厄介な相手
今日も、家族に見送られながら学院にやって来た僕は、昨日の失敗を思い出し、慎重に道を選びながら、今度は迷うことなく教室へと辿り着いていた。けれど、扉の前で立ちすくんでいた。
(……今日もなのかな……)
昨日の一連の出来事を思い出し、少し憂鬱な気分になりながらも重い扉を開けると、すでに何人かの生徒が来ていた。そして、その中には、嫌でも見慣れた赤い髪の子の姿があった。だけど、昨日とは違って、誰かと楽しそうに話している。そんな様子を見ていたら、話していた相手が僕に気付いた。
「おぅ!おはよう!お前の友達、話が分かる奴だな!!」
(……だから、友達じゃない)
そう思いながらも、クラスの視線がある中で無視する勇気はなく、僕は傍へとよりながら、昨日の記憶を思い返す。
「えっと……グラディウス、君……で、合ってる?」
記憶を辿りながら名前を呼ぶと、彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに朗らかに笑った。
「合ってるけど、バルドでいいって!俺もリュカって呼ぶからさ!それに、これから同じクラスなんだから、そんな堅苦しいのなしにして、仲良くしようぜ!」
(……また、同じ感じの人が増えた……)
グラディエス家の名は、フェリコ先生の授業でも、たまに耳にしていた。
騎士になる者が多く、歴史の教科書に名を残している人物もいる。だからこそ、昨日の自己紹介でも、自然と印象に残っていた。そして、僕より体格はずっと大きいはずなのに、間近で見ても、不思議と威圧感は感じない。
短く刈り上げられた黒髪に、黒に近い紺色。それでも、浮かべている笑顔は人懐っこく、どこか屈託がない。それに、目の色が父様たちと同じだからか、その距離の近さに戸惑うよりも先に、どこか安心感のようなものがある。だから、差し出された手を、拒む理由が見つからなくて、少し迷った末、僕も同じように手を伸ばし、挨拶を返した。
「よ、よろしく……」
そう口にした、その直後だった。
「バルドとは、あまり関わらない方が良いですよ」
思いがけない声に、はっとして振り向く。すると、そこに立っていたのは、昨日、僕に文句を言ってきたスクトール伯だった。
「コンラッド!おはよう!」
僕の驚きをよそに、バルドは何事もなかったかのように、元気よく手を振って挨拶をする。けれど、コンラッドはその声に答えることもなく、冷えた視線を向けるだけだ。
「レグリウス公爵。昨日も言いましたが、付き合う相手は考えた方が良いですよ。なので、バルドとも距離を取るべきです」
バルドの挨拶は完全に無視され、淡々とした口調で、僕にだけ言葉を向けてくる。それでも、お互いに名前で呼び合っていることから、二人は親しい間柄なのだろうと思っていれば、その考えを裏付けるように、不満げな声が飛んだ。
「それは酷くないか!?それに、それが幼馴染に言うことか!?」
「私は、貴方を幼馴染と認めた覚えはありません。そもそも、毎回、私の家に無断で侵入しているだけでしょう」
「だって、俺が行かなきゃ、コンラットは来ないだろ?」
「会いたくないから行かないんです……。はぁ……家が隣というだけで、どうしてこうなるんでしょう……」
昨日の“きつそうな優等生”という印象とは違って、今日はどこか、苦労人の顔をしていた。
「何だ?お前らは、幼馴染なのか?」
僕が疑問を口にするよりも早く、そんな声が上がった。けれど、間髪入れずに鋭い否定が返ってくる。
「違います!三歳の時から、この男が私の家に無断侵入しては、勝手に入り込んでくるだけです!!」
「家の庭で遊ぶのに飽きてさ。裏にある小屋を漁ってたら、偶然コンラッドの屋敷に繋がる抜け道を見つけたんだよな。その後、さすがに親父に殴られたけど、今じゃいい思い出だよな!」
「それは貴方だけです……。それに、来るなら、せめて門から来てください……」
「え?門を通るより、抜け道の方が近いだろ?」
「……分かるでしょう。こういう人に関わると、苦労しかしないということが……。だから、付き合う相手は考えた方が良いと言ったんです」
お互いのあまりにも噛み合わない認識に、少し戸惑いながら二人の会話を聞いていた。それでも、その疲れ切った声音には、妙に納得させられるものがあった。それに、どこか昨日の自分と重なるものを感じてしまう。けれど、そんな空気など最初から存在しないかのように、バルドは構わず続けた。
「そんなこと言いつつ、コンラッドはいつも俺に付き合ってくれたりして、優しいとこあるんだぜ」
「それ、今関係ありますか……?」
「だって、誤解だったから謝りたいって、昨日言ってただろ?」
「そんなこと言ってません!!」
「いや、言ってただろ?悪いな。コンラッド、素直じゃないからさ」
「っ……なにを、知ったような顔で言ってるんですか!」
怒気を含んだ声にも構わず、バルドは悪びれた様子もなく話し続ける。
「コンラッドはさ、リュカの父親や兄貴に憧れて、ずっと勉強しててな。だから、自分と同じ学年で入学するって聞いて、楽しみにしながら、もっと頑張ってたんだよ」
「……っ」
「それで、その相手に情けをかけられたと思って、昨日は勝手に怒ってただけだ。だからさ、昨日の件も、許してやってくれよな!」
「……貴方には、デリカシーというものが無いんですか!?」
「何だ?それ?」
その一言で、コンラッドは完全に力が抜けたように、項垂れた。
「……はぁ。貴方に話した私が馬鹿でした……」
そう呟くと、伏せていた顔をゆっくりと上げた。全て言われてしまい、意地を張る意味がなくなったのか。憑き物が落ちたような表情で、彼は一度僕を見てから、静かに頭を下げた。
「レグリウス公爵。昨日は、私の勘違いで無礼な物言いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
そして、今度はネアの方へ向き直る。
「学院にも確認し、あなたが本当のことを言っていたと分かりました」
一拍置いてから、はっきりと言葉を続ける。
「あなたを嘘つき呼ばわりしたことも、謝罪します」
真摯に謝罪してくれたことと、思っていたほど怒っていなかったこともあって、僕はそっと声を掛けた。
「別にいいよ。それより、公爵呼びは何だか落ち着かないから、名前で呼んでほしいな。僕も、コンラットって呼んでいい?」
「はい。構いません。では、リュカ、様とお呼びします」
「……様は、いらないかな……」
「……分かりました。では、リュカと」
僕達が会話をしていると、それを聞いていたネアが口を開く。
「そうか。なら、俺もリュカと呼ぶ事にする。それと、俺は別に最初から気にしてなかったから、謝罪は必要ないぞ」
「お前心広いな!」
「だろ」
意気投合したような二人のやり取りを聞きながら、コンラットが僕へと声を掛けてきた。
「……お互い、厄介な相手に目を付けられて、苦労しますね」
「……うん」
そうして、僕たちは顔を見合わせ、同時に小さくため息をついたのだった。
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