憧れ(コンラット視点)
私には、6歳年の離れた兄が1人いる。
兄は、学院から帰って来ると、私に、その日の出来事などを話して聞かせてくれた。その中で、よく話題になっていたのが、オルフェ・レグリウスという人物だった。
屋敷から出た事がない私にとっては、まるで小説の物語を聞いているようでもあった。だから、オルフェ様や、その父親であるアルノルド様に憧れを抱くのに、そう時間はかからなかった。
「今年の剣術と魔術大会も、オルフェ様が優勝されて凄かったぞ!!」
毎年、夏になれば、兄は、学院で開かれる大会の話しをしてくれた。私は、屋敷から出られない事を不満に感じた事はなかったが、この時だけは外に出られない事がもどかしかった。
「何?コンラットも剣術に興味あるのか?なら、一緒に手合わせしねぇ?」
「私の話しを聞いてたんですか…。私は、大会を観戦したいとは言いましたが、剣術をやりたいとは言っていません」
「なんだ…。でも、俺の親父も凄いって、言ってるのは聞いた事があるぞ。そいつの父親も、かなり強いって話だ」
「強いだけではないですよ!父親のアルノルド様は、歴代最年少で宰相になったうえに、陛下と一緒に不正を正して、色々な改革や外交政策を実現させた凄い人なんですよ!!」
何時ものように、私の屋敷にやって来たバルドと、春の庭で過ごしていた。
バルドとは、私が3歳の時からの付き合いだ。
あの日は、庭が見える部屋で、本を読みながら過ごしていた。そうしたら、窓ガラスを叩くような音がして、視線を音がする方へ向ければ、窓にへばり付くように部屋の中を見ているバルドと目があった。
最初、不審者が侵入して来たと思って、大きな悲鳴を上げてしまった。そうしたら、声を聞き付けた家の者達が集まって来て、直ぐにでも、衛兵に付き出そうとした。だが、隣から来たと言うバルドの言葉で、隣の屋敷に住むグラディウス家の三男である事が分かった。
グラディウス家は、歴史に名を残すような優秀な騎士を多数排出しているため、侯爵家の位を持っていた。それに比べて、私の家は伯爵だったため、バルトを衛兵につき出していたら、面倒な事になっていたかもしれない。
その後、グラディウス家から正式な謝罪があったものの、バルドはそれ以来、私の屋敷に来るようになっていた。最初の頃は、注意もされていたようだが、一向に効果がないからなのか、相手方も途中で匙を投げているようだった。
バルドは、昔から裏表がない性格で、遠慮なんてものを知らない男だった。だからなのか、私のような性格でも、自然にバルドと接する事が出来た。
「そいつ、今年卒業するんだよな?」
「そうですね…」
「卒業する前に、一度でいいから大会見に行きたいな…」
「……」
私も、バルドの言葉に同意したいが、勝手に許可もなく屋敷を抜け出す事は、さすがに出来ない。だから、大会を観戦する事は、諦めている部分があった。しかし、私の儀式が終わった後からは、外出の許可がおりた。
大会があるのは、夏の終りのため、最後の年だけは大会を観戦する事が出来そうだ。バルドは、急に増えた勉強時間を嫌って、私の屋敷に逃げ込んで来る事があったが、すぐさま連れ戻されていた。
「親父の機嫌を損ねないように、1週間も嫌な勉強を頑張ったんだ!今日は、思いっきり楽しむぞ!!」
勉強をサボったら、連れて行かないと言われていたため、最近は逃げ出さずに頑張っていた。
「それで、その優勝者ってどんな外見してるんだ?」
「私も見た事がないですが、珍しい銀髪らしいので、出てきたら分かると思います」
会場に現れたオルフェ様は、話に聞いていた通り、綺麗な銀髪が風になびいて、私にはキラキラ輝いているように見えた。表情は、遠くてうかがい知る事は出来なかったが、憧れていた人を見れただけでも、私の心は踊った。
剣術大会は、速すぎて分からない部分が多かった。だが、バルドの興奮している様子を見れば、凄いのだという事は分かる。
その後に行われた魔術大会では、誰よりも存在感を放っていた。火と水が織り成す魔法は、繊細でありながら、一撃事の威力が凄まじく、相手の攻撃を全て無効化して、無傷で優勝していた。
私の中で、物語が現実になった瞬間でもあった。
少しでも、オルフェ様に近付こうと、その日から勉強時間を増やして頑張った。そして、入学の時期が差し迫った頃、オルフェ様の弟が、私と一緒の学年で入学するという事を父から聞いた。
オルフェ様の弟なら、きっと優秀な方なのだろう。勝てるとは思っていなかったが、少しでも近付けるように、さらなる努力をした。しかし、結果は次席だった。それでも、努力した結果に悔いはなかった。学院からの申し出があるまでは…。
「何故!次席の私が、代表挨拶何ですか!!?」
主席が辞退したため、私に話しが回って来たそうだ。でも、とても納得出来なかった。私は、憧れていた者から、情けを掛けられたような気持ちになった。
私は、理由を聞こうと教室で待っていた。しかし、教室に来たのは、時間がギリギリになってからだった。それに、一緒に来たのは、朝に揉め事を起こした男だった。時間にルーズなうえに、問題児と一緒にいる様は、私の憧れを汚されているような気がして、1時限目が終わると同時に、リュカに詰め寄っていた。
「はぁ…」
「素直に謝ればいいだけだろ?」
「それは、そうですけど……」
あの後、学院にも確認をして、私の勘違いだった事が分かった。
「そもそも、コンラットが自分の想像を相手に押し付けて、本人を見ようとしてなかったのが原因だろう?俺には、2人とも悪い奴には見えなかったぞ」
社交的とは言えない私には、家族以外で話す相手なんて、バルドくらいしかいなかった。だから、こういう時、何と言って謝れば良いのか分からない…。
「許して…貰えますかね…」
「よし!不安なら、俺が本人達に怒っているか聞いて来てやるよ!」
「良いです!自分1人で謝りますから、余計な事はしないで下さい!!」
それでも、私の世話を焼こうとするバルドには、釘を指しておいた。
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