それとこれ
「受けるかどうかはその依頼とやらを聞いてからだ」
「流石の私も何も聞かずに了承はできんよ」
女は足を組み、大将を見定めるようにその瞳を向ける。
こんなバケモノであっても人間なのだ、多少の保身に回ったところで責める者はいまい。
見知らぬ世界の見知らぬ都市、その責任者補佐という相当に高い地位の相手が上官、下官をまとめて納得させようというのだ。それにただ部隊を譲渡するだけでなく、他拠点での優遇をしてくれるかもしれないというオマケつき。
女の身一つで完遂できるモノであればいいが、そうでないのなら少し考えなければならない。
「それもそうだな、まぁそう難しい話じゃない。いや、一般的に考えればほぼ不可能だな」
「本当に何をさせるつもりだ?」
「いやなに、ただ私と戦ってくれってだけだ。あとできるならお前さんの体組織の提供」
「体組織は、まぁ、分からなくもないが……」
「戦いだと?自殺志願者か」
「死んだらそれまでだ、だがお前は蘇生が可能なんだろう?私のことも蘇生させてみればいい」
女は無言で俯き、思案する。
依頼の内容としては女一人で熟せることではあるし、体組織の提供は研究されるだろうが、それで今の身体のことがわかるのならメリットの方が大きい。
断る理由はないが、大将の考えがいまいち読めない。
大将も馬鹿ではない。
先ほどの少将とのやり取りを見ているのなら最悪何もできずに死ぬだけなのは理解しているはずだ。
蘇生が目的の可能性もあるが、大将は蘇生後に体が強く再構成されることを知らない。〈不死隊〉の身体を調べればわかるかもしれないが、今のところ彼らの身体が検査に掛けられるようなタイミングはなかったはずだ。
「依頼内容自体は問題ない、受けよう」
「だが大将閣下の考えがわからん、私と戦って何がしたい」
「簡単な話だろう、証明だ。今の私の強さの証明だよ」
そう言って大将は椅子から立ち上がる。
「私は強い。伊達に大将の座に座ってないからね、この東部の人間の中じゃ負けなしだ」
「だが!!!」
頑丈に見える黒いデスクを後ろ手に容易く破壊しながら大将は言葉をつづける。
「未知の存在、勝つ負けるの次元に存在しない奴等。そう、お前だ!」
「お前みたいな奴とどこまで戦えるのか、そもそも私の技が通じるのか、はたまた殺せてしまうのか……」
「オレもそこに行けるのか」
「気になって仕方がない!だからこそ依頼だ。女、オレと殺し合おう」
先ほどまでの落ち着きはどこへやら、濃厚な暴の気配を纏いながら女へとその目線を向ける。
その目に、気配に、女には覚えがあった。
生前、自分が若い男だった頃によく見た、鏡に映った自分。
抑えきれない衝動を抱えた者の眼だ。気配だ。
恐ろしくて、獰猛で、危険で、怖い。
そしてそれ以上に、疼く。
年老いてから鳴りを潜めた暴力も、それをぶつけられる相手を見つけたときの高揚も。
何もかもが懐かしく、愛らしい。
知らぬうちに女の口角は吊り上がり、目は凶暴さを孕んだ。
それを見た大将は同じように口角をあげ、目を細めた。『嬉しい』と顔全体で表すように。
大将が壁のスイッチを押せばインテリアがすべて高速で格納され、代わりに障壁で壁が固定される。女の背後の扉すら障壁で閉じられ、床が開きその下にある強化素材で構成された床が迫り出す。
一瞬部屋が暗闇に包まれ、次の瞬間には壁が光を発し部屋全体を明るく照らす。
完成したのは完全に戦闘用に作られた部屋。先ほどまでの小洒落た部屋は見る影もなく、壁も天井も床も、すべてが強化素材で構成された無骨な訓練室。
今から始まることを考えるのなら処刑場と言ってもいい。
そんな部屋の両端に女たちは立っていた。
どちらも構えはなく、自然体。何時どのタイミングで仕掛けられても対応できる両者にとって最善の構え。
どちらが合図をするでもなく二人同時に動き出す。
女が超音速で大将へと距離を詰める。
効果範囲内に入った大将は一切の影響を受けていないかのような動きで女の顔に向かって右手の人差し指、中指を差し入れる。目潰しだ。
女は目潰しをそのまま受け入れ、刺さった指は眼球を容易く潰し、そのまま指が脳髄まで届くのではないかという程に眼が在った穴の奥へと押し込まれていく。
奥へと差し込もうとするその腕を万力の如き力で掴み、その場に固定。開いた手で大将の頬へと拳を叩き込む。
大将は拳を受ける直前に掴まれた腕の骨を咄嗟に外し拘束から抜け出し、距離を離す。
女に触れられたことで力が抜け、それを利用した脱出法だったが上手くいったと内心でほくそ笑む。
殴られるダメージを腕を引っこ抜く勢いを利用し軽減。それによって肉体のダメージはほとんどゼロに抑え込むことが出来た。
しかし女に触れられたことによって多少の脱力感が体に残ってしまっている。
程よい脱力は戦いにおいて不可欠だが、この女は寄ったものの命を根こそぎ奪う。それによって力ではなく命を吸われるのでは多少なりとも調子は落ちる。
それに対し目を潰され、脳にまで軽い傷を負った女は何もなかったかのようにその場に立っていた。
大将の指が眼孔から離れた瞬間から超速で再生が始まり、大将が刹那の思考を巡らせている間に目は見えるようになり、思考も巡る。
一切の不調はなく、それどころか目を潰されるなどという生前にも経験できなかった怪我を負った。負わせられたという事実にテンションは上がり、調子も比例するように上がっていく。
怖気すら覚える笑みを携えた女は大将が息を整えている間に足の調子を確かめる。
大将はトーン、トーンとその場で跳ねながら息を整え、5回ほどその場で跳んだ直後、姿を消した。
一瞬大将を見失った女は、次の瞬間、頭から壁に叩きつけられていた。
頭蓋骨が砕け、首の骨が折れる。
思考が途切れ、身体の操作が効かなくなったのも束の間、即座に再接続された神経と筋肉をフル起動させて壁から飛び出す。
飛び出してきた女をスレスレで躱した大将は飛んできた身体目掛けて光速の蹴りの三連打。
頸椎、肋骨、骨盤を破壊し、女を上へと跳ね上げる。
自分も跳ね、追撃―――する前に自らの腹へ衝撃。
追撃は叶わず、女と将軍は同時に落下。
落下と同時に両者ともが跳ね起き、再び距離を取った。
「的確な肉体破壊、お見事だ」
「いやいや、そちらも肉体の再生をこれ以上ないほどに活用した戦い方だ」
「「もっとやろう」」
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