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速く言って!


週末の昼過ぎ、僕は玄関ホールを意味もなく行ったり来たりしていた。


(まだかな……?)


友達を屋敷に迎えるのは初めてで、楽しみなはずなのに、それ以上に、そわそわとした不安が消えてくれない。そのせいで、何度も確認するように玄関扉の方を見てしまう。


「リュカ様。ここで待たれなくても、お友達がご到着されましたら、すぐにお部屋にお知らせ致しますよ」


付き添ってくれているリタの穏やかな声が、静まり返ったホールに響く。


「それは、分かってるんだけど……」


本当なら、父様達みたいに、部屋で優美に待っているのが貴族としては正しいのかもしれない。そう分かっているからこそ、上手く言葉が続かなかった。でも、いつも誰かがいる屋敷に、僕しかいないという状況は、初めてではないにしても、そのたびに胸の奥には、どうしても不安や心細さが生まれてしまう。そして今日は、その感覚がいつも以上に強い。そのため、屋敷がやけに広く、静かに感じられて、まるで僕だけが取り残されたみたいで、余計に心細くなってしまう。


「分かりました。ですが、もう少しだけですよ」


「うん!」


いつも傍にいてくれるだけに、僕の気持ちを見抜いたリタが、困ったように目尻を下げながらも、はにかむように微笑んだ。僕が強く頷いていると、ごろごろ、と石畳を進む音がして、続いて小さな馬の鳴き声が聞こえてくる。静けさを破るその音に、胸が一気に跳ね上がった。


(……来た!)


考えるよりも先に体が動いた僕は、反射的に扉へと駆け寄り、勢いよく開けて外へ飛び出していた。すると、ちょうど待っていた人物が、馬車から降りてくるところだった。その姿を見た瞬間、さっきまで胸に溜まっていた不安が、嘘みたいにほどけていく。


「おぅ!リュカ!遊びに来たぜ!!」


「ほ、本日はお招き頂きありがとうございます!」


元気いっぱいのバルドと、少し緊張して畏まった様子のコンラットが並んで立っていて、僕の胸がじんわり温かくなる。


「いらっしゃい!待ってたよ!!」


思ったよりも声が大きく弾んだけれど、それでも構わなかった。今は、ただ嬉しい気持ちの方が強い。


「あれ?ネアは、まだ来てないのか?」


僕が屋敷からすぐに出てきたからか、もうネアも来ていると思ったらしいバルドが、きょろきょろと周囲を見渡しながら聞いてくる。


「うん、まだなんだ。ここで待つ?」


そう問いかけた瞬間、背後から足音がした。振り返ると、来客の気配を感じ取ったのだろうドミニクが、出迎えるために屋敷から出て来たところだった。そして、いつもの落ち着いた声で、少しだけ苦言を呈するように言う。


「リュカ様。お客様を外でお待たせするのは、よろしいとは言えませんね。先にお部屋へご案内なさってはいかがでしょう」


「そ、そうだね。こっちだよ!」


さっきまでの不安が消えた代わりに、今度は別の緊張が胸に広がる。ドミニクの声に慌てて頷きながら、僕は二人へと声を掛けた。まだ少しだけ落ち着かないけれど、その気持ちを誤魔化すように、僕は屋敷の中へと二人を招き入れる。すると、僕の屋敷の中へ入ったバルドが、きょろきょろと辺りを見回しながら言った。


「リュカの家、俺やコンラットの屋敷より広いな!」


廊下を進みながら、周囲を見渡していたバルドが、素直に感心したような声を上げる。


「貴方の家はともかく、私の家が比べる対象になるわけがないでしょう」


比べること自体がおこがましい、と言わんばかりの口調でコンラットが言えば、バルドは小首を傾げながら言い返す。


「でもさ、コンラットの家も俺の家とそんなに変わらないだろ?」


「そんなわけないでしょう!」


「いや、こっちがそんなことないだろ?」


きっぱり否定するコンラットに、バルドも負けじと否定を返す。そんな砕けたやり取りに、思わず笑いそうになった。最初はびっくりしたけれど、慣れてくると少し楽しい。そう思いながら二人の横を歩いていると、ふと、家族以外とこの屋敷の廊下を歩くのは初めてだと気付いた。それなのに、不思議と緊張はない。むしろ足取りは軽くて、胸の奥が少しだけ温かった。


そんなことを思いながら聞いていると、互いが隣同士だからか、屋敷をよく知っているような二人の会話が聞こえてきて、僕は自然と口を開いていた。


「そういえば、二人の屋敷はどこにあるの?僕の家から近い?」


僕が問い掛ければ、こちらへと視線を向けながら、少し考えるような仕草をしながら答えた。


「貴族街の外れだからな。もしかしたら、リュカの屋敷よりも、学院の方が近いか?」


確認するようにコンラットへ視線を向けると、彼は少しだけ呆れたように息を吐いた。


「それは、貴方が走って通っているから近く感じるだけでしょう。私は馬車で通っているので、どうしても迂回しなければならず、学院からも遠いです」


「え!?バルドって、走って通ってるの!?」


驚きで思わず声が裏返る。目を丸くしてバルドを見ると、返ってきたのは誇らしげな笑顔だった。


「おぅ!朝の鍛錬込みでな!それに、小道とか庭を突っ切って行くと、近いうえに障害物を避けて走る訓練にもなるんだよな」


「……庭を突っ切るのは駄目だと思うよ?」


さすがにそれはどうなんだろう、と思いながら言うと、隣で聞いていたコンラットが、今さらのように口を開いた。


「今更ですよ。私の家に来る時も、抜け道しか使わない男ですから」


呆れた視線を向ける僕達だったけれど、当の本人であるバルドは、少し照れたように笑っている。


(……褒めてはいないのに)


その後も、たわいもない話を続けながら廊下を進み、やがて目当ての部屋の前で足を止めた。


「ここが、兄様の書庫だよ」


そう言って、そっと扉に手をかける。そして、扉を開けた瞬間、静かな空気と紙の匂いが流れ出す。すると、それと同時に、コンラッドの目がぱっと輝いた。


「こ、ここが……オルフェ様が普段使っている書庫……」


その声には、隠しきれない敬意と興奮が滲んでいて、自分のことじゃないけど、少しだけ誇らしい気持ちになる。


「好きに読んでいいって、兄様が言ってたよ」


その一言で、コンラットは一目散に本棚へ向かって行ったけれど、勢いとは裏腹に、手に取った本をすぐには開かず、背表紙を確かめるようにしながら、一冊一冊を丁寧に見て回っていた。その真剣な横顔に、思わず笑みがこぼれたけれど、同じ本棚を見上げたバルドは、対照的に眉を寄せ、渋い声を上げた。


「……難しそうな本ばっかりだな」


「ここにあるのは、基本、兄様が読んでいる本だからね……」


僕の答えを聞いていたバルドが、わずかに視線を横にずらし、ふと首を傾げた。


「あれ?この棚だけ、何だか雰囲気が違わないか?」


そこだけは、少し柔らかい色合いの背表紙が並んでいて、子供向けの本が、ほんの少しずつだけれど、確かに増えている棚だった。


「こっちは、僕が読んでいる本を置いてる場所なんだ。ドミニクが定期的に入れ替えてくれてるんだけど、どれも面白いよ?」


兄様が僕のために空けてくれた本棚を指さしながら本を勧めると、バルドは腕を組みながら、うーんと唸った。


「俺、普通の本読むと眠くなるんだよな……。なぁ? 騎士が出てくる本とかないか?」


(面白いのに……)


せっかく勧めたのに、読む前から否定されたみたいで、思わず心の中で不満を呟く。ほんの少しだけ、むっとしていると、コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響く。その音に振り向くと、扉を開けて立っていたのは、ドミニクだった。


「ネア様が到着されました」


ドミニクに案内され、遅れて現れたネアの手には、小さな箱が抱えられていた。そのまま静かに近づいてくると、僕の前にそっと差し出される。


「なにこれ?」


「手土産だ。これを買ってたら遅くなった」


短い言葉だけど、そこに込められた気遣いが伝わってきて、胸の奥がじんわりする。


「開けていい?」


「あぁ」


箱の蓋を開けると、そこにはどこかのお店で買ってきたらしいチョコのお菓子が並んでいて、開けた瞬間に、甘い匂いがふわっと広がる。


「わぁー!美味しそう! 僕、チョコが好きなんだ!」


思わず声が弾み、嬉しさがそのまま表に出てしまうのを、止められなかった。すると、ネアが小さく笑みを浮かべた。


「そうか。町で人気の店で買って来たんだが、あの店にして正解だったな」


わざわざ選んでくれたのだと思うと、胸がさらに温かくなる。僕が笑顔のままお礼を言っていると、ふと気づけば、さっきまで隣にいたバルドが、いつの間にかコンラットの方へ移動していて、何やら小声で話していた。


「俺、コンラッドと出かけて来るって言って屋敷を出て来ただけだから、何も持ってきてないんだけど、コンラットは何か持ってるか……?」


「私も、レグリウス家に行くと言ったら兄が煩そうだったので、バルドと出かけて来るとしか言ってこなかったので、持ってきてません……」


「まずい……かな……?」


「分かりません……。私も、手土産のことは失念してました……」


「どうしたの?」


二人で顔を寄せて、真剣に悩んでいる様子が気になって声を掛ければ、その瞬間、二人がびくっと肩を跳ねさせた。そして、バルドが気まずそうに頬を掻きながら言う。


「俺達、何も持ってきてないけど……大丈夫か……?」


「え?別にいいよ。お土産が欲しくて呼んだわけじゃないんだから」


そう答えると、隣で様子を窺うように見ていたコンラットが、ほっと息をつくのが分かった。すると今度は、ネアの方から、そんな二人へと声を掛けた。


「俺は、挨拶回りの癖で持ってきただけのようなものだからな。お前らは、そこまで気にする必要ないんじゃないか?」


ネアの言葉を肯定するように、ドミニクが言葉を続ける。


「リュカ様のご友人であれば、ここをご自分の屋敷だと思っていただいて構いません」


その一言で、張り詰めていた空気が、ふっとほぐれた。


「そっか!そうする!」


安心したのか、いつもの明るい表情に戻ったバルドに、すぐさまコンラットが声を荒げる。


「馬鹿ですか!少しは遠慮を覚えてください!!」


再び始まった二人のやり取りに、思わず笑いそうになる。それが長くなりそうだと察したのか、僕達の時間を邪魔しないように、ドミニクは軽く会釈をして、そっと部屋を退出していった。だから僕は、さっきバルドに勧めた本を手に取って、ネアに差し出す。


「ネアは、この本、読んだことある?」


「仕入れの荷の中にあったのは見たことがあるが、読んだことはないな」


「だったら読んでみてよ!面白かったよ!!」


「……分かった」


僕が期待に満ちた目で見れば、少しだけ迷う素振りを見せながらも、ネアは素直に頷き、本を片手に椅子へ腰掛けて、ページを開き始めた。


(……ネアって、案外いい人かもしれない)


その様子を見ながら、僕はそんなことを思った。最初は、何を考えているのか分からなくて、少し苦手だった。それでも、僕が勧めた本をちゃんと読んでくれるし、何よりチョコのお菓子を手土産に持って来てくれた。現金だと分かっていても、胸の奥で、ネアへの印象が少しずつ変わっていく。


それからは、みんなで好きな本の話をしたり、勧め合ったり、ページをめくったりしているうちに、少しずつ距離が縮んでいくのが分かった。気づけば、窓の外は夕方の色に染まっていて、時間がこんなにも経っていたことに驚く。そんな時、ネアが本を手にしたまま、何気ない声で僕に尋ねる。


「リュカ。勉強はしなくて良かったのか?」


その一言で、時間が止まった気がした。そして、慌てて時計を見るけれど、夕方ということもあり、残り時間はほとんどない。


「そういうのは、早く言ってよ!!」


理不尽だと分かっていながら、思わずネアに不満をぶつけてしまう。


「お、俺が、悪いのか……?」


困惑するネアの声を聞きながら、どうして楽しい時間は、いつもこんなに早く終わるんだろうと、僕はそっと頭を抱えるしかなかった。

お読み下さりありがとうございます

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