第14話 ゼラレイド
明らかにいつもの天間さんとは違う、歪な姿。
「君が姫を連れ出したんだな」
「……」
色々混乱して、どう答えていいかわからない。
「あんたたちの目的は?」
「エアル・ヴェノスを守ることだ」
「それがどうしてステラの命を狙うんだ! 彼女は『助けて』って言ってた!」
星の明かりに照らされた彼女の顔はしかし俯き加減が深く、闇の中に浮かぶ目の輝きだけがこちらに届く。
「現女王はエアル・ヴェノスで唯一肉体を持つ。我々はその女王の全てに内包され、平和な日常を送ってきた。彼女が世界であり、星であり、母であり、恋人なのだ」
確か、多次元に存在するとか、そういう話だった気がする。そうか、ステラの母親がメインサーバなんだな。
「だが、母たる女王が限界に達しようとしているという嘘がまことしやかにささやかれ、外星の文明に助けを求めるなどという暴挙に出た者がいるのだ。母が死ねば、我らは依り代を失い、死ぬと」
「えっ……??」
俺の例えがあってるとすると、確かにメインサーバが寿命を迎えるならデータは死ぬだろう。でも、彼らは多次元に存在する生命体なんだから、より高次元に存在の重きを置けばいいんじゃないのか?
「あんたたちは多次元人なんだろ?」
「いかにも。もちろん多次元を統べし母たる女王も、肉体を持ちながら多次元に同時存在するゆえに、時間的限界も本来あるはずはないのだ」
「えっと……? つまり……??」
天間さんの顔が苦々しいような、あるいは心から朗らかな笑みを浮かべる。
「女王サイドは、女王の肉体限界を理由に、我らを有機物の牢の中に入れようとしているのだ」
「いいことじゃん。不便はないよ、この身体」
「ふん、三次元から抜け出ることのできない低俗な有機生命体の身体など、誰が好き好んで入るものか」
なんだこいつら。
いや、高次元の思考回路が俺たちに分かるはずはないな。
「女王サイドはこれを機会に自分の意志にそぐわない個別意識を外に出したいのだ。そしてその後に……」
パン、と手を叩く。『潰したいのだろう』という意思表示なのかもしれない。
「だが、君は姫に気に入られたようだな。アカウントが何重にもロックが掛けられて、こちらからアクセスできなくされていたよ」
天間さんは自身の胸をもみしだく。あたかも「この身体は自由にできたがな」と言いたげに。
「……ふん。三次元的有機生命体のもつ欲求からは、やはり低俗で刹那的な快楽しかもたらさん」
「やめろ! 人の体だろうが!」
その動きにちょっと見とれていると、不意に艶めかしい動きが止まる。
「……!? っく、なんだ!」
「て、天間さん?」
低かった声が突然裏返り、その体はまるで武術の有段者特有の不可思議な姿勢でゆらゆら揺れる。そのタイミングでジョーさんから音声着信が入った。
『巡里氏! なにかあったのか!?』
「じ、ジョーさん??」
『君の周囲で不安定な大規模電波送受信が観測されている! 事態を報告してくれ!』
俺がジョーさんとの会話に気を取られた瞬間、天間さんは俺から大きく距離をとって砂浜まで移動すると、大声で叫んだ。
「我が名は『ゼラレイド』と呼べ。いずれまた会うだろう。現実か仮想世界か別にして」
青白い光が一瞬天間さんを包む。直後、天間さんの体が砂浜に微かな音を立てて倒れ込んだ。
◇
島の端っこに「オカモト医院」という個人クリニックがある。島の住人にとっては唯一の医療施設である。
そこに天間さんを連れてきた俺は、ジョーさんたちに連絡を入れた。夜も遅い時間だというのに二人とも駆けつけてくれた。が、ジョーさんは意外な人物を連れてきていた。
「ステラ!? どうして?」
「『みそら、探してたの。勝手に出てごめん』」
「通りかかった道に彼女が歩いていた。オレが見つけなかったらあちこち探しに回ってただろうな」
「『ここにいるのは知ってた!』」
ステラはぷくっと頬を膨らませて抗議する。……話さなきゃならないことは多いが、今は天間さんのことが優先だ。
「ジョーさん、この子は天間美景さんで、ステラを狙ってる奴らに乗っ取られてたみたいなんです」
「……名前は言ってたか?」
「確かゼオラ…… ゼラランドとかなんとか」
ジョーさんは険しい顔をすると、天間さんから外した彼女のARMを自分の耳に取り付け、中空でひっきりなしに手を動かす。モニターリンクがオフになっているせいか、奇妙な動きをしているだけにしか見えない。
「『……バイタルハッキングを受けた痕跡がある』」
「ステラ!? ちょ、その手!」
彼女は両手をベッドに横たわる天間さんの頭にかざし、指を何人もの小さなケーブルのようにして彼女の頭に接続していた。
「『大丈夫。有機接続してるけど傷つくようなことはしてないよ』」
「……え? 本当にステラ?」
「『えらい? みんなのこと少しずつ勉強してるの』」
偉いとかのレベルじゃない。
……けど、よく考えたら別に彼女自身は肉体こそ最近できたものの、精神や知識は俺たちを軽く超えてる可能性だってあるわけだし、おかしいことではないのか。
「うむぅ、確かにARMとBATTLE-ARMアプリに普段とは違うアクセスポイントからの送受信が行われてる。彼らの技術なら可能かもしれないが、人体に影響が出るようなハッキングができるとなると……」
ジョーさんは顔を曇らせる。
俺も正確な状況が掴めない以上、ただみんなを見守ることしかできない。それがなんとなく辛い。
「無駄でも、やってみるか」
何かを決心したジョーさんは、苦しそうな顔をしながらARMを操作し始めた。
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