魔力交互
裏庭へ着いた僕は、浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「兄様? 召喚ってどうやるの?」
すると、兄様は少しだけ考えるように視線を落としてから言った。
「……卵のときに自分の魔力を注いでおくと、召喚獣との“繋がり”ってやつができる。呼ぶ時は、その魔力の流れを辿りながら、陣で道を作って引き寄せる。といういう仕組みなんだが……」
そこで兄様は、言葉を探すように眉尻をわずかに下げ、“分かるか?”とでも言いたげな視線をこちらへ向けてきた。けれど、僕はまだ自分の魔力を感じ取るだけで精一杯なだけに、その“魔力の繋がり”という感覚がどういうものなのか、まるで想像がつかない。だから、僕は小さく首を傾げて、もう一度問いかけた。
「魔力の繋がりって、どんな感じなの?」
「そうだな……。自分と同じ魔力を持つ存在が、もう一人いて、その“位置”を自然と察知できる……そんな感覚、と言えば分かりやすいか」
「……よく分かんない」
「こればかりは、理屈というより……卵を孵す段階で、少しずつ身体で覚えていく感覚だからな。言葉で説明しようとするには難しい……。ただ、私はお前との“繋がり”を感じられるため、王都の外以上に離れていない限りは、意識すれば姿が見えなくても……だいたいどこにいるか分かる」
「えー! 兄様だけズルい!!」
「ズルいと言われても…な……」
理解できず落ち込んでいた僕が、半ば八つ当たりのように訴えると、兄様はほんの一瞬だけ目を瞬き、困ったように眉間へ影を落とした。
(ズルいものはズルよ……)
兄様が困っているのを分かっていながら、僕がその場で一人ぷいっと拗ねて黙り込むと、兄様は小さく息を吐き、気まずさを和らげるように声の調子をわずかに柔らかくして、そっと話題を切り替えた。
「……陣の作り方は分かるか?」
「……それも習ってない」
「ああ、四学年でやる内容だったな……」
兄様がふと思い出したように、静かにぽつりと呟く。だけど、その言葉に、僕達の間に静かな沈黙が落ちた。
(あれ……そう考えると、僕たちって……結構、何も出来なくない……?)
意気込んで裏庭に来たのに、実際にできることがほとんどない。兄様も同じことを思ったのか、眉間に深い皺を寄せて考え込んでいた。
何か考えようとすると、すぐに眉間へ皺が寄るのは、兄様の癖らしい。そのことを知る前は、ただ怖い表情にしか見えなかったのに、今では、僕のために真剣に考えてくれている証拠なのだと分かって、その仕草を見ると、今はどこか嬉しく思えてしまう。
「……魔力交互をすれば、魔力の繋がりだけでも感じられるようになるか?」
そんな事を思っていると、兄様がふと呟いた。
「魔力交互?」
「魔力をうまく使えない者に、魔力の流れや扱い方を教える方法だ。ただし、他人の魔力だと拒否反応が出る場合が多い。だから普段は行われない」
「 前に、兄様が僕にやってくれたのは?」
「あれは魔力譲渡だ。確かに“他人の魔力”を受け取ってはいるが、あれは一時的な処置で、相手の魔力も同時に減っている。だから魔力同士が反発することもなく、負担も比較的少ない。……だが、魔力交互はまったく別だ。互いの魔力を“循環”させるようにやり取りする。渡す量も、やり取りする時間も長くなる分、体調への影響もお互い強く出やすい。……最悪の場合、命に関わることもある」
「う、うん……」
自分にも影響が及ぶかもしれない話なのに、兄様の声はどこまでも淡々としていた。それでも、戸惑いながらも僕が小さく頷くと、兄様は一拍置いて、静かに続きを口にした。
「だからこれは、魔力の“波長”が合う者同士で、なおかつ魔力制御や操作に優れた者しか行わないし、危険も大きい。……だが、この前お前の魔力に触れた時、私が持つ魔力の質と、ほとんど差がないように感じた。それに、父上ほどではないが、私も魔力制御には自信がある」
それまで淡々としていた兄様の声が、そこで少しだけ揺れた。
「……リュカ。どうする?」
(え、僕に聞くの!?)
自分にも危険が及ぶかもしれないのに、その“選ぶ権利”を僕に委ねようとする兄様の言葉に、思わず息をのんで驚く。けれど、そんな僕を見ても、兄様は揺らがない真剣な眼差しは変わらない。その姿に、本気でだと分かった。
僕にも分かるよう、兄様は言葉をできるだけ噛み砕いてくれたのだろうけど、途中からは難しくて理解しきれなかった。でも、“魔力交互をすれば、兄様との魔力の繋がりがもっとはっきり分かるようになる”その一点だけは、理解する事ができた。だから僕は、鼓動を抑えながら意を決して口を開いた。
「じゃあ! 兄様お願い!!」
僕が「やる」と答えるとは思っていなかったのか、兄様はわずかに目を瞬かせ、意外そうに言葉をこぼした。
「いいのか……? それに、実際にうまくいくかどうかも確かではないぞ?」
「兄様なら大丈夫だよ! それに、やってみないと分かんないなら、やってみた方が早いし!」
多少の好奇心もあったし、今度こそ足手まといになりたくないという思いもあった。それでも一番大きかったのは、恐怖よりも、「兄様なら大丈夫だ」と思わせる、“根拠の信頼”だった。
(僕、兄様のこと……すごく信じてるんだな……)
胸の中から自然と湧き上がっている感情に気付いていると、兄様は、そんな僕をしばし見つめ、ふっと、小さく息を吐いた。
(兄様……今、ちょっとだけ笑った?)
それが気のせいなのかは分からなかったけど、集中できる方がいいと言う兄様に従って、僕達は裏庭に置いてある椅子まで移動することになった。そして、兄様は僕の前に座ると、そっと僕の両手を取る。
「目を閉じて、余計なことは考えなくていい」
言われた通り目を閉じる。すると、僕の中に、何かが流れ込んでくるような感覚があった。そして、それと同時に、別の何かが、外へ抜けていく感覚もある。
(これが、魔力の流れ……?)
はっきりとした流れが分かるわけじゃない。それでも、いつも僕が魔法を使っている時の魔力の流れとは、明らかに違っていて、無駄がない。それに、迷いもなくて、きちんと“整えられている”感じがする。
(あったかい……)
兄様から流れてくる魔力は、驚くほど体の奥から、ゆっくりと熱が広がっていくようで心地良い。しばらくすると、日だまりの中にいるように体がぽかぽかしてきて、頭がふわふわしてくる。
最初は、寝ないように必死に意識を保っていたけれど、目をつむっていたこともあり、いつの間に意識がすとんと落ちた。
その間、頭を撫でられ、優しい声が聞こえてくる夢を見ていたような気もする。でも、目を覚ましてしまえば、全部霧みたいに消えていた。
「リュカ。もうすぐ昼だ。一度起きろ」
「う~ん……。……! あれ!? 寝てた!?」
「寝ていた。慣れないことをしたから、疲れたんだろう。今日はここまでにして、午後はゆっくり休め」
兄様は機嫌が良いのか、その声は先ほどよりも柔らかい。
「兄様は、この後どうするの?」
僕がそう尋ねると、兄様は一瞬だけ間を置き、いつもの落ち着いた声音で答えた。
「書庫にでも行こうと思っている」
「なら、僕も行く!!」
「……リュカは、休んだ方が……」
「行く!!」
「はぁ……分かった。好きにしろ。それに……私が側で見ていた方がいいか」
「うん!」
結局、昼食を食べた後、僕達は一緒に書庫へ行き、夕食まで本を読んだり、静かに過ごした。
兄様はいつも通り、難しそうな本に目を落としていたけれど、ときおり僕の様子を確かめるように、そっと視線を向けてくる。それだけで、僕のことを気に掛けてくれているのだと分かってしまうから、胸の奥が、くすぐったいように温かくなった。
その日の夕食の席で、日中の様子を気にしていた父様が、真っ先に僕達に声をかけてきた。
「あの後、どうだった?」
「陣の作り方が分からなかったから、今日は魔力交互だけやった!」
「魔力交互……。オルフェなら大丈夫だとは思うけれど、体調に変化はないかい?」
父様も魔力交互については知っているようで、その言葉を出した途端、不安そうに表情を曇らせた。そして、僕達に変わった様子はないか確かめるように視線を向け、体調について静かに問いかけてきた。だから、僕は元気な声で答えた。
「大丈夫! ちょっと眠くなっただけだから!」
「それは……本当に大丈夫なのか?」
その眠気が体調不良によるものではないかと疑ったのだろう。父様はわずかに眉をひそめ、言葉を濁しながらも、もう一度確かめるように問いかけてくる。すると、その不安を払うように、兄様が落ち着いた声音で口を開いた。
「その後も、しばらく様子を見ていましたが、魔力の流れにも異常はありませんでした。なので問題はないと思いますが、明日も学院は休みなので、引き続きリュカの様子を見るつもりです」
「……そうか。頼んだよ。私は明日も予定を空けられそうにないんだ……。だが、夕食までには必ず戻る」
兄様の言葉で少しは安心したのか、父様はそう言って微笑んだ。それでも、そばについていられないことを、どこか申し訳なさそうに語っていた。
そうして翌日も、名残惜しそうにしながら、仕事へと向かっていった。父様は最後まで不安そうな様子を見せていたけれど、兄様と一緒なら、大丈夫だと思える気持ちが、僕の中には確かにあった。
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