来ない?
待っているだけだと、時間はやけに長く感じる。試合を見るのが苦手な僕にとっては、なおさらだった。だから、みんなが試合に集中している間、僕は何となく客席を見渡していた。すると、客席の一角だけ、不自然なくらい人が空いている場所があった。
「あの辺だけ、人がいないね?」
「あれがいるからだろう」
僕の呟きに、何気ない様子で試合を見ていたネアが視線だけで先を示す。そこには、頭からローブを被った、いかにも怪しい五人組が座っていた。そして、その周囲だけ、避けるように席がぽっかり空いている。
「……暑くないのかな?」
夏の終わりとはいえ、昼間はまだ暑い。あんな格好をしていたら、見ている方が暑苦しい。それもあって、見ないようにはしていたけれど、そんなことを気にする様子もないネアは、興味なさそうに答える。
「さぁな。だが、そうまでしてきたかったんだろう」
それだけを言うと、すぐに視線を試合に戻してしまった。少しだけ気にはなりはしても、下手にヤブを突くつもりはない。僕も相手と目が合う前に視線を逸らすと、話題を変えることにした。
「それにしても、予選から出場なんだね?」
貴族とかは最初から本戦に出るものだと思っていた。それだけに、ふとした疑問を呟けば、その答えは後ろから返ってきた。
「こういった試合は、公正に行われていますからね。過去の大会で好成績を残していれば、次回から予選免除になることもありますが、そうでなければ基本的に全員予選からの参加です」
「へぇー、そうなんだ」
(じゃあ、兄様も最初は予選からだったのかな?)
リオ先生の話を聞きながら、そんなことを思っていると、先生は言葉を続けた。
「他にも、教師三名以上の推薦状があり、学院長の許可があれば特別参加も可能です。ですが、滅多にいませんね」
「賄賂でも送れば簡単そうだがな」
ネアが皮肉るようにして言う。すると、試合を見ていたはずのバルドまで思わず振り向いた。
「そんなのする奴いるわけないだろ!」
正々堂々と戦う場所で、そんな不正をする人間はいないと否定する。けれど、それを聞いていたリオ先生は、少し困ったように眉を下げた。
「いえ……過去には、教師陣を買収して出場しようとした方もいました」
「そうなのか!?」
信じられないとばかりに、バルドが驚きの声を上げる。だけど、コンラットは冷静だった。
「ですが、その事実を知っているということは、それは未遂に終わったんですよね?」
「えぇ、学院長は、どんな買収や権力にも決して屈しない方です。許可が出ることはありません」
先生は頷きながら答えていたけれど、そこで少し声を潜めた。
「どこから調べているのかは分かりませんが、買収に応じた教師は、その度に、ことごと全員解雇されました」
「うわ……」
何処に耳があるか分からないといった様子で語るリオ先生の姿に、バルドでさえも恐怖を感じたような声を出す。そして、滅多に動じないネアも、渋い顔をしていた。
「それ以来、学院長を恐れて、それに応じる教師はい無くなりました。それに、報告すれば報奨金も出ますから、わざわざ危険を冒す理由もありませんしね」
「そんなことして、向こうの家から圧力とか来ないのか?」
「教師は学院から保護されています。不当に圧力をかけた家は、相応の報いを受けるそうです」
「学院長って、すげぇ奴なんだな!」
何者にも屈しない姿勢に感銘を受けたのか、今度は目を輝かせた。
「どんなやつなんだ!?」
「私も顔を見たことはありません。おそらく学院で知っているのは、代理を務めている方だけですね」
「あぁ、あの爺さんか。話、無駄に長いよな……」
「長いって言いますが、いつも寝ているでしょう……」
苦笑を浮かべながら答えていたリオ先生だったけれど、バルドの言葉に、コンラットが呆れたように言い返した。すると、バルドは罰が悪そうに頭をかく。そんな二人の様子に、リオ先生は再び苦笑すると、話を戻すように口を開いた。
「予選は進行次第ですが、五日間かけて行われます。剣術部門が終われば、次は魔法部門も同じように予選があります」
「思ったより長いんだね」
「その間、学院はどうするんですか?」
「授業の出席は免除されます。ただ、参加者の多い予選初日を休校日に合わせるなど、学業に支障が出ないよう調整はされています」
「そのおかげで、俺達もこうして来られるってことだな!まぁ、本戦に出場が決まるまで、授業をサボってでも見に来たいけどな!」
バルドが満足そうに頷いた瞬間、僕達の質問に答えていたリオ先生の視線が、すっと厳しくなる。
「教師の前で、堂々と授業をサボると宣言するのは、どうかと思いますよ?」
「す、すみません……!今回は聞かなかったことに……!」
両親に知られたらまずい、とでも言いたげに、バルドは慌てて頭を下げる。その様子に、リオ先生は目尻を下げた。
「仕方ありませんね。今回だけは、聞かなかったことにしましょう」
「やった!」
そう言って喜ぶけれど、それも束の間だった。
「ただし、授業がある日の予選観戦は我慢してください」
「……はい」
釘を刺されるけれど、どこかで諦めてないからか、分かりやすく視線を逸らす。すると、そんなバルドに代わって、コンラットが問いかけた。
「本戦も休みに合わせるんですか?」
「はい」
バルドから視線を外すと、コンラットに向き直りながらリオ先生は頷く。
「実際に試合を見ることで学べることも多いですからね。生徒の多くが見学できるよう、その日程になっています」
「見取り稽古みたいなものか」
ネアが納得したように呟くと、その言葉に反応するかのようにバルドが顔を上げる。
「俺も親父達の訓練見てるけど、結構勉強になるぞ!実際にやれって言われたら……できないけどな」
途中で言葉を濁しながらも、バルドが楽しげに頷きながら答える。その様子に、リオ先生は少し笑いながらも説明を続ける。
「なので、週を分けて剣術大会と魔術大会が、それぞれ二日間かけて行われます」
「ですが、去年来た時は、一日で終わってましたよ?」
自身が知っている事実と違ったからか、コンラットが首を傾げる。
(そういえば……そうだったかも)
僕も去年のことを思い返していると、その疑問に答えるようにリオ先生が口を開いた。
「去年までの決勝戦は、圧倒的な選手がいましたからね。ほとんど一方的に勝負がついていた分、試合も早く終わっていました」
そう言って、リオ先生はほんの一瞬だけ僕へ視線を向けた。けれど、それもすぐに逸らされる。
「ですが、今年は目ぼしい選手もいませんので、本来の進行に戻るのではないでしょうか」
「……そうだったんですね」
コンラットは何かを察したように、どこか感心した目をしていた。去年までが特別だったのだということだけは、僕にも分かったけれど、それが何かの答えを出す前に、聞き覚えのある名前が呼ばれた。
「試合が始まるようですね」
「本当だ!兄貴!頑張れ!!」
僕達が話をしているうちに、クリスさんの順番が来たらしい。すぐさまバルドが声の限りに叫ぶと、その声が届いたのか、クリスさんも手を振り返してくれていた。
その後、僕も頑張って試合を見ようとはした。けれど、やっぱりずっと見るのは無理だった。相手はクリスさんより体格も大きく、危ない場面になるたび、どうしても目を逸らしてしまう。それでも、今日の予選は、無事に勝ち抜いたようだった。
そして、他に応援へ来ていた同級生と話してから帰るというクリスさんに別れを告げ、僕達も会場を出た。すると、その帰り道でバルドがぽつりと呟いた。
「なんか、喉渇いたな」
バルドはずっと大声で応援していたのだから、無理もない。けれど、僕も日差しの強い場所にずっといたせいか、同じように喉の渇きを覚えた。
(言われてみれば、昼休み以降、何も飲んでないかも……)
そう意識した途端、僕も急に何かを飲みたくなった。すると、それを察したように、優しい声がかかる。
「それなら、何か飲みますか?私がご馳走しますよ」
「「「本当!?(ですか!)」」」
ネア以外が一斉に声を上げた。すると、そんな僕等の様子に、リオ先生は苦笑する。
「はい。応援も頑張っていたようですし、少しくらいご褒美があってもいいでしょう。近くにおすすめの店がありますから、そこへ行きましょうか」
「「「はい!」」」
問いかけに元気よく返事をしながら、僕達はリオ先生の後について歩き出した。けれど、その途中で先生の様子が、どこかおかしいことに気付く。
試合の感想を熱く語るバルドに、コンラット達も話を合わせていて、誰も気付いていないようだった。だけど、リオ先生は曲がり角を曲がるたびに何度も後ろを振り返り、人混みの向こうに何かを探すように、落ち着きなく視線を動かしていた。
「どうかしたんですか?」
「……いえ、何でもありません」
僕が声を掛けると、先生はどこかぎこちない笑みを浮かべる。
(……焦ってる?)
普段とは違う様子にそう感じたけれど、それ以上は聞けなかった。
「リュカも、それでいいか!」
「ごめん!何の話だっけ?」
声を掛けられて前を向けば、話を聞いてなかったのかという顔でバルドが言う。
「だから、明日も同じ場所に集合でいいかって!」
「うん。それでいいよ」
返事を返し、みんなとの会話に戻りながら歩いていると、その店は意外と近かった。
「これ、美味しいな!」
「うん!」
「確かに美味しいです」
喉が渇いていたせいか、余計にそう感じる。僕達が席に座って飲み物を楽しんでいると、少し席を外していたリオ先生が戻ってきた。そして、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。この後、急に予定が入ってしまいまして……私は先に帰ります。皆さんだけで帰れますか?」
「大丈夫だ!いざとなったら、ネアに案内してもらうから!」
「……俺頼みか」
バルドが元気に返事を返していたけれど、言われた方の本人は、面倒くさそうにしていた。
「だって、お前が一番下町に詳しいだろ?」
「それは……そうだが……」
そう言って言葉を濁すネアに、リオ先生は一瞬だけ目を細めた。けれど、その表情もすぐに笑みに隠される。
「では、私はこれで……」
そう言って、先生は足早に去っていった。すると、先生の姿が見えなくなた途端、バルドが真剣な顔で口を開く。
「なぁ……飲み物だけじゃなく、何か食べていかないか?」
「何を言い出すかと思えば、夕飯前に何を言ってるんですか……」
「だから、リオ先生がいる前では言わなかっただろ!」
「当たり前です。それに、そんなことをしたら、夕飯が食べられなくなって怒られますよ」
「だけど、大声出したせいか腹も減ったんだよ!なぁ!少しくらいいいだろ!なぁ!」
「分かりました!分かりましたから!耳元で叫ばないでください!」
コンラットが耳を塞ぎながら叫ぶと、周囲からは微笑ましそうな視線が送られていた。だけど、その後に少しどころではない量の食べ物を買ってきたバルドに、ネアが呆れたように言った。
「お前、そんなに買って時間大丈夫なのか?」
「うわっ!もうこんな時間か!?早く帰らないと、また怒られる!!」
何を食べるのか悩んでいたら、思った以上に時間が経っていたらしく、バルドは慌てて買った物を口へ詰め込み始める。その姿に、コンラットはため息を堪えきれないようだったけれど、僕は思わず笑ってしまった。
(今度はみんなと一緒に、ゆっくり来たいな)
もうすぐ日も暮れるとあって、あまり長居はできなかったけれど、そう思えるくらいには、みんなで買い食いする時間は楽しかった。
そうして、ようやく食べ終えたバルドと一緒に店を出ると、何故かそれぞれの家の馬車が店の前に止まっていた。
「誰か、迎え頼んでたのか?」
「いえ……リオ先生が頼んでくれたんですかね?」
誰にも心当たりがないのか、そろって首を傾げる。だけど、それ以外にないと結論づけた僕達は、別れを告げと、それぞれの馬車へ乗り込んで屋敷を目指した。
「今日は、楽しめたようだったね」
屋敷に着くと、僕が帰って来るのを知っていたかのように、父様がそう言って迎えてくれた。だから、僕も頷きながら答える。
「はい!試合はそんなに見られなかったですけど、楽しかったです!」
「それは良かった」
父様は穏やかに笑うと、続けて言った。
「試合の後、寄り道もしていたようだけれど、あまり遅くならないようにね」
「……はい」
予定よりも帰りが遅いことを少しだけ叱られてしまったけれど、その後すぐに父様は話題を変える。
「それで、今日はどんなことがあったんだ?」
「あのね!」
そう聞かれれば、僕は笑みを浮かべながら、今日の出来事を話し始めた。食堂へ向かう間も、夕食の席でも、僕は途切れることなく話し続けた。すると、父様がふと口を開く。
「確かに相手との体格差はあったようだが、あいつらが言っていた通り、それを利用した立ち回りは悪くなかったな」
「え?なんで知ってるの?」
まるで見ていたかのような言い方に、僕が不思議に思って問いかけると、父様はわずかに視線を逸らす。
「ベルンハルト達が、そう言っていたからな……」
(そういえば、そんな話もしてたっけ……?)
会場には来ていると言っていたバルドの言葉を思い出しながら、僕が首を傾げていると、父様は何事もなかったように続けた。
「それで、その後に飲んだ物は美味しかったのかな?」
「はい!」
その後も、母様達にも今日の出来事を話しながら、その日は終わった。そして、次の日。みんなとの待ち合わせ場所へ行ったけれど、約束の時間になっても、リオ先生は来なかった。
「先生……来ないね……」
「試合、始まりそうだし先に行くか?」
「……いいんですかね」
「来ない方が悪いだろ」
僕達の迷いを断ち切るように、ネアがあっさりと言い切った。それでも少しだけ躊躇いはあったが、僕達は先に会場へ向かうことにした。そして、その日、リオ先生が姿を見せることは、最後までなかった。
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