それと離れられぬ者たち
二人は何の因果なのかピッタリ同じタイミングで目を覚ました。
もしも起きるタイミングが体の強さに比例するのなら、いまこの二人の持つ肉体強度は同等ということになるが、あくまで仮説にすぎない為この話に意味はない。
結局のところ戦いに必要なのは技術なのだから。
「死んだ、死んだなぁ……何もできなかった」
「やはりあなたは神だったのだ……私の命で足りるのなら生涯をあなたに……」
目覚めて早々に両手を掲げて降参するものと、その場で膝を着き手を組んで女を崇めるもの。
両者ともに塵となる間際に女から逃げずに死を受け入れた者たちである。
そして女の思い付きで体内に女の細胞が組み込まれた人間でもある。
「体はどうだ」
「違和感のある箇所はないか」
「体調に異変があれば教えろ」
自分たちを一纏めに塵にした女にしては甲斐甲斐しい態度で二人の身体の調子を聞き出そうとしてくる。
もしやこの女でも罪悪感はあるのかと思った矢先に女の手元にあるメモ帳が目に入った。
「主よ、そちらは……?」
「主?、まぁいい。これはメモ帳だ。そこにあったものを適当に貰った」
「中には何も書いてなかったからな」
「はぁ、先ほどから何やら書いているようですが何を書いているので?」
「お前たちの経過記録と症状の確認だ」
「何かあった後では大変だからな」
無表情でメモを取り続ける女に対し、大将は少しの不安を覚えた。
この女がただのいち人間の経過記録を取るなどということをするのだろうか?語り合った時間も、ともにいる時間も短いがはっきりとわかる。そんなことはしない。
ならば何の記録なのか、大将はシンプルに問う。
「オレに何をした」
「私の細胞をねじ込んだ」
メモから目を外すことなくサラリと、まるで当然のことを言っているかのように人体実験を行っていることを述べた。
「なんで、オレらでそんなことを……?」
「勘違いするなよ、塵になった全員で試した」
「そういうことじゃねぇ!!」
女に掴みかかって叫ぶ。
「なんで!オレらを実験体にした!!?いや、オレだけならまだいい、だけど!こいつらはお前を慕って着いてきたんじゃないのか!!?」
「関係あるか?それ」
「こいつらは私の私兵になると誓ったんだ」
「だから私の兵にした、それ以上でも以下でもない」
「まぁ、私自身ではないのだから本来の意味の域を出ないがな」
「私が与えたいと思ったから与えたんだ、それの何がおかしい、何がダメだ」
あまりに惨い言葉を平然と吐くこの女へ返す言葉を持ちえない大将は口を閉ざす。
なぜなら自分も出来心とはいえ同じことをこの女にしようとしたのだ。ならば自分に何か口答えをする権利があるわけもない。
隣の男は何も言わないのかと隊長格の男を見る。
その姿に隊長は絶句した。
「あぁ、あぁぁァァァ……神の、血肉が。私の、中にぃ……」
笑いっている、泣いている、歓喜している。
女から血肉を分けられたという事実を、まるで救ってもらった奴隷のように噛み締め、祝福だ、奇跡だと言って憚らない。
自分が祝福を受けた聖人なのだと言い出しそうな雰囲気すら感じた。
「そういう反応をされると私も少し困るが」
「別に神ではないしな」
メモ帳に何かを書きながら苦笑いする女を見て改めて確信した。
超がつく危険人物だ。
自分の行う行動に責任も躊躇いも感じず、すべて自分の力のみで押し通してしまう。さらにこの様子では結果による罪悪感も感じないだろう。
『この女は野放しにしてはいけない。監視役を傍に置かなければ』
『半端な人間では作り変えられて終わりだ……となると、オレしかいないか。そうだな、それしかない』
「おい、お前の行先にはこれからはオレも同行する」
「は、なぜ?」
「野放しにしては管理局がいつ不利益を被るか分からんからな」
「そうか、好きにするといい」
「私の邪魔をしないなら歓迎するさ」
「実験台としてか?」
「実験台としてもだ」
ちらりと大将へ目を向けたかと思えばメモを続ける。
何か面白いことでもあったのか少し顔がにやけている。
メモを書き終わったのか、メモ帳を閉じ二人を見る。
「さて、お前たちの身体についてだが」
「まず、基本的な肉体の形は変わっていない」
「多少髪色が変わったり、身体能力が極端に上がったりはするだろうが気にするな」
「おそらく付随効果だ」
「いや、気にするだろ」
「多分だがな、お前たちはそう簡単には死なない」
「頭を飛ばしても即時とまではいかなくとも再生する」
「流石に臓器やら脳やらを混ぜれば効力も大きいだろうし、他の効果もあるかもしれんな」
言葉が出ない、出せないといった方が正しいか。
戦いに身を浸していた中で出会ってきた、まさに[理不尽]と言える存在達。
世の条理が通用せず、気まぐれで、どこまでも己だけで行けてしまう、そんな存在に憧れた。
そうなりたいと、何度も願った。そうありたいと、強くなった。
その、追い求めたものが[理不尽]の中の[理不尽]によって簡単に与えられてしまった。
嬉しい。悔しい、許せない。感謝したい。悔しい、悔しい―――
簡単に与えられていいものではない、だから努力していた。狂ったように強さに執着していた。
なのになんだ、この喪失感は。なんだこの虚無感は。
「強さはいらないか?大将殿」
「欲しかった強さを手に入れたことは不服か?」
「頂点に立ったわけでもないのに下を向く馬鹿はいないぞ」
その言葉に大将は顔を上げる。
その顔には悔しさが滲み、今にも泣いてしまいそうだった。
「せめて私を一方的に殺し続けられるようになってから下を見てくれ」
「お前の目指す存在はお前が下を向いている間に上を向いて先に進むぞ」
その言葉を聞いて、心の中にたまった黒い膿に小さな火が付いた。
いま、ここで心に決めた言葉をそのまま[理不尽]へと吐きかける。
「殺してやるよ、オレがな」
「殺してみろ、歓迎するよ」
「これからついてくるのならちょうどいい、いつでも相手をしようじゃないか」
「お前たちも私と訓練をするときに私を殺せそうなら殺しに来て構わん」
「その方が楽しいだろうからな」
「それが神の願いならば」
女は満足したように椅子から立ち、それから思い出したように言った。
「命を奪い合う関係なのに名前を知らないというのも失礼な気がするな」
少し思案し、自分についてくる者たちへと告げた。
「決めた、これから私の名前は〈虚〉だ」
自分の名を
この先、星があるぞ
星を押すと良い、作者のテンションが上がる
ブックマーク、評価の程よろしくお願いいたします。