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それの中に宿るもの

 目の前には不気味な色をした一色の壁。


 ゆらりゆらりと、ゆっくり軍の拠点へと近づいてくるその壁には顔が在ったり、触手が在ったり、牙が在ったり、爪がなかったりと統一性がなく、一目見てその本当の姿を見抜けるものは少ないだろう。



 植物のような、動物のような、人のような。そんな存在が大量に集まることで壁のような風貌になっているのだ。


 様々な生き物の要素が混じったその生き物はまさしく異形であり、その異形たちは今まさに自分たちに飛び掛かってくる女たちに対して攻撃態勢を取った。



 自分たちへの侵攻を止めるために振るった触手は戦闘にいる女に触れた瞬間に灰色にくすみ、崩れていく。

 そして、細かい思考をする機能を持たないその異形たちは、自分が消える瞬間すら察知できずにその生命を失った。



「知性を持たぬ、と言うのは思考自体が無いのか」

「それとも機能が閉ざされているだけで何かのきっかけで思考能力が発言したりするのか」

「気になることは多いが、一旦殲滅してから考えるか」



「考える暇があれば、代わりに考えてくれてもいいぞ、六華」


「無理です!!」



 この世界の普通の人間が出せる限界速度はこのくらいだろう、という少なすぎる基準をもって出された速度は、クリスティーナが出していた速度の約三分の一程度。


 虚にとってはかなり減速して走っているつもりだ。六華からは強者特有の空気は感じなかったし、パッと見ただけでもずば抜けた身体能力を持っているとは思えない動きだった。




 しかし、大陸の外への遠征部隊の隊長に選ばれていること、あの癖のある者たちが所属している軍の部隊長、という要素がある程度の実力者であるのだろうという仮説を導き出してしまった。


 基準になった人物が虚と戦った時のクリスティーナというだけで察せるだろう。

 虚はこの世界の肉体的な限界の中央値を知らないのだ。


 軍の実働部隊に所属しているということは優れた身体能力を認められているということに何ら間違いはないが、クリスティーナや〈不死隊(アンデッド)〉は上澄みも上澄み。


 あの人物たちが平均であるなら目の前の異形など即座に鎮圧されてしかるべきなのだ。



 いいところ平均より優秀といったところの六華がそんなスピードで連れ回されようものなら、



「足千切れます!! 千切れます!! 千切れるっていってんでしょうが!!」



 こうなる。



 だらだら走っていると勘違いした虚が六華の着ている軍服を掴み牽引する。


 まるでスピードカーに繋がれた一般人のような光景であった。


 自分の限界を遥かに超えた速度で引っ張り回された六華は、胃の中が気持ち悪くなっていくことを感じながら、先ほどの虚の言葉を脳内で反芻する。



「絶対にこのために生きてやると言えるような軸を作れ」



 言っていることは理解できる。



 しかし自分の軸は未来のためにほかの人の役に立つことだと信じてきた。

 そのために軍に入ったし、その気持ちを支えとして今まで生きてきたのだ。

 であればこれが軸なのではないか、と考えてしまうことは必然。


 そこまで思い至って、虚がその前に言っていた言葉を思い出す。



「自分の軸がない」



 そう、自分の軸がないと言っていたのだ。

 言い換えれば今軸に据えているこの信念は自分のものではないという意味。



 はたしてこの信念は自分で定めたものだろうか。

 他人から「そうあれ」と願われて作り出された物ではないか。



 そんなことはない、とは言えない。


 なぜなら「人のために生きなさい」と六華に教えた人物に覚えがあるからだ。


 その人の言葉に従い、そうなろうと生きることを決めたことを覚えている。


 幼少期、今は亡き両親に言われた言葉。



「自分の為に他人へ尽くしなさい」


「他の人の未来のために生きるのよ」



 この言葉を聞いて、将来は軍に所属するのだと。世界を守れる立派な大人になるのだと心に決めた。

 このとき、六華の軸は心の中に埋め込まれたのだ。


 しかし、思い至ったところでこの軸を捨てることが出来るのかは別の話。



 長年その目的の為に生きてきた人間が即座に意識を変えることは難しいの一言で済ませていいようなことではない。


 完全に元の自我を破壊して別の形に直すようなものだ。


 並大抵の人物にできることではない。



 そう、できないはずなのだ。


 虚自身も無理だろうと考えていたし、さらに言えば、できるわけがない、とまで思っていた。


 だから六華がこの戦い中に使い物にならないであろうことは想定していたし、いざとなれば知性のある異形が使ってくるかもしれない特殊な能力を防ぐ盾にでも使えるかもしれない、くらいに考えていた。



 虚は侮っていたのだ。


 心を支配するほどに心の膿に呑まれた人間の異常性を。

      この先、星があるぞ     

     あぁ、星  おそらく星   


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