって、最後に知性のある異形を殺す」



 その次に出てくる言葉を待ち、黙って虚の顔を見つめる六華。

 しかし、待てど暮らせど次の言葉は出ない。

 見つめる自分の顔が、虚の光を吸い込んでしまいそうな黒い瞳に反射しているだけ。



「?」

「なぜ私の顔を見る?」


「その次は……?」


「以上だ、これ以上はない」


「それは、作戦ではない……のではないですか?」


「作戦だなんて一言も言ってないからな」

「そもそも二人で作戦なんぞを立てたところで意味はないしな」



 たしかに。と頷いてしまった時点で六華の負けなのだろう。


 虚にここから何を言ったところで「すべて殺す」という回答しか返って来ないのだ。いうだけ無駄だろう。



「虚さんはどのようにあの異形共を殺すのですか? 武器はお持ちでないようですが」


「私にも奴らをなぜ殺せているのかは分からん」

「触れるとその場所から崩れて消える」

「私の体質が影響しているのは間違いないが、すぐさま崩れ落ちる理由はよくわからん」



 その回答を聞いて、六華は本部から送られてきた虚についての注意点を思い出す。


 本部からの連絡ではその体質面においても少し言及されていた。


 曰く、寄るだけで命を吸う生き物だと。


 今のこの異形の殺し方はその性質を存分に利用した戦い方なのだろう。



掃除屋(クリーナー)〉やほかの軍のメンバーが必死に武器を振るい、魔導を放ち、銃弾を撃ち込んで対抗している間にも、少し触れただけで殺せるこの女は焦りもせず、異形の鉤爪を恐れず、触手の鞭のような打撃の痛みに怯えることなく群れの中を駆け抜けてきたのだろう。



 先ほど胸の奥に押し込んだはずの黒い感情が顔を覗かせる。


 死者はない、幸いにも最初の接触による犠牲以外は出ていない。


 しかし怪我はするし、メンタルも削れていく。

 こんな何もない殺風景な草原とも呼べないような荒れ地に心を癒せるものなぞ存在しない。



 日々物資の管理や戦いの準備、食事に睡眠。


 あらゆることでその削られた心を誤魔化してきたのだ。それが軍の未来、この近くに住む住民の為になると思って。



 しかしその心の支えも、人の未来の為だという自分のエゴすらもこの女、虚に壊された。


 そんな支えをなくした不安定な人間の苦労を全否定するようなことを言ってしまっては、次に起こることは想像に難くない。



「あなた一人でもよかったのではないですか? なぜ私のような役立たずをわざわざ参加させるようなことをしたのですか? 一人で全て消せばあなたの手柄になりましたよね。私たちが罪を意識してしまうなんてことにならなかったですよね!ほかの隊員たちの罪を私が背負うなんてことしなくて良かったですよね!!」




「なんでわざわざ私たちを使おうとしたんですか」




「もしもの時の駒だ」

「奴らが何かしてきたときに私一人で対処できないかもしれないからな」

「そういう時に判断して私を起こせそうな駒がが欲しかったんだ」

「別に戦力に期待してるわけじゃない」



 神に人の心は分からない。


 一人ですべて解決できてしまう存在が他人を気にすることなど滅多にあることではなく、その上で協力を頼むような事柄など相手にとっては碌なことではない。


 実験、身代わり、捨て駒、生贄……その中で、今回は道具として〈掃除屋(クリーナー)〉を使おうというのだ。



 戦うことを期待されず、道具としての利用価値しか見出していないこの存在を殺してやると意気込むことが出来ればどれだけよかっただろう。


「そんなことはない!!」と自分の利用価値を売り出すほどの胆力と度胸があればどんなに良かっただろう。



 六華という女は、黒い感情を、心の膿を燃やすことが出来なかった。


 飲み込まれ、溺れ、沈んでいく。


 自分の心が明確に死ぬのを感じていた。


 存在価値などない。必要のない人間なのだと。生きていても自分よりもさらに高みにいる絶対的な生物が世界を回すのだ、自分たちはそれを楽にする潤滑剤でしかないのだ、と。



 自分を自分たらしめる正義を否定され、部下の分も罪を背負って生きていくのだと、異形を殺して回ることを覚悟した。かと思えば即座に戦力外だと言われる。


 では、どうすれば自分という存在の証明ができるのだろうか。



 落ちて、堕ちて、おちて。


 心の闇に沈んでいく自分を感じながら、顔を上げればそこには虚の顔があった。


 面白そうなものを見るような目で六華の顔を覗き、どんどん死んでいく感情に比例して表情が消えていく様を眺めていた。


 そのまま、目線を六華へと向けながら話しかける。



「お前、軸が無いな」

「自分の軸がない」

「そんな奴が自分の存在意義なんて考えてんじゃねぇ」

「存在意義を他人に求めるなんて奴隷と一緒だ」

「絶対にこのために生きてやると言えるような軸を作れ」



「話はそれからだ」



「お前は何もしなくていい」

「ただひたすらに私についてこい、露払いくらいはしてやろう」

「歩いてる間にでも、自分の存在意義を考えてみるんだな」



 さっさと異形の群れに飛び込もうとしている虚を追いかけながら自分の軸を探す。


 自分は何のために未来につなげようとしていたのだろうか、と。

      この先、星があるぞ     

     あぁ、星  おそらく星   


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