それの道を塞ぐなかれ
挑発するように両手を広げ、首を傾け、弱点をさらけ出して目の前の人間に語る。
「私は私の意志が介在しない所で自分の身体がどう扱われようと知ったことではないんだ」
「極論自分以外はどうでもいいからな」
「だがな」
「自分以外に私の意志を邪魔されることだけはどうしても我慢ならない、許せない」
「自分自身の生き方を決めるのは自分だ、決めていいのは自分だけだ」
「そんな生物すべてに許された権利すらも奪おうというのなら」
「それを強いたモノが何を奪われても文句は言えまい」
女の放つ圧が変わる。
どこまでも深く、冷たい。
生物も、物も、有機物も、無機物も、すべてを無視して奪い去ってしまいそうな、壊してしまうような……暗い殺意。
〈不死隊〉と大将は即座にその場から離れようと試みた。
だがその前に足が崩れ落ちた。
肉体の崩壊は進み、上へ上へと侵蝕していく。
己の肉体が消えて溶けていくような名状しがたい感覚に囚われながら、彼らは慌てふためき、少しでも範囲外に逃れようと外へ外へと這って進む。
「これが私が生まれ変わる直前に与えられた感覚……存在が消え去る感覚なのですね!主などでは足りなかった!!あなたのことは神として崇めるべきだった!!!」
隊長格の男のみがその場で両手を組み、祈るようにして女を見上げていた。
その目は狂信としか言えない濁った光で満たされていたが、それもじきに崩れて消えた。
大将は今更に後悔した。
研究させてくれなどと言わなければ、自分よりも圧倒的に上の存在に対して何かを頼もうなどと思わなければよかったと。崩れ去っていく己の腕を見ながら呆然と女を見つめていた。
「どこまでも、遠い―――」
その言葉を言い切る前にその体は塵となって崩れた。
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「年甲斐もなくキレてしまった」
「そもそも初めの約束で私の肉体を利用しないと約束していたはずなのにそれを反故にしたのは向こうだ」
「感情任せに動いたところで何が悪いのか」
人も、機材も塵となってしまった部屋をぐるりと見回し、己の肉体が持つ力に少しの恐れを感じる。
感情が高ぶっただけでこの様。
生物のみならず生きていない物体にさえも影響が出ている。地面も砂のようになっており、足裏に張り付いて少し気持ち悪い。
部屋全体が塵になっているわけではないようで、女の半径50m程度の距離で円形状に塵になっている。
高そうに見えた大きな機材や、己の頭が入っていたカプセルなども内部の液体ごと塵に変わってその場に小さな山となっていた。
「賠償問題にならないだろうな……?」
少しずれた部分の心配をしながら女は部屋を歩き回る。
塵になっていない機材に近寄ってみるが特に変化はなく、触っても塵になることはなかった。
先ほどの感情の発露が原因なのか、純粋に女自身が体を扱い切れていないだけなのかもわからず、考えながらぐるぐると部屋の外周を歩き回る。
資料を手に取り、読んでみようにも読むことが出来ない。
数字のような文字はなんとなくわからなくもないが、それ以外の言語の並びは生前にいた日本のものとは似ても似つかない奇妙な文字であった。
手探りで読もうにもアルファベットすら分かっていない子供が英語で書かれた論文を読むようなことが出来るはずもなく、結論「なにもわからん」と言ってファイルと閉じる。
何もすることが無くなった女は、ふと自分の首が入っていたカプセルの塵をかき分け始めた。塵を退かしながら掘り進めていると、切り離されたはずの自分の首が塵から再生し始めている瞬間を発見した。
塵が紅い肉片や骨片となり、うぞうぞと集まって繋がっていく。流石の女も気持ち悪く感じたのか目を一瞬逸らしたが、良いことを思いついた、とその再生中の首と周囲の肉片を搔き集め、大将や〈不死隊アンデッド〉がいた場所にある塵にひとかけらずつ千切って落としていく。女は種まきのようだとのんきなことを考えていた。
途中、複数人の塵が集まって混ざってしまったものを見つけた。
流石に塵になった人の区別は付けられず、どうしようかと思案する。
女は混ざってしまった塵を一つにまとめ、それを二等分。そこに自分の首の肉片を落とした。最後に実験結果を待つ子供のような表情をして、別の塵へ肉片を落とす作業へ戻った。
そして残りの塵はは大将と隊長格の男がいた場所のもののみとなった。
女にはもう倫理観など放り捨て、この二人にどの程度与えるとどのくらい変化するのかという悪魔のような実験をすることしか頭になくなっていた。
「この首の残りをすべて突っ込んでみるか?」
「それでもって、こっちには私の血液を混ぜ込んでみるか」
「血だけだと変化に乏しいかもしれんな……頭部と同じくらい重要となると、心臓か?」
「こっちが残りの頭部すべて」
「こちらが血液と心臓、と」
二つの塵の山の前で形を取り戻し始めた頭部を潰して片方の塵の山へと混ぜ込む。
もう一つの塵の山には今さっき自分で引き抜いた心臓と血液をグチャグチャに混ぜた。
「よし、こんなものだろう」
「どうなるか楽しみだ」
残っていたキャスター付きの椅子に座って塵を眺める。
「研究者とは、こんな気持ちなのかもしれんな」
物言わぬ塵だったはずのモノが、ゾクリと蠢いた気がした。
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