用事を終えて
冒険者ギルドでの用事が終わり、僕達はようやく屋敷へと戻ってくると、僕は元気な声を上げた。
「ただいま!!」
「おかえりなさいませ。皆様、ご無事で何よりでございます」
玄関先には、ドミニク達が整列して僕達を迎えてくれた。見知った顔を見ると、より安心できて帰って来たという感じがする。だけど、馬車から降りると、父様はすぐにドミニクへと向き直った。
「ドミニク、悪いが私は直ぐに城へ行かなければならない。皆を頼んでもいいか?」
「城へ……ですか?」
父様は本当に休む暇がないようで、昼食も取らずにまた出かけるらしい。しかし、ラスクでの事情を知っているのか、父様が僕達の傍を離れることに、どこか腑に落ちない表情を浮かべていた。
「ああ……この屋敷の敷居に、長く入れたくない者がいるのでね」
父様が静かに視線を向けた先で、冒険者達に取り囲まれた最後尾の馬車を確認したドミニクは、何かを理解したように深く頷いた。
「かしこまりました。お気を付けて……と言う言葉も、アルノルド様には必要ありませんね」
「おい……」
「冗談です。後はお任せください」
ドミニクの言葉に、父様は低く唸るような声を漏らした。だけど、先々代から仕えてきた家令である彼には、しれっと受け流し、恭しく一礼した。
父様はほんの一瞬、不満げに眉を寄せるけらど、ドミニクには強く出られないような、そんな気配が僅かに覗く。けれど、今はそんなやり取りに時間を割ける状況でもないと、すぐに表情を払ってこちらへ向き直った。
「慌ただしくてすまないな。あれを連れて城に行かなければならないんだ。エレナには馬車の中で伝えていたのだが……二人に伝えるのが遅くなってしまった」
「大丈夫だよ!でも……早く帰ってきてね?」
「何かあれば、私の方で対処しておきます」
兄様が静かに言うと、父様は安心したように微笑んだ。
「なるべく早く帰るよ。オルフェ、頼んだよ」
父様は再び馬車へ乗り込むと、冒険者達が乗った馬車を引き連れ、城へ向けて走り出した。
(父様……早く帰ってくるといいな……)
「二人とも、まだ外は寒いから、屋敷の中で帰りを待ちましょう?」
母様にそう促され、僕達は馬車を見送りつつ屋敷へと歩き始めた。けれど、父様を乗せた馬車が遠ざかっていくのが気になって、足は前へ進んでいるのに、視線だけは何度も後ろへ向いてしまう。
「リュカ、前を見ないと転ぶ」
「そうですよ。今回の件もありましたから、もしアルノルド様がお戻りになった時にリュカ様が怪我でもしていたら、……使用人の首が、物理的に飛ぶかもしれませんからね?」
「父様はそんなことしないもん!ね!?兄様!」
「そうだな……」
「ほら!」
どこか歯切れの悪い兄様の返事を受けて、僕がドミニクへ視線を向けると、彼はどこか意味深な笑みを浮かべて口を開いた。
「そうでしたね。少し場を和ませようと思ったのですが……どうやら失敗したようです」
そう言って、ドミニクは母様を伴い屋敷の中へと入って行ったけど、兄様も僕と目が合うのを避けるように、歩く速度をわずかに速める。その反応に小さな疑問が胸に灯るけれど、深く考えることはなかった。
(でも、ドミニクも冗談を言うんだな)
そんな事を思いながら、僕は慌ててみんなの後を追った。
その後、みんなで昼食を終え、僕が自室へ戻ろうと廊下を歩いている時、背後からふいに、兄様から呼び止められた。
「リュカ。少し良いか?」
「なに?」
「明日、何か予定はあるか?」
「 明日まで旅行の予定だったから、特にないよ?」
「ならば、この紋が実際に機能するか、明日にでも一度、試してみようと思うのだが」
「え……い、いいけど……本当に大丈夫なの?」
「だからこそ、まずはそれを含めて確かめる必要がある。それに、ここなら何かあっても、すぐに対処できるからな」
兄様はいつも通り落ち着いていて、どこか確信めいた声音だった。僕が不安そうにしているのを察したのか、さらに言葉を重ねてくれる。
「これが他の召喚契約と同じ性質のものならば、問題は生じないはずだ。だから、大丈夫だろう」
「う、うん……」
(……本当に、大丈夫なのかな?)
不安はまだ胸の奥に残っていたけれど、僕の部屋へ向かう途中も、兄様は歩幅を合わせてゆっくりと並んで歩いてくれ、ときどき視線を向ければ、兄様は何も言わずに前を向いたまま、どこか気遣うよう、歩調を僕に揃えていた。そんな横顔と兄様の「大丈夫だ」という言葉で、部屋の前に着く頃には、さっきまで頭を占めていた不安が、少しだけ形を失っていたけれど、それでも心の奥底では、明日のことが気になって仕方がなかった。
部屋に到着すると、僕はこれまでの疲れもあって、ベッドに倒れ込むと大きく息を吐いた。
「ふぅ~……」
安心できる柔らかな感触に包まれた途端、胸の奥に残っていた緊張も、ふわりとほどけていくのを感じた。
楽しみにしていた旅行では、事件が起こったせいでほとんど楽しめなかったけれど、悪い人達は皆捕まったし、被害も広がらなかったらしい。
(怖かったけど、それだけでも良かったのかな…)
「ふぁ……」
あれこれ考えようとしても、ベッドに身を横たえた瞬間、昨日から積もっていた疲れが一気に押し寄せてきた。あくびがこぼれたと思ったら、もう意識はふわふわと遠のいていく。そして僕は、そのまま深い眠りへと落ちていった。
夕食前にリタに起こされ、僕が食堂へ行くと、父様もすでに城から戻ってきており、母様や兄様も僕が来るのを待ってくれていた。
「今回は本当にすまないな……せっかくの旅行を台無しにしてしまって」
みんなが揃ったところで、父様は再び申し訳なさそうに頭を下げた。
「父様が悪いわけじゃないよ!」
「そうよ。アルが悪いんじゃないわ。それに、アルは休みを取るために頑張っていたじゃない」
「私にも落ち度はありましたし、父上だけのせいではありません」
僕達の言葉に、父様はほっとしたように微笑む。でもすぐに、兄様の右手へちらりと目を向けた。
「オルフェ。その後何か変わったことはないか?」
それは、周りの使用人が聞いても分からないよう、少しぼかした言い方だった。
「未だ消えずに残っていますが、特に問題はありません。明日、その件でリュカと一緒に色々と確認してみるつもりです」
「明日か……。本当なら私も休みのため、一緒にいてやれるところなんだが……余計な仕事が増えてしまっていれそうにない……」
「父上がいなくとも、この屋敷内にいれば問題はないと思います」
兄様はいつも通り冷静だったけど、その静けさが逆に、父様を余計に心配させているようにも見えた。
次の日の朝、出かける直前になっても、父様は僕達へと念を押してきた。
「くれぐれも無茶はしないように。何か不調があればすぐ中止し、私の所へ連絡をしなさい。いいね?」
「でも…父様は忙しいんじゃないの……?」
「それで文句があるなら、すぐにでも辞めてやると言えばいい……」
「それは……ちょっと……」
「分かりましたから、父上は仕事に行ってください。本当に遅れますよ」
簡単に仕事を辞めようとする父様に、兄様はどこか突き放すような調子で言葉を返した。その一言が効いたのか、父様は不満げに眉を寄せながらも、しぶしぶと馬車の方へと足を踏み出す。
「では行ってくる。何かあれば、必ず連絡をするように」
最後まで心配する父様を乗せた馬車が遠ざかるのを見送ってから、兄様が言った。
「では、始めるか」
「はい!」
僕達は玄関を抜け、そのまま裏庭へ向かって歩き出した。その胸の奥には、期待と不安が混ざり合って、じんわりと熱を生んでいた。
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