父様は優秀?
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「父様! 人を泣かせるようなことをしてはだめです!」
「え、えっとね! 泣くというのは比喩であって、実際に泣くわけじゃないから……。まぁ……泣き言くらいは言うかもしれないけどね……」
「父様! そんなこと言ってないで仕事しないと駄目ですよ! そんなので、どうやって宰相になったんですか!? サボってばかりじゃ務まらないでしょう!」
思わず声が大きくなる。宰相という重い立場を任されているのに、父様はどこか他人事のように笑っているけど、さすがに今回ばかりは笑いごとじゃない。もう少し危機感というものを持ってほしいと思う僕の問いに対して、父様はきょとんとした顔で瞬きをしたあと、さらりと答えた。
「ん? どうやってって……流れでなってただけだよ?」
「なってた、じゃないです!!そんなので成れるわけないです!だって、宰相って国の中でもすごく大事な仕事なんですよ!? 授業でも“王様の右腕”って説明されてましたし、責任だってあるんですよ!」
僕が必死に成ればなるほど、父様は困っているのか困っていないのか分からない微妙な笑みを浮かべるだけだった。
「学院時代から、国王の息子であったレクスの側近をしていたんだけど、先代の国王とかが不甲斐なくて、レクスが早々に時代交代をして王位を継いだんだ。その時、歴代の宰相を務め、次期公爵家当主でもある私も、そのまま宰相を継ぐことになってしまってね。まぁ仕事さえできれば、アイツは階級について何も言わないだろうから、もう私でなくても良いと思うんだけどね」
「えっ……?」
さりげなく言ったその内容はどれも驚きの連続だったけど、そのなかでも、 僕に直結する言葉に思わず耳を疑い、その単語が口からこぼれ落ちる。
「……公爵?」
「そうだけど、それがどうかしたかい?」
僕が驚き戸惑えば、父様は本気で何を驚いているのか分からないと、不思議そうに首を傾げている。でも、僕が知る限り、僕からすれば、”公爵”とはかなり高い身分のはずだ。
「ぼく…父様が家で仕事してる姿を見たことないですけど……宰相の仕事と家の仕事、両方しているんですか?」
身分が高ければ、当然あるはずの責務や作業の気配が家では一切ない。だからこそ、僕の質問に返ってきた答えは衝撃的だった。
「ん? 家の仕事の片手間に、宰相の仕事をしているんだよ?」
「そんな大事な仕事を片手間にやってて、クビになったりしないの!?」
絶対に片手間でやる仕事じゃないのに、それを平然と言い放つ父様に頭が痛くなってくる。
(そもそも……宰相の仕事って片手間でできるものなの!?)
僕が話に付いて行けずに混乱していると、父様はさらに爆弾を投げてきた。
「私も辞めようと思い、レクスの机に辞職届け置いて帰ったことがあるんだけれど、半日もしないうちに連れ戻されてね。その後も何回か提出してはみたけれど、辞めさせてもらえないんだよ。後任者はちゃんと置いて来ていたんだけどな?」
「……」
辞めたいのに辞めさせてもらえないくらいには“仕事ができる人”らしいが、今の父様を見ると、とてもそうは思えない。
(父様……すごいのか、すごくないのか、本当に分からない……)
僕が言葉を失っていると、母様が軽く咳払いし、その空気を変えた。
「リュカ。その話が気になるのは分かるけれど、続きはまた今度にて、今は休むことを優先しましょう?それと、アルも……リュカをあまり興奮させるようなことを言わないようにね?」
「……はい」
「エレナ、すまない……」
兄様の話をしているあいだは、まだ空気も穏やかだったけれど、僕を休ませようと、そろそろ部屋を出ようとした“その時”だったのも悪かったのだろう。父様の仕事態度の話題が長引き、僕も興奮してきて、声も熱も抑えられなくなってしまった。そのせいで、気づけば母様の眉間にも、じわりと影が落ちていて、その圧に負けるように、父様と僕はそろって小さく返事をする。
視線をそらすように、ふと窓の外を見れば、日も完全に沈み、あたりはすっかり暗くなっていて、教会に行ったのが昼前だったことを考えると、いつの間にか、かなり時間が経っていたらしい。僕がそんな事を思っていると、母様に叱られたせいか、父様はどこか遠慮がちに言う。
「……リュカ。オルフェと話した後ではあるけど、リュカとも話したい事があるんだ……」
「えっと…それは何の話?」
「それは……リュカが元気になってからにしよう。ご飯は、食べられそうかな?」
すぐ横に母様の視線があるからか、これ以上僕の休息を邪魔するわけにはいかないと思ったようで、いったん詳しい話を切り上げるように口を閉ざし、父様は気まずさを紛らわせるような調子で夕飯の話題を振ってきた。
「うーん……あまりお腹はすいてないです……」
昼ご飯も食べていなかったはずなのに、ずっと寝ていたせいか、自分でも不思議なくらいに、体がまだ食べ物を欲していなかった。だけど、それを聞いた父様は、ほんの少し眉尻を下げ、心配を隠しきれない視線を向けてくる。
「そうか……。なら、軽めの物を用意するように厨房の者達に言っておこう。もし、他に食べたい物があったら、すぐに言うんだよ?」
押しつけがましくない、けれどそっと寄り添うような声音だったけれど、見送りに行って戻ってきたドミニクに、僕の食事の手配をし終わっても、心配で部屋を出ようとしない。そんな父様を見かねたように、母様から半ば連れ出されるように部屋を出て行く両親たちの背中が見えなくなると、僕はベッドに横になり、今日一日の出来事を思い返す。
(朝から色々あり過ぎて、もう疲れた……)
正直、儀式に失敗した僕を両親がどう思うのか不安だったけれど、二人は責めることなく、僕の心配ばかりしてくれ、それが純粋に嬉しかった。まだ寂しさや悲しみはまだ少し残っているけれど、胸にあった不安の大半は、それだけで溶けていった。
ただ、父様が城で宰相の仕事をしていた事には、本当に驚いた。
家で仕事している姿も見たことがないし、毎日同じ時間に出かけ、同じ時間に帰ってきていた。だから、父様はどこかに遊びに出かけているだけだと思った僕は、「一人で遊びに行かないで、僕と遊んで!」と、我儘を言ったことがある。すると、父様は少し驚いたような顔をしながらも、僕が言ったことに怒ったりせず、次の日には、昼過ぎに帰ってきて僕と遊んでくれた。
それを後から知った母様に、もう言わないように注意されからは言わなかったけれど、もしかしてあれも、部下に仕事を押し付けて帰ってきていたのだろうか…。知らなかったとはいえ、父様の部下の人達や国王陛下に対して、なんだか申し訳なくなってきた。
(父様の職業も、国王陛下の名前さえ知らなかったなんて、僕は大丈夫なんだろうか…)
宰相の息子なのにという不安を胸に抱えながら、その日の夜は更けていっていった。
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