宿題
長期休みになり、それを利用して遊びに出掛けた僕だったけれど、店先で真剣に悩んでいた。
(お土産を買っていくとは言ったものの、何を買えばいいんだろう……)
王都に残っているバルドに渡すとしても、食べ物だと傷んでしまうかもしれない。それを考えるなら、形に残るものの方がいい気がする。でも、コンラットなら本みたいに、分かりやすくて持ち運びやすいものならいい。だけど、バルドが好きなのは剣だし、ネアに至っては、何が好きなのかすらよく分からない。
(……お土産選びって、意外と難しいな)
友達にお土産を買うなんて初めてだから、余計に分からない。相手が喜びそうなものを考えようとしても、なかなか思いつかなかった。しばらく考え込んでから、僕は視線を隣へと向ける。
「父様。友達へのお土産って、何を買えばいいと思う?」
そう尋ねると、父様は店の中をゆっくりと見回しながら答えた。
「それなら、店にある物を全部買って……いや、友人が好きそうな物を選べばいいんじゃないかな?」
「え?う、うん……」
一瞬、本気で“全部買えばいい”と言われるのかと思ってしまった。
僕が貰っているお小遣いで買うために、今日来ているのは貴族向けの高級店ではなく、街の人も普通に立ち寄るような店だ。だからこそ、もし父様が本気で店ごと買うと言い出しても、王都の貴族街で使う金額に比べれば、そこまで大きな額ではないのかもしれない。
そう考えると、自分で聞いておいて何だけど、父様なら本当にやりそうだった。それだけに、途中で言い直したとはいえ、ちゃんと普通のことを言ってくれたのが少し意外だった。
(……たぶん、母様に何か言われたのかもしれない)
僕達とは別行動をしている母様のことを考えながら、僕は一緒に来ていた兄様へと声をかけた。
「兄様は、レオン殿下とかにお土産を買っていかないの?」
僕がそう問いかけると、兄様は露骨に嫌そうな顔をした。
「……買う予定はない」
きっぱりとした返事だったけれど、そこで引き下がるのも何となく違う気がして、僕はそのまま言葉を続ける。
「でも、喜ぶと思うよ?一緒に何か買っていこうよ」
兄様に選ぶのを手伝ってもらいたい。そんな気持ちも込めてそう言うと、兄様は少しだけ考え込んだ。そして、何気ない手つきで、目の前に並んでいた小さなトラの置物を手に取る。
「……なら、これでいい」
「何で、それにしたの?」
それは僕の手より少し大きいくらいだけど、兄様の手のひらには収まってしまうくらいの大きさだった。でも、そこには他にも色々な動物の置物が並んでいて、どれも同じくらい可愛らしく作られている。だからこそ、どうしてそれを選んだのか気になった。すると、兄様は淡々とした声で言った。
「理由なんてない。ただ、目の前にあっただけだ……」
「……本当?」
何か理由がありそうな雰囲気に問い返すと、兄様は答えを濁すように視線を逸らした。そして、そのまま誤魔化すように言う。
「レオン相手なら、別に何でも構わないだろう。それに、これで文句を言うのなら、そのまま持ち帰ればいい」
そう言いながらも、兄様はどこか気に入った様子で、手に取ったトラの置物を眺めていた。さらに、視線はそのまま周囲へと移る。
そこには他にも、同じくらいの大きさの動物の置物が並んでいて、どれも丸みがあって可愛らしい。兄様はそれらも一つ一つ目で追いながら、ほんの少しだけ、口元を緩めていた。
その様子を見て、僕はふと思い出す。
(そういえば、兄様って……可愛い物が好きなんだっけ)
兄様とイメージとは違うため、たまに忘れそうになる。だけど、参考にしようとしていた僕は、宛が少し外れてしまった。
(それに、これってお土産を選んでいるというより、兄様が自分の好きな物を選んでいるだけのような気もする⋯⋯。でも、それでもいいのかな?)
そう考えながらも、ただ自分が貰って嬉しい物を渡すだけじゃなくて、この楽しい時間も送りたい気がした。だから、兄様と一緒に選んだものなら、きっとお土産話と一緒に、それも伝わる。
(何より、その方がコンラットが喜びそうだし……)
本を渡すよりも、ずっと嬉しそうにするコンラットの姿が簡単に想像できて、思わず笑ってしまった。そして僕は、そっとお金の入った袋を開けて中身を確認した。
(……足りるよね?)
旅行の間にお小遣いを結構使ってしまっていたから、足りるかどうか少し不安だった。けれど、実際に数えてみると、置物をいくつか買っても、まだ少しは残りそうだった。
(……よかった)
そのことにほっとしながら、僕はしばらく悩んだ末に、みんなへのお土産として、狼と馬と猫の置物を選んだ。それから、別の店で日持ちしそうな焼き菓子も一緒に買う。すると、お小遣いは、ほとんどぴったりなくなってしまった。
(来月まで、もう何も買えないな……)
それが、ちょっとだけ痛い。
父様に言えば、たぶんすぐに追加で貰える。でも、自分で言い出して買った手前、それは何だか言いづらかった。それに、補習を受けているバルドのことを思えば、文句なんて言えない。だから、休みを満喫したのだから、これは仕方ないと、そう思うことにした。だけど、屋敷に帰った僕を待っていたのは、楽しい思い出の余韻ではなく、大量の宿題だった。
(……多い)
渡された時にも思ったけれど、こうして机の上に広げてみると、その量は余計に多く見える。そのせいで、僕はしばらく、その場で固まっていた。
遊びに行ったのは楽しかったし、お土産もちゃんと買えた。でも、その代償みたいに目の前に積まれた課題は、あまりにも重かった。それもあって、僕は父様達に、それとなく手伝ってもらえないか聞いてみた。けれど、返ってきたのは、まったく助けにならない言葉だった。
「宿題なんて、一日もあれば終わるだろう?」
(……僕の頭で終わると、本気で思ってるのかな……)
兄様は多少考えるような顔をしたけれど、父様から、あまりにも当然みたいに言われてしまうと、逆に何も言い返せない。だから、結局は自分でやるしかない。それに、やらなければ終わらないと、そう自分に言い聞かせながら、僕は半泣きになりながら宿題と格闘した。けれど、そんな僕の様子を見かねたのか、その日の夕食の席で、父様が声をかけてきた。
「手伝おうか?」
「ほんと!?」
その言葉に、僕は思わずぱっと顔を上げた。
(助かった!)
そう思って、思わず両手を上げて喜びかけた、その瞬間、背後から、ひどく冷静な声が響いた。
「駄目です」
振り返れば、そこにはいつの間にかドミニクが立っていた。しかも、それに追従するように、母様まできっぱりと言った。
「そうよ。これはリュカの宿題なんだから。それに、今から楽を覚えたら、今後増えていく宿題に耐えられなくなるわ」
どこか実感が籠もっていたけれど、屋敷の中でも発言力の強い二人に反対されてしまえば、さすがの父様達もそれ以上は何も言えないらしい。
結局その後は、ドミニクの監視のもと、泣きそうになりながらも、何とか自力で終わらせることになった。けれど、途中で見かねたのか、父様達の代わりにフェリコ先生が教えに来てくれた。
どうやら、父様達は“絶対に甘やかすから駄目”と、ドミニクに判断されたらしい。そのおかげで、何とか学院が始まる前までには、宿題を全部終わらせることができた。
そのことに安堵しながら、久しぶりに学院へ行くと、見慣れていたはずの校舎が、少しだけ新鮮に見えた。
バルドも補習で忙しかっただろうし、僕も帰ってからは宿題に追われていた。だからこそ、みんなと会うのも少し久しぶりだった。そのため、そんな高鳴る気持ちを押さえながら教室の扉を開けると、バルドとコンラットが何かしていた。
「何してるの?」
僕が近付きながら問いかけると、コンラットが淡々と答えた。
「バルドの宿題が終わっていなかったらしくて、今、手伝っているところです」
けれど、その言葉に被せるように、バルドから悲痛な声が上がった。
「手伝うんじゃなくて、答えを見せてくれたらそれでいいんだよ!!」
「それでは意味がないでしょう」
コンラットはぴしゃりと言い切ると、少し呆れを滲ませながら言った。
「この休みの間、ずっと屋敷にいたはずなのに、何で終わっていないんですか……」
「補習とかで、いっぱいいっぱいだったんだよ!!」
半泣きで訴えるバルドを見ていると、少し前の自分を思い出してしまう。
(……気持ちは分かる)
ただでさえ多いと感じた宿題に加えて、補習まであったのなら、手が回らなくても無理はないと思う。それに、同じような状況を経験したばかりだからこそ、その大変さは痛いほど分かった。だからこそ、思わずコンラットへと口を挟む。
「少しくらいなら、いいんじゃないかな? バルドも補習を頑張ったんだから……」
「リュカ!」
バルドが、まるで救いの神でも見つけたみたいな顔でこちらを見る。けれど、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「駄目です」
まるで、僕がドミニクに言われた時のように、コンラットはきっぱりと言い切った。
「それでは自分の力になりません。ほら、もうすぐ先生が来るのに、手が止まっていますよ」
「コンラットの鬼!!」
「えぇ、鬼でいいですよ。ですから、手を動かしてください」
容赦のない言葉に、バルドが恨めしそうな声を上げる。けれど、コンラットはまったく動じることなく、平然と宿題をやらせようとしていた。
(……父様達も、こんな気持ちだったのかな……)
二人に反対された時、父様達が申し訳なさそうな顔をしていたのを思い出し、何とも複雑な気持ちになった。
(家に帰ったら、ちゃんとお礼を言っておこう⋯⋯)
そんな気持ちになりながら、バルドの様子を見ていたけど、結局は全部の宿題を終わらせることは出来なかった。でも、補習で疲れ切ったバルドの姿を見たからなのか、リオ先生は特に何も言わなかった。
「今度は……少しずつやるようにする……」
先生がいなくなると、バルドはぐったりとした声でそう呟いた。けれど、そんなバルドに、コンラットが静かに返す。
「来年まで、それを覚えているといいですね」
「……」
バルドもそうだけど、たぶん来年になったら、僕も忘れている気がする。そんなことを思いながら無言でいると、それまでどこか他人事みたいな顔をしていたネアが、静かに口を開いた。
「まぁ、来年はもっと増えるだろうけどな」
「今から嫌なこと言うなよ!」
バルドが悲痛な声を上げるけれど、母様にも似たようなことを言われていたせいか、僕も何となくそうなる気はしていた。
でも、今からそれを心配しても、どうにもならない。だから、憤るバルドの声を聞きながら、来年のことは来年考えることにした。
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