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それぞれの隠し事


猫はお礼を受け取らないと帰らないようだったので、仕方なく形だけ受け取った。すると、満足したのか、猫は尻尾を揺らしながら、どこかへ行ってしまった。


「……これで、いいのかな?」


小さく呟きながら、庭の隅に穴を掘り、受け取ったものをそっと埋める。土を被せ、手についた泥を軽く払うと、僕は本をなるべく汚さないように脇に抱え、噴水の方へ向かった。


噴水の水で手を洗い、ハンカチで拭いていると、遠くから馬車の音が聞こえてくる。無意識に視線を向けると、フェンス越しに見える屋敷前の道を、一台の馬車が通り過ぎていくのが見えた。そして、その馬車に描かれた紋章を見た瞬間、胸が跳ねる。


誰の馬車か気付いた僕は、急いで本を抱えると、玄関へと駆け出した。


「父様!!」


正面まで来ると、ちょうど父様が屋敷へ入ろうとしているところだった。大きな声で名前を呼ぶと、父様は足を止め、こちらを振り返った。


「急いでどうしたんだ?何か見つけたのか?」


庭から駆けてくる僕の姿を見て、父様は微笑ましそうに目を細める。いつものように、庭で何か面白いものを見つけたのかと思ったみたいだった。


「違うよ。父様の馬車が見えたから、兄様と陣を作る練習をしたことを話そうと思って!」


「だから、裏庭の方から来たのか」


僕が首を振って答えれば、父様はどこか納得したように頷いた。母様と喧嘩したと兄様に聞いていただけに、いつもと同じような様子に安心しかけたけれど、ふと、父様の手に抱えられたものが目に入る。


「それに、その花は母様へのお土産?」


いつもより少し早い帰宅のうえ、左手に抱えられた花束の中には、母様の好きなキキョウの花が見えた。


「あぁ、エレナの好きな花だったから買って来たんだ」


「でも、キキョウって、まだ時期じゃないよね?」


母様のために、庭にはいろいろな花が植えられていて、キキョウもその一つだけれど、今はまだ蕾すらつけていない。


「時期外れの花でも、店に行けば売っているからね」


「ふーん……」


(まだ、仲直りしてないのかな……?)


いつもなら、喧嘩をしても父様の方が先に謝って、その日のうちに終わるのに、今回はまだ長引いているようだった。その理由を聞こうかとも思ったけれど、どうしようかと迷っているうちに、横から声が掛けられる。


「アルノルド様。花を渡されるなら、速めの方がよろしいかと」


「そうだな。もうすぐ夕食も近い、リュカも本を汚さないように部屋へ置いて来なさい」


出迎えに来ていたドミニクが、屋敷に入らない父様へと声を掛けると、父様は少し慌てたように僕へ声を掛け、そのまま屋敷の中へ入っていった。でも、その後の夕食でも、未だに父様は母様に対してだけ、どこか気まずい空気のままで、結局、その日は兄様のことを話せなかった。


そして、次の日。学院の教室で、向かい合いながら、僕は昨日の話をみんなに打ち明けていた。


「今日の朝は、仲直りしたみたいだったけど……喧嘩の理由は何だと思う?」


「仲直りしたなら、別にもういいだろ」


ネアは興味なさそうに、投げやりに言う。


「それに、夫婦喧嘩なんて珍しいものでもないだろう」


「そうか? 親父達が喧嘩してるところなんて、見たことないぞ?」


「そうなの?」


少し驚きながらも、僕は思わず聞き返す。


(仲の良い父様達でも喧嘩をするのに……)


そんな風に考えていると、バルドは頷きながら言った。


「まぁ、親父は口数が多いほうじゃないってのもあるかもしれないけどな」


肩をすくめながら言う様子に、そういうものなのか、と考えながら、僕はもう一つ、引っ掛かっていたことを口にした。


「でも、兄様の様子も変だったんだよね」


「やり残してしまった仕事のことでも思い出したのではないですか?」


「仕事のことなら終わったって言ってたし、ちゃんとそう言ってくれるから、違うと思うよ」


父様に聞けない分、兄様に理由を聞いてみたけれど、はぐらかされて答えてもらえなかったことを話すと、バルドがぱっと顔を明るくした。


「よし!じゃあ今週、リュカの家に行った時にでも、ちょっと聞いてみようぜ!!」


「駄目です!!」


バルドが提案したことに、間髪容れずにコンラットが遮る。


「仕事で忙しいオルフェ様の迷惑になるようなことをしてはいけません!!」


「え?でも、コンラットも気になるだろ?」


兄様への憧れがある分、きっと自分以上に知りたいと思っているはずだと話を振ると、コンラットは猛烈に反論した。


「気になるのと、やっていいは別です!!もし、それで嫌われるようなことがあったら、どう責任を取ってくれるんですか!?」


そんなことで兄様が人を嫌いになるとは思えない。けれど、兄様に会ったことのないコンラットにとっては、相当大事な問題らしかった。それでも、バルドは特に気にした様子もなく、軽い調子で僕へ視線を向ける。


「リュカがいるから大丈夫だって!なぁ?」


「う、うん……」


(あんまり当てにされても困るけど……)


険しい顔をしていても、兄様が怒っているわけじゃないことを僕は知っている。ただ、それがみんなに伝わるかは怪しい。それでも、兄様は優しいから、きっと大丈夫だろう。そう思いかけた時、僕の返事を聞いたバルドが声を上げた。


「よし! それなら、早速今日にでも――」


「……花壇を掘り返しますよ」


コンラットの一言で、最後まで言うことなく、バルドの動きも、ぴたりと完全に止まった。


「な、何の話だよ!?」


とぼけた声を出しているけれど、目は明らかに泳いでいて、動揺が隠しきれていない。


(……怪しい)


何かを隠しているのは一目瞭然だった。そう思って疑いの視線を向けていると、コンラットが静かに口を開く。


「先月、貴方の屋敷の花壇に、何かをこそこそと埋めていましたよね?」


「し、知らない!!」


具体的なことを言えば、さっきよりもさらに目が泳ぎ、どう見ても嘘をついている。


「そうですか。では、その夜、陛下から賜った記念のグラスが無くなったと、屋敷中で騒ぎになっていた件は?」


「……覚えてないな」


「なら、帰ったら掘ってみましょうか?」


「待て!速まるな!!」


必死で動揺を押し殺し、素知らぬふりをしていたはずのバルドが、即座に止めに入った。だけど、その反応だけで認めているようだった。それもあり、コンラットは冷ややかな声で言う。


「では、オルフェ様に迷惑をかけないように……」


「リュカ、悪い!!俺は、この件から手を引く!!」


バルドは慌てて手を合わせると、勢いよく頭を下げてきた。そのあまりの切り替えの早さに、思わず目を瞬いていると、今度はこっちに視線を向けた。


「リュカも、人の秘密を暴こうなどと考えないように」


「は、はい……」


コンラットの圧に、思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。だいぶ距離も縮まって、遠慮もなくなってきたけれど、僕は心の中でそっと頷いた。


(……兄様のこと、尊敬しすぎじゃない?)


そんなことを考えていると、成り行きを見守っていたネアが、淡々と口を開いた。


「そうだな。秘密は、誰にでもあるもんだ」


「そうだぞ!もし、グラスを割ったことが親父達にバレたりしたら、大変なことに……」


ネアに同意するように勢いよく叫んでいたバルドだったけれど、途中で余計なことを言っていると気づいたのか、言葉尻がみるみる弱くなっていく。その沈黙に、僕達はそれぞれ思ったことを口にした。


「……割ったんだ」


「……割ったのか」


「……割ったんですね」


「罠か!?」


(……自爆だと思うよ)


最初から、そうなんじゃないかとは思っていたけれど、遅すぎる抗議とともにバルドが叫びながら、頭を抱えてうずくまるバルドの姿を見ていると、もう何も言えなかった。すると、そんなバルドにコンラットが声を掛ける。


「自首した方が、罪は軽くなりますよ」


「自首しても、罪が軽くなるとは思えない!それに、王族から抗議文が届いて呼び出されたら、どうするんだよ!?」


コンラットの言葉に、バルドは首を左右に振りながら、必死に否定する。そんなバルドに、僕は恐る恐る声を掛けた。


「バルドの家族には会ったことがないから分からないけど……王宮で会った陛下は、優しそうだったから、大丈夫なんじゃないかな?」


「なら、リュカが代わりに陛下に謝ってきて!!」


「なんで僕!?」


縋り付くように言われたけれど、関係ないとばかりに僕が首を振れば、鋭いコンラットの声が飛んでくる。


「自分でやったことでしょう!!」


コンラットにきっぱりと言われると、バルドは一瞬だけ黙り込んだ。だけど、すぐに言い返す。


「先に陛下からの許しがあったら、親父達も許してくれるかもしれないだろう!?」


バルドなりの打算があったようだけど、それを僕に頼まないでほしい。その後も、コンラットから説得されていたバルドだったけど、頑なに抵抗していた。


「こういうのは、忘れた頃にバレるものだ」


その様子を見ていたネアがぽつりと呟いたけれど、その一言を僕は聞かなかったことにした。

お読み下さりありがとうございます

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