抜け出して
「何で先生は、昨日来なかったんだろうね?」
「今日、本人に聞けば、いいんじゃないか?」
昨日の事を話しながら、みんなで先生が来るのを待っていた。だけど、鐘がなっても、先生はやって来る様子がない。
普段なら、鐘が鳴る頃には教室に来て、朝の点呼を取っているはずだ。僕が、不思議に思っていると、教室の扉が開く音がした。視線を向けて見たが、入って来たのはリオ先生ではなかった。
「デリウム教諭が、急遽休まれたので、今日は、私が変わりに出席を取らせて貰います。尚、しばらくの間、数学の授業は自習とさせて頂きます」
点呼と、簡単な連絡事項を話し終えると、変わりに来た教師は教室を出て行った。姿が見えなくなると、教室はみんなの声で騒がしくなった。
「先生、どうしたんだろうね?一昨日、会った時は、普通だったよね?」
「体調でも崩されたんでしょうか?」
「そんな様子はなかったが?」
僕達が不思議がっていると、バルドが期待のこもったような目で見て来た。
「そんな事より、数学が自習なら、教室にいなくてもいいよな?」
「駄目に決まっているでしょう。自習の意味、分かっていますか?」
学院に来たばかりなのに、1時限目から何処か行こうとしているバルドに、少し呆れながらも聞いてみた。
「何処に、行くの?」
「学院を抜け出して、試合をちょっと見に行きたい!」
そういえば、会場でそんな事を言っていたような気がする。
昨日も無事に勝ち残ったから、今日も試合に出る予定だけど、1時限目が終わるまでには、とても戻って来れそうにはない。
「数学の授業が終わるまでは、帰って来られないと思うよ?今日は、剣術の授業があるのに、参加しなくていいの?」
「参加はしたい。だけど、試合は今しか見れない!それに、早退届け出しておけば、あの教師は細かいこと言わないって!」
バルドの好きな授業を出せば、踏み止まるかと思ったけれど、効果はないようだった。
「怒られたくないから…」
入学して半年もしないのに、色々やらかしているので、さすがに不味いと思って、バルドの誘いを断った。父様と兄様は怒らないから怖くないけれど、母様とドミニクが怖い…。
「怒られるのを怖がってたら、何も出来ないぞ!」
怒られなれているせいか、バルドは特に怒られる事を気にしていないようだった。
「俺は、別に付き合ってやっても良い」
「ネア!行くの!?」
「学院で授業を受けているより、面白そうだからな」
ネアを味方に付けたバルドは、息を吹き替えしたように、僕達の方を振り向いた。
「ネアも行くんだから、リュカも一緒に行こうぜ!それに、早退すれば午後からやる歴史の授業も、出なくて良いんだぞ!」
「それなら…良い…かな…?」
「リュカ!」
コンラットの言いたい事は分かるけど、嫌いな授業に出なくて良いのは魅力的だ。
「コンラットは?」
「行きますよ…。1人残るのは、嫌ですから…」
「よし!じゃあ、早速、行こうぜ!」
バルドの掛け声と共に、教室を後にする。迎えの馬車が来るまでに戻れば、父様達に知られる事もないだろうし、1回くらいならサボっても良いよね?廊下を歩きながら、僕はそんな事を考えていた。
「言って置きますが、馬車は使えませんよ」
学舎から出たら、コンラットが釘を刺すように言って来た。
「走ればいいだろう?」
「この暑い中、走るのはちょっと…」
バルドの提案を聞いて、急に行く気がなくなって来た…。
「乗り合い馬車ならあるぞ」
「それだ!何処にあるんだ!」
名案とばかりに、ネアの言葉に頷いたバルドは、興奮気味に場所を聞き出した。
「学院の校門から、少し行った場所にあったはずだ」
「はずって事は、ネアは使った事ないの?」
「ない。狭い空間で、知らない人間と長時間、密集するなんて御免だ。今の時期は、汗の匂いも合わさって最悪だぞ」
兄様みたいに、表情を変える事がないネアが、心底嫌そうな顔をしながら言った。僕も、ネアの言葉を聞くと、乗った事はなくても、何だか気持ちが分かる。でも、今からそれに乗るの?
「やっぱり、止めない…?」
話しが進むに連れて、行く気が段々となくなって来る。それなら、嫌いな授業でも受けていた方が、良いような気もして来る。
「ネア!盛り下がるような事を言うなよ!」
「俺は、本当の事を言っただけだ。それに、今の時間帯なら、それほど利用する人間もいないから心配はない」
「本当?」
「そうでなければ、自分から提案などしない」
ネアの言葉に、そっと胸を撫で下ろす。それと同時に、ある不安が頭を過る。
「誰かに、見つからないかな…?」
「警備が手薄な所がある。そこからなら、見つからずに出られるはずだ」
「だから、何で知ってるの…」
ネアの言葉に、何処か呆れながらも、僕達はネアの後に付いて行った。
ネアの言う通り、誰にも見つかる事なく、学院を後にする事が出来た。身を潜めながら進むのは、ハラハラしたけれど、何だかちょっと楽しかった。
「乗り合い馬車は何処で乗れるの?」
「もう少し先だ。登下校の時間じゃないから、本数は少ない。だが、それでも街へ行く用事で使う学院生がいるから、最低限の本数はあったはずだ」
僕達は、乗り合い所を目指して歩き出した。
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