page9
〈ロール〉は今やその持ち主の地位や評価に直結すると言っても過言ではない。その力は今や社会に出る上での個人の重要なステータスである。
燃料を使って乗り物を飛ばさなければ行けなかった場所に、魔法で飛んで行ける者がいる。重機を使わなければ出来なかった作業を、素手で行えるだけの力を持つ者もいる。ある程度の範囲内で天候などを操れる者もいる。最終的に飢餓やエネルギー問題の解決に役立っている〈ロール〉の力は今ではこの世界に無くてはならない物である。
どのような〈ロール〉が目覚めるか、それは完全に神任せならぬ〈アルターストーン〉任せである。第二次性徴のようなもので、個人差はあるものの通常中学生頃には覚醒し、それがその人の宿命としてつきまとう。
……ゆえに、一度目覚めた〈ロール〉を覆すことは不可能であるはずだ。
「おいこら、悠月! どこまで連れてくつもりだよ!」
「いいから黙ってついて来なさい」
綾音に手を引かれ、志乃は引きずられるように校舎に連れ戻されていた。痛々しい言動で有名な綾音と〈特例認可生〉で有名な志乃の組み合わせということで、やたらと注目を浴びているのは言うまでもない。
「わかった、わかったからせめてどういうわけか教えろっての」
「だから言ったじゃない。勇者研究部を発足させるのよ。今から」
引きずられながら問うと、綾音は平然と答えた。志乃は質問を変える。
「その勇者研究部ってなんだ」
「その名の通りよ。実在が確認されていないものの一部でその存在が示唆されている〈勇者〉について研究し、あたしがその〈勇者〉となるための部よ」
「全くもって理解できん……」
「はあ? 今のでわからないの? あんた、頭大丈夫?」
「悪いが頭がどうかしてるのはお前のほうだと思うぞ」
志乃はぼそっと呟きながら密かに携帯を出し、〈アナライザー〉を綾音に向ける。〈ロール〉はどうやら〈剣士〉。五段階に階級分けされたレアリティの中では最下位に位置する〈コモン〉のロールだったはずだ。それもレベルはたったの5。これはかなり低い方である。
それ以前に、仮に〈勇者〉というロールが存在しても、一度目覚めた〈ロール〉を覆すなどということはできない。それなのに彼女は〈勇者〉になると自信満々に公言している。変人扱いされても仕方のないことだ。
「とにかく! あたしが勇者になるために、あんたには手伝ってもらうから!」
「わかったよ。ったく……」
どうやらこの場では何を言っても聞かなそうだ。この場は上手くやり過ごして、後で適当にあしらおう。そう決めて、志乃はひとまず綾音の後におとなしくついていくことにする。
「さ、ここがあたし達の部室よ」
と、綾音が校舎の片隅のある部屋の前で立ち止まる。
「第三多目的教室、か……」
そこは普通の教室と変わらない広さで、中に並んでいる机などを見ても他の教室と何ら変わりない。明らかにいい加減な部にしては随分と立派な部室だ。
「さ、入りなさい。とりあえずこの無駄にならんでる机を片付けて、過ごしやすい配置に変えるわよ」
「そこからかよ……」
綾音はずかずかと教室内に入ると、手当たり次第机を教室の後ろの方へ動かしていく。
「……て、お前さっき、これから部を発足させるって言ってなかったか?」
「そうね」
「それなのに部室だけ持ってるのかよ」
「ううん。正確には部室予定地よ」
「予定地ってお前……。まだ認められてもないのに勝手にこんなことしていいのか?」
「大丈夫よ。あと二人なんてすぐに見つかるし」
「あと二人……。いや、そう簡単に見つかるかよ」
志乃はポケットの生徒手帳を確認した。部活動の発足条件は、部員四名と顧問を揃え、職員の承認を受けること、とある。……難題だらけのように見えた。
「当ては?」
「ないわ。まあどうにかなるわよ」
向こう見ずにも程がある。
「はあ……。やっぱり俺帰っていいか?」
「だめよ。いいじゃない、そんな急いで帰ってたってやることもないでしょ? どうせ友達の一人だっていないんだから」
「よけいなお世話だ! ……こんな無駄な時間を過ごすくらいなら家に帰ってゲームしてた方がよっぽど有意義だからな」
やっぱりついていけないと本音を言うと、綾音は何故か目を輝かせて食いつく。
「え、あんたゲームやるの!?」
「お、おう、なんだよ目の色変えて」
「それはRPGだったりする!?」
「お、おう」
「そうよね! ふふん、あんた意外と見所あるわね。ちょっと見直したわ」
うんうんと一人納得する綾音。どうやら彼女もRPGが好きらしい。
「で、やっぱりやってるのは『エルネリシア』よね!」
「いや、違うけど」
綾音の笑顔が凍りついた。
「え、『エルネリシア』よ? 〈テスタメント〉の」
「ああ、だから違う。まあ〈テスタメント〉から出てるやつではあるが」
「エルネリシア」は〈テスタメント〉社から発売しているRPG。十年以上前から続いているシリーズで、老若男女問わず世界規模で根強い人気を誇っているという人気ゲームである。志乃が生まれた頃にはすでに四作目が発売されており、彼にも身近な存在ではある。
綾音は口をあんぐりと開ききって唖然としている。女子としてはちょっとお見せできない感じの表情だ。
「じ、じゃあ、何やってるのよ」
「『ロストマギナ』」
「……『ロストマギナ』って、あの?」
「そうだな。『エルネリシア』と同じ〈テスタメント〉の」
「ロストマギナ」は「エルネリシア」と同じ〈テスタメント〉から出たRPG。基本的な世界観やシステムを共有しつつ、「エルネリシア」では敵として描かれる「魔者」が主人公という変わった設定である。
「な……な…………」
答えてやると綾音はふるふると体を震わせ始める。具合でも悪いのだろうか。
「おい悠月、大丈夫か?」
「……よりによって…………」
「は? なんだって?」
「っ!」
「うお!?」
綾音が突然目を見開いて胸ぐらに掴みかかる。
「よりによってあの邪道クソゲーRPGですってぇ!?」
「いや、十分正統派のシリーズだろ」
「勇者が出てこないだけじゃ飽きたらず魔者が主人公のゲームの何処が正統派よ!」
「ま、まあそれを言われると……」
「あんた思った以上に最低だわ! 魔者が勇者を倒すゲームが好きだなんて、あんた実は人の面かぶった魔者ね!?」
「そんな言いがかりはさすがに初めてだぞ……」
自分の好きなゲームを言っただけでここまでずけずけと言われるとは……と少し傷つく。
確かに「ロストマギナ」は非常に評判が悪い。「エルネリシア」と同じくシリーズ化しているが、雑誌のレビューなども毎回最悪で、発売数週間後には数百円で叩き売りされる始末だ。
しかし綾音の反応は志乃が今まで聞いた中でもとりわけ過激だった。よほどこのシリーズが嫌いらしい。
そういえばさっきの戦いの最中何事か叫んでいたが、思えばあれは「エルネリシア」の主人公が使う技の名前だったと思い出す。
(技名叫びながら戦うとか痛すぎる……)
引いてしまう志乃だったが、綾音は気づく様子も見せない。
「ちっ、これはあんたなんかに任せておけないわね。数合わせのために一応仲間にしといてあげるけど、あたしが真の勇者として覚醒したあかつきにはあんたなんか真っ先に成敗してやるんだから」
「仲間にしろなんて頼んでねえ……」
勝手に言いがかりをつけた綾音は、そのまま机を片付ける手を止め、教室から出て行ってしまう。
「どこ行くんだ?」
「あんたに任せておけなくなったから、残りの二人を探しに行くわ」