見送り(アルノルド視点)
リュカが乗った馬車が、屋敷の門を抜けていくのを見届けた後、私はエレナに気取られぬよう、カルロへ向けた。すると、そのほんの僅かに視線だけで、カルロは私の意図を正確に理解し、リュカの乗った馬車を追うため、翼を広げ空へと飛び立つ。
「私のは、街中では役に立たないので、父上が羨ましいです」
カルロを見送っていれば、隣でオルフェが静かにそう呟いた。
「羨ましがるような事ではない」
私は声を落とし、傍にいるエレナに聞こえないよう小声で答える。
「こういうのは向き不向きであり、適材適所というだけだ」
召喚獣の性質、役割、運用範囲。それは力の優劣ではなく、用途の違いに過ぎない。私は、エレナに一度視線を向けてから、さらに声を潜める。
「問題は、私が城にいる間だ。何か起きたとしても、即座に駆けつけられない可能性がある」
「……」
「その時は、オルフェに頼みたい」
「分かりました」
私の声に即座に頷くと、オルフェは続けて提案を口にする。
「ですが、それでも時間はかかります。やはり、召喚方法をリュカに教えておいた方が良いのでは?」
「……そうだな」
学院の方針により、一定の学年に達するまでは召喚獣の帯同が禁じられており、召喚獣に関する授業も行われない。
その理由としては、授業に集中できなくなることや、無用なトラブルを起こさぬ分別を身につけるまで待つ必要がある、という建前がある。
だが、実際には召喚獣を持たないEクラス以下の生徒と、召喚獣を持つ生徒とでは、履修できる教科数に差が生じてしまう点が大きい。そのため、選択科目が始まる時期にまとめて教えた方が、学院側としては都合が良いのだ。
しかし、それは、あくまで学院の都合に過ぎない。
「教えて悪い理由はないな」
リュカの安全を考えれば、優先順位は明白だった。
「何を話しているの?」
リュカが学院生活を問題なく過ごせるよう、私はオルフェと対応策について小声で話し合っていた。その様子が不思議だったのか、エレナが声をかけてきた。
「いや……オルフェに任せている仕事の進捗を聞いていただけだ」
つい先ほど、「過保護になり過ぎるな」と釘を刺されたばかりだ。正直に言えば、間違いなく叱られる。そのため、私はごく自然を装い、話題を逸らした。
「オルフェに、追加で頼みたい事があるのだが、良いだろうか?」
「問題ありません」
「父上と違って、私にはそれほど仕事もありませんので、時間は作れます」
オルフェは淡々と答えるが、その言葉に内心で小さく溜息をついた。
そもそも、私はオルフェに多くを任せるつもりなどない。だが、城から戻るたび、執務室に残していた仕事の量が、日を追うごとに確実に減ってきている。ドミニクも、オルフェに任せても問題のない仕事を選別し、回しているのだろう。
それでも、オルフェは、まだ子供だ。
まだ我儘を言っても良い年頃だ。もし、爵位を継ぎたくないと言い出したとしても、私は別に構わない。嫁いだ姉に適当に養子でも取らせて、その者に押し付けてしまえばいいだけだ。
例え、それで爵位を失ったとしても、私が遊んで暮らせるだけの金を稼げばいいだけの話であり、オルフェが無理をする必要など、どこにもない。その責任は、私が負うものだ。
「仕事を頼みはしたが、多いと感じるなら減らす。いつでも言いなさい」
「父上は、十八歳で宰相に就任し、これ以上の仕事をしていたと聞いていますが?」
「なる必要があったから、なっただけだ。私の真似をする必要はない」
宰相になることは、私の目的を達成するための最短距離だった。それだけの話であり、オルフェに同じ道を求めるつもりはない。
「私はもう子供ではありません。仕事をするのは当然のことであり、この程度であれば問題ありません」
「……そうか」
(私にとっては、オルフェもまだ子供なのだが……)
だが、子供扱いをすれば距離を取られることも、私は学んでいる。
かつて、子供扱いをしたことでオルフェが口を利かなくなったことがあった。その際も、私は部下達と対応策について会議を開くのだが、子供扱いするのではなく、一人の大人として接するべきだと忠告された。不服ではあったが、言われた通りにしたところ、再び会話が成立するようになった。
先日のリュカの件についても同様だ。試験に対する不安を抱えている者への対応策について、部下たちと会議を開いた。その場では、否定せず、まず肯定した上で励ますべきだと言われたため、その通りに対応した。
結果として、特に問題は起きていない。
だから私は、部下たちからの忠告には、基本的に従うようにしている。
「では、頼む。何かあれば、城にいる私に連絡を」
私はそれだけを短く告げ、城へ向かった。だが、いつ連絡が来ても対応できるよう、重要案件から順に、可能な限り仕事を片付けていく。その様子に、周囲の者たちが何事かとこちらを窺ってくるが、構っている暇はなかった。
オルフェは、試験に対して不安を見せたことなど一度もない。だからこそ、クラス分けの試験ひとつで、あれほど不安そうにしていたリュカの姿を思い出すと、学院生活は本当に大丈夫なのだろうかと、どうしても考えてしまう。それに、オルフェの時もカルロを側に付けているが、ここまでではなかった気がする。
時間になると、部下達に帰るよう告げ、私も足早に執務室を後にした。
この後の夕食の席で、懸念すべきことはあるが、リュカに何事もなかったことに安堵する。その一方で、カルロを付けていた事実がエレナに露見し、盛大に叱られることになってしまった。
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