大丈夫じゃないです!
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両親を説得し終わってホッとしている時、部屋の扉をノックする音が響き、皆の視線がそちらへ向いた。
扉の横にいたドミニクが開けて、やって来た訪問者と言葉を数言交わす。内容までは聞き取れなかったけれど、ほどなくして、彼は静かにこちらへ歩いてきた。
「アルノルド様、医者が到着なされたようです」
「分かった。入ってもらってくれ」
扉から離れたドミニクに代わり、リタがそっと扉を押し開けると、他のメイドに案内されながら、見慣れた背広姿の中年の男性が姿を現した。こちらへ軽く会釈し、無駄のない足取りで歩いてくる。
彼は、良く言えば“どこにでもいそうな”、悪く言えば“印象に残りにくい”顔立ちをしていて、もし道ですれ違っても気づけないかもしれない。それでも、腕だけは確かで、僕の屋敷のお抱え医として長年仕えてくれている。そんな姿を見たから、無意識だけど胸の奥がほぐれる。
そんな安堵を押し隠しているうちに、医者は僕のベッドの横まで来ると、すっと片膝をついて目線を合わせてくれた。動作の一つひとつが落ち着いていて、こちらの不安を吸い取ってくれるようだ。
「手をお借りしてもよろしいですか?」
柔らかい声に促されるまま僕を手を差し出しだせば、医者の掌がそっと重なり、自分でも気付いていなかった冷え切った身体に温もりが伝わってくる。
それは、ほんの短い時間だったけれど、体の芯までじんわりと温まり、ついさっきまでまとわりついていた重さが、薄く霧散していくようだった。
「お身体に特に異常は見られませんでした。ゆっくりお休みになれば問題ないとは思いましたが、念のため、回復魔法を施しておきました。少しでも気になることがあれば、どうか遠慮なくお呼びください」
僕の手をそっと離して立ち上がると、すっと姿勢を正し、父様と母様へ丁寧に礼をした。すると、母様が感謝を口にする。
「こんな夜も更け始めた時間に、ご足労いただきありがとうございます」
「いえ、これも務めでございます。それに、レグリウス様には日頃より多大なるご支援を賜っておりますので」
「それでも感謝するよ。……外までは、ドミニクに送らせよう」
父様が目線を送れば、ドミニクは軽く一礼して、医者を連れ立って部屋を出ていった。その背中が扉の向こうに消えるのを見届けると、父様は今度は僕へと向き直り、やわらかな声で問いかけてくる。
「まずは、リュカに何事もないようで安心したよ。それで…リュカ?私に何かして欲しいことはないかい?」
どこか落ち着かず、僕のために何かしなければと気持ちが空回りしているような父様。そんな様子に、母様がそっと制するように声を掛けた。
「アル。それよりも、まずはリュカを休ませてあげた方が良いんじゃないかしら…?」
「そ、そう…だね……」
指摘され、父様は気まずそうに瞬きをする。どうやら“心配しすぎて判断が追いついていない”らしく、こうした場面にも不慣れみたいだった。だから、母様の言葉に軽く頷き、素直に部屋を退室しようとした。けれど、これだけは言わなければと、僕は父様を呼び止める。
「父様。一ついいですか?」
「ん?何かしてほしいことでもあるのかい?」
「違います。兄様のことです!」
「?オルフェが……どうかしたのかい?」
「どうしたもなにもありません! 僕、ご飯の時くらいにしか、兄様が父様達と一緒にいるところを見たことがないです! 僕ばかりじゃなくて、もう少し兄様のことも今みたいに気にかけてあげて下さい!!」
跡取りとはいえ、勉強ばかりで遊ぶ暇もない兄様の事が可哀相だと叫べぶ。でも、母様は苦笑いを浮かべるし、父様は、どこかバツが悪そうに目を逸らした。状況がつかめずに困惑していると、母様がこちらを見て、そっと声を掛けてきた。
「アルも、オルフェにはいろいろと声をかけているのよ……。でも……」
言いづらそうに言葉を濁す母様。すると、父様がその続きを引き継ぐように言った。
「オルフェに、断られてしまうんだよ……」
思ってみなかったその言葉に、僕がきょとんとしていれば、父様は目尻を下げ、どこか気まずそうに話し始める。
「部下に仕事を押しつけ――じゃなくて、部下に仕事を“任せて”帰って来た時にね。オルフェに“家族でどこかに出かけないか?”と何度となく誘ってみたんだが……その度に“自分に構う暇があるなら、仕事を優先すべきです”と、叱られてしまってね……」
「…………」
話が進むにつれ、父様はしょんぼりと肩を落とし、視線も伏せてしまった。普通なら情けなく見えるはずなのに、なぜだろう。見た目が良すぎるせいか、落ち込んでいるだけの姿が、どこか儚くて絵になる雰囲気が漂っている。
(父様は、本当に大丈夫なんだろうか……?)
兄様に叱られて落ち込んでいる父様の姿を見ていると、この家、本当に大丈夫なんだろうかと、少し不安になってしまった。それにしても、部下に仕事を押しつけて出かけようとしていたら、兄様だって怒りますよ……。
「それなら、勉強の時間をもう少し減らせませんか……? 僕、勉強してる兄様とかしか見たことがないです……」
自分が思っていたのとは違う原因を知り、せめて兄様の勉強時間を少し減らせないかと、項垂れる父様にお願いすれば、さらに肩を落としてしまった。
「私もね……オルフェには子供らしく遊んでほしくて、授業を減らそうとしたことがあるんだよ……。 でも、“勉強の邪魔だけはしないで下さい”って言われてしまってね……」
(……父様。どれだけ兄様に叱られてるんですか!?)
まるで捨てられた子犬のような目をする父様を、母様は苦笑を混じえて見ているけれど、僕がどうにか出来るわけがない。その思いが通じたのか、母様が少し困ったような声を上げる。
「アルは、ちょっと不器用なところがあるのよね」
「仕事であるならば、もっと上手くできるのだが…」
どうやら自分では不器用だとは思っていないらしく、母様の言葉に、父様は小さく不満をこぼした。けれど、母様に対して、それ以上は反論できなかったのか、不貞腐れた子供のような顔で、口をつぐんでしまった。
「はぁ……。まず父様は、部下の方に家の仕事を押しつけず、家での仕事をちゃんと終わらせたら……兄様も一緒に出かけてくれる……と思います……」
兄様の頑なな性格を思い返し、途中から自信がなくなるけれど、僕の言葉を聞いた父様は、何を言われたのか分からないといった顔をした。
「ん? 外に持ち出せない書類もあるし、家の仕事は他の者には任せられないのが多いからね。それはちゃんと城の執務室で私がやっているよ?」
「?」
僕が首を傾げながら、”じゃあ父様は何の仕事を押しつけたんだろう?”と考えていると、父様はこともなにげに言った。
「だから、私が部下に任せているのは――宰相としての仕事だよ」
「!?」
僕が盛大に驚けば、それを見た父様はきょとんとしていた。
「あれ? リュカに言っていなかったかな? 私は、城で宰相の仕事もしているんだよ?」
「父様! それ本当に大丈夫なんですか!?」
宰相なんて国の中心の仕事だ。今まで父様の仕事を知らなかったとはいえ、それを部下に任せきりってしているなんて、絶対に決まってる。
「大丈夫だよ。レクス、国王陛下に泣きながらやらせればいい仕事だから、何も問題はないよ」
満面の爽やかな笑顔で、とんでもないことをさらりと言い放つ父様。少し間違えれば、不敬罪になりそうな言葉だ。
「いや、父様。一つとして大丈夫な点がないんですけど!?僕に構わず、まずは仕事してきて下さい!!」
気づけば、兄様とまったく同じ台詞を言っていた。しかし父様はというと、ことの重大性に気付いていないように言う。
「私としては…仕事よりも家族が大事なだけなんだけどなぁ…」
しょんぼりと肩を落とす父様。その姿は相変わらず絵になって、妙に格好いいのが逆に腹立たしい。
家だけでなく――この国も、本当に大丈夫なんだろうか…?
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