それの身体・2
大将に案内された研究室内部へと進み、ちらほらと研究員らしき人間が見えるようになってきた。
女が心配したような不気味な生物が研究用カプセルに入っている、などということはなく、ここまで見た限りでいくつか設置されている大型カプセルに中にあったのは獣の死体や戦死したのであろう凄惨な傷を負った状態の人間らしき肉の塊などの至極真っ当な原因究明の手段として使われているように見えた。
「あの獣はどんな奴なんだ?」
「あれは〈ソリュヴル〉という名前の狼です。絶対に群れを成さず、必ず一個体で自然を生き延びる性質を持っております」
「性質がわかっているならなぜいま研究している」
「さて、研究職は既知から未知を見出すこともあると言いますし、改めて新しい発見があるかもと調べているのかもしれません」
「研究者の考えは分からないことが多くて参る」
機材などを見学しながらある程度奥まで進むと、フロアを区切るように設置された扉の前へと着いた。
大将は指紋、虹彩、顔の認証を済ませ、扉を開く。
すぐに閉じそうになる扉を無理やり塞き止めながら女と〈不死隊〉が中に入ることを確認する。
人数と顔を見て、知らない顔がいないことを確認した大将は塞き止めていた扉から手を離し、勢いよく扉が閉まった。
灯りが点き、確認できるようになった中の空間は先ほどまでの薄暗い研究室と比べて明るくなっており、一つ一つの機材やサンプルのようなものがかなり厳重に置かれていた。
「ここは?」
「ここはオレが個人的に作った研究室だな。個人的に気になることとか、絶対に外部に漏らしたくない実験をするときに使う。オレが信用できる奴しか入れないし、出さない」
「やろうと思えばこの方のような存在を閉じ込めて逃がさない、ということもできますな」
「コイツ相手にはやらない、閉じ込めて手当たり次第に破壊されても困るし、閉じ込めても自力で出ていくだろ」
「おっしゃる通りかと」
なぜか自慢げに話す〈不死隊〉隊員に女は微妙な顔をする。
人知の及ばぬ理解不能な化け物だと言われているような気がしてすこし微妙な気分だった。
本人の気持はどうあれ、実際の言動が完全に人外なのだからどう言われたところで文句は返せず黙するに留まる。
「そもそもコイツから切り離された部分ってだけでも何かしらの影響が出てもおかしくねぇ。少将は近づかれただけで死にかけたんだろ?だったら頭部だけでも一般人を気絶させるくらいはやりそうだ、サンプルに影響を与えないとも限らねぇし」
「だから何もないわき道を進んでいたのか」
「おう、変に真ん中の通路歩いて何かあっても怖いからな」
「それに研究職の奴らを敵に回したくはねぇ……」
最後にぼそっと弱音を吐いたような気がするが、聞こえなかった振りをして話を進めさせる。
話をしながら大将は女の首を部屋の中心にあるカプセルに入れ、その中を何かの液体で満たした。
カプセルの中心で女の頭部がぷかぷかと浮いており、目が開いたままな為にかなり怪しい外観となってしまっていた。
「一応聞くが、お前の頭部って勝手に動きだしたりしないよな」
「知らん」
「そもそも頭が吹っ飛んだのが始めてだ」
「いつもと違って再生するときに千切れた部位を捨てて再生したから変なことになっている可能性は無しではないな」
女が体を再生する場合、基本的には周囲にある自分の肉片を使って再生されるが、頭部は緊急性が高いのか千切れた頭を拾いに行く前に再生が始まったため、その場に残ってしまっていた。
今までの隊員との喧嘩でも腕を切られたりすることはあったが、再生が始まるまでに多少の猶予はあった。その間に切られた部位を拾ったり近くに寄ったりするため切り離された肉体は再生の際に使用されており、その場に残ったことはなかった。
「拙そうなのであれば別の場所にするか?」
「んー、いや、このままでいい。なんかあっても責任はオレが取るしな」
そう言いながらカプセルの傍にある機械のスイッチを押す。
カプセル内をスキャンするように光が当たり、女の頭部に光が集中する。
スキャンが進むにつれて、その下に設置されたモニターへと文字列が入力されていく。
専門的な言葉が多いのか〈不死隊〉の連中は一部を除いて理解不能といった具合の表情を浮かべているし、女はそもそもここで使われている文字が読めない。
大将が入力されていく文字を眺め続け、モニターの文字が増えなくなったあたりでにこやかに女に向けて話しかけてきた。
「お前、ずっと東部にいないか?」
「なんだ急に、気持ち悪い」
「いやだってお前……」
「お前の髪一本でここの管理局全体の一週間分のエネルギーを保有してんだぞ!?しかも切り離した肉体でも少なくない量のエネルギーを常に垂れ流してる!!お前がいる限り尽きないエネルギー保管庫を確保したようなもんだ!この大陸の抱えてる資源問題が一気に解決に進む!!」
「うるさい」
「私は自分のためにしか動かんぞ、お願いされたところで私の琴線に触れなければ何もしない」
「何が嫌で生きるエネルギー生成装置にならねばならんのだ」
大将の頼みを即座に断る。
今渡した女の頭をエネルギー源として使う分には構わないし、どう利用されようと知ったことではない。
だが、この女は自分自身を誰かのために使われることは許さない。
自分自身が他人のために使うのだ。
あくまで自分本位、何かをするための行動原理は己の為。
周りは勝手に救われればいい、施しを与えるのも自分勝手。気が向いたから、気になったから、やってみたかったから。これ以上でも以下でもなく、女はどこまでも自分の気分で生きる。
「エネルギー目的で拘束するくらいなら殺し続けて体を持ち去るでもした方が効率的だと思うがね」
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