表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/336

生誕祭


授業中に教室へ戻る気になれなかった僕は、終わる時間まで学院の庭で時間を潰し、それからようやく教室へ戻った。席に着くと同時に、バルドが興味津々といった顔で身を乗り出してくる。


「何の話だったんだ?」


そう問われ、さっきリオ先生に言われたことをそのまま話すと、バルドは少し同情するような目を向けた。


「リュカも大変だな……」


「他人事みたいに言ってますけど、貴方も似たようなものですよね」


コンラットが呆れを滲ませて言えば、バルドはあっけらかんと笑った。


「俺は三男だからな。兄貴達ほどは厳しくないぞ。それに、“貴族らしくしろ”なんて親父からも特に言われた事ないな!」


「そうなんですか?」


意外そうにするコンラットに、僕も同じように頷く。


「僕の父様だって、そんな事言わないよ……」


「そうなのか?でも、確かに優しそうだったよな」


今度はバルドが意外そうな声を出すけど、屋敷で会った時のことを思い出したのか、少し納得したように呟く。だから、それを肯定するように頷く。


「うん。注意された事はあっても、父様から怒られた事はないよ!」


「怒られないからと言って、好きにして良い訳でもないですけどね」


少し誇れしげに言った僕の言葉に、コンラットが冷静に水を差す。すると、それを擁護するように、バルドが口を開いた。


「まあ、今後、リュカも気を付ければいいんじゃねぇ?」


「バルドに言われたくないよ!」


「貴方が言っていい事ではないです!」


「え?」


バルドは、この前の自分の発言などすっかり忘れてしまったかのように、きょとんとした顔で僕たちを見返していた。どうやら、自分がなぜ怒られたのか、その意味すら分かっていないらしい。けれど、教室の後ろから、今もなおネアへと睨むような視線を送っている姿を見れば、いちばん言動に気をつけるべきなのが誰かは明らかだ。


そう思いながら、コンラットと目を合わせ、揃って彼へ視線を向ける。すると、ようやく何かを思い出したのか、バルドははっとした顔をした。それから、ばつが悪そうに、ほんの少しだけ視線を逸らす。その様子に、僕達はため息をこぼすしかなかった。


その後、勉強で困ることはあっても、彼が僕達に突っかかってくることはなく、学院生活は穏やかに過ぎていった。


休みの日には、皆で屋敷に集まって課題を片付けたり、兄様と一緒に陣を組む練習をしたり、そうしているうちに、気づけば入学から一ヶ月が経っていた。


「もうすぐ生誕祭か……。礼服って動きにくいから、正直あんまり行きたくないんだよなぁ……」


「確かに、あれは動きにくいよね……」


バルドのぼやきに、僕もつい頷いてしまう。すると、コンラットが小首を傾げた。


「ですが、新年祭の時は王城へ行くのを楽しみにしていませんでしたか?」


「だって、伝記とかでよく出てくるだろ!?だから、あの時は 憧れてたんだよ! でもさ……退屈だったんだよ!! パーティーが、あんなに退屈だとは思わなかった!」


本気で嘆くバルドに、思わず苦笑する。僕にも、新年祭で父様達とはぐれてしまった苦い記憶はある。でも、兄様が見つけてくれた。そして何も言わずに手を差し出してくれて、一緒に踊ってくれた時の温もりがあったから、ただの“苦い記憶”にはならなかった。


「はぁ……。街で遊んでた方が楽しそうだよな。そういえば、ネアはその日何してんだ?」


「仕事だな」


「ああ、家が商会なんだっけ?」


「荷物の準備や運ぶくらいしかやらないがな」


ネアの自分のことを、あまり話したがらない。それに、彼の雰囲気はどこか商人らしくなくて、時々その事実を忘れてしまいそうになる。でも、本人は何でもないことのように言うけれど、同じ歳で働いているのは、やっぱりすごいことだと思う。


「ネアは偉いよな!」


「バルドも遊んでばかりいないで、少しはネアを見習ったらどうですか?」


「俺だって!遊んでばっかじゃない!ちゃんと真面目に鍛錬してるぞ!」


コンラットの指摘に、バルドはむきになって反論するければ、いつもの二人のやり取りが始まってしまい、僕は苦笑しながら見るしかなかった。そんなやり取りを日々繰り返しながらも、バルドは学院に来るたびに「行きたくない」と愚痴をこぼしていた。


― 生誕祭当日 ―


城へ到着すると、これまでパーティーの話をずっとしていただけに、会場にいるはずの二人を探しに行きたい衝動に駆られた。けれど、前回迷子になって大騒ぎになった苦い記憶がある。だから、さすがに今回は大人しくしていようと、なるべく両親の側を離れないようしようと心に決めていた。


だけど、新年祭の時とは違い、父様の事業を手伝い始めたからか、兄様に挨拶に訪れる者が絶えず、休む間もないようだ。落ち着いた顔をしてはいるけれど、明らかに忙しそうだった。


それに引き換え、やることのない僕は、所在なさをごまかすように会場を見渡す。本当は行きたい場所があったけれど、兄様に付き添ってもらおうと思っていただけに、あてが外れてしまった。一人で行くわけにもいかず、結局、誰か知っている顔はいないだろうかと視線を巡らせていると、見覚えのある姿が視界に入った。


「あっ!リオ先生!」


思わず声を上げて駆け寄ると、こちらに気付いた先生は、ゆっくりと振り向いた。


「これは、レグリウス公子様。お声を掛けて下さり、ありがとうございます」


ゆるく波打っていた髪はきっちりと整えられ、仕草の一つ一つに無駄がない。浮かべているのは、学院で見る柔らかな笑みとは違う。隙のない、磨き上げられた“貴族の微笑み”だった。


「リオ先生も来ていたんだね?」


まるで別人のようだと思いながら問いかけると、先生は恭しく一礼しながら答えた。


「はい。分不相応の身ではありますが、この度も陛下にご招待いただきました」


「リュカの担任だったな」


僕達が話していると、いつの間にか、来客と話していたはずの父様が、僕の後ろに立っていた。まるで、僕の後を追ってきたかのようでありながら、まるで最初から一緒に来たという感じで会話に加わる。


「お久しぶりです、レグリウス卿」


先生が深く頭を下げると、父様は穏やかに微笑んだ。けれど、その目だけは、少しも笑っていないように見えた。


「担任である君に、私が望むのは一つだけだ」


先生の挨拶を軽く受け流すように発せられた、低く落ち着いた声は、まるで警告を告げるかのようで、周囲の空気がひやりと冷えた。


「息子達には、自分の望む形で学院生活を送らせたい。それを妨げることがあれば……私は快く思わない」


喧騒の中で、その言葉だけが静かに沈んだ。先生は一瞬、呼吸を止め、ほんのわずかに瞳が揺れる。でも、次の瞬間には、整えられた柔らかな微笑みを浮かべ、父様へと静かに頭を下げた。


「はい。心得ております。担任として、問題が起こらぬよう、十分に配慮いたします」


「それならばいい。私はまだ挨拶が残っているので戻らせてもらうが、貴殿も然るべき場所へ戻るといい」


「はい。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。御前、失礼いたします」


そう言って僕達に一礼すると、先生は人混みの中へと消えていく。その背を一緒に見送った父様が、今度は僕に視線を落とした。


「楽しげに話しているところを遮ってしまって悪かったね。ただ、学院で騒ぎがあったと聞いていたから、この機会に一言伝えておきたかったんだ」


そこまで言うと、父様の視線が、何かに気付いたようにゆるやかに別の方向へ流れた。その先には、父様に声を掛ける機会を探るように、控えめな笑みを浮かべて立つ来賓の姿があった。そして、それは父様が僕の対応を優先した結果だということは、僕でもすぐに分かった。


「父様、行ってきていいよ」


「すまないね」


申し訳なさそうに微笑むと、父様は再び社交の渦の中へと戻っていった。そして、それと入れ違いになるように、兄様が、静かに僕のもとへ歩み寄ってきた。


「あの教師は、あまり好きではない」


僕の傍に来ていた兄様が、先生の消えていった方を見つめながら、不快そうに呟いた。


「どうして?優しい先生なのに?」


僕の問いに、兄様はほんのわずかに間を置いた。それから、静かに口を開く。


「私を見ているようで、まったく私を見ていない目が不快だ」


それだけ言うと、兄様は視線を外し、今度はまっすぐ僕を見る。


「リュカが気に入っているなら、私は何も言わない。ただ、何かあれば、すぐに私にか父上に言え」


赤い瞳に、さっきの父様と同じ警戒の色が滲む。そして、一瞬だけ鋭く光ったように見えたけれど、すぐにその色は和らいだ。


「それより、ここにばかりいては退屈だろう。リュカの好きな菓子でも食べに行くか?」


「いいの!?」


父様と同じで忙しいんじゃないかと心配になるけど、それ以上に、期待と嬉しさが勝ってしまう。兄様は、そんな僕の様子を見透かしたように、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。


「問題はない。私が済ませるべき挨拶は終わった。だから、父上達の代わりに、今日は私がリュカに付き添う。行きたい所へ行くといい」


「やったー!!」


さっきまでの重たい空気なんて、もうどうでもよくなっていた僕は、そのまま兄様の手を引く。そして、きらびやかな会場の中、周囲からの視線を多少浴びながらも、甘い匂いの漂う方へと、二人で歩き出した。

お読み下さりありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ