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パパとお父さん

妻を病気で亡くして2年。

娘のひまりは8歳、その母親の温もりをまだ覚えている。

ひまりだけじゃない俺もだ。


この2年、無我夢中で突っ走ってきた。

妻に託された娘の幸せだけを願って、ただがむしゃらに。

家事も上手くできないし、失敗ばかりだけど、ひまりとの生活はそれを全く苦だと思わなかった。

ひまりといるだけで毎日楽しいを更新できた。


唯一の息抜きは出社前に立ち寄るコーヒーショップ。

そこで毎朝一杯のコーヒーを飲む。

家では極力飲まないようにしている。

ひまりがコーヒーの匂いが嫌だというからだ。


ある朝、いつものように立ち寄ると人の視線を感じた。

なんだろう。

気にせずにいると今度は笑われているような気がする。

俺か?

一人訝しんでいると、毎朝見かける俺より少し年下と思われる男性が、

「背中」

と笑いながら声をかける。

背中?

「スーツの背中にシールが付いてます」

え!?

慌ててジャケットを脱ぐと背中の真ん中あたりにプリキュラのシールが貼られていた。


ひまりだな…


俺は家からこのままで電車に乗ってきたのか、恥ずかしい。


「教えていただき、ありがとうございます……」

「いえw」

そりゃ笑うよな。

シールを剥がしていると、

「お子さんですか?」

と声をかけられる。

「はい、娘です」

「かわいいですねw」

「いたずらっ子で困ってます。このままで電車乗ってました」

「あはは!」


ふっ

笑い飛ばしてくれた方が恥ずかしさが紛れる。


その日から朝見かけるとほんの僅かだが話をするようになった。


名前、年齢、職業、家族構成、好きなこと、好きなもの、互いの情報が少しずつ増えていった。


いつものようにコーヒーを飲んで、それじゃと出社しようとするとその彼、吉森(よしもり)くんに腕を掴まれた。

少し人目を避けると、

「あなたのことがもっと知りたいです。僕とお付き合いしてもらえないでしょうか」

と、思いもよらないことを言われた。


「いや、俺は妻を亡くして大切な娘がいるから……」

「僕はあなたも娘さんも支えたい」


気持ちが揺らがなかったわけではない。

必死な日々の中で彼とのささやかな会話に癒されていたのは事実だ。

でも揺らぎたくなかった。

妻を、娘を裏切るような気がして……


「友達からでもいいです」


彼の真っ直ぐな目に俺は、

「それなら……」

と返事をしていた。



友達としてならひまりに紹介しても大丈夫だろうと思った俺が甘かった。


「パパのお友達の吉森くんだよ」

そう紹介したら、

「いや! おじちゃん嫌い!」

とひまりに拒絶された。

ひまりにも吉森くんにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「焦らずゆっくりいきましょう」

そう笑ってくれてるけど、ひまりは頑固なんだ。



拒絶されても何度も吉森くんを紹介していたら、ひまりに、

「パパはママのこと嫌いになったの?」

そう聞かれた。

「違うよ、ママのこと大好きだよ」

「それならどうしておじちゃん連れてくるの?」

ひまりは頑なに吉森くんをおじちゃんと呼ぶ。

「僕はひまりちゃんと奥住(おくずみ)さんと仲良くなりたいんだよ」

「奥住さんじゃないもん! パパだもん!」

泣き出すひまり。

「また振られちゃった」

と笑ってる吉森くんの背中はいつも寂しそうだった。


七夕に織姫のママを連れてきてとひまりにお願いされた。

どうしたものかと思ったら、飾りつけした大きな笹を持って吉森くんが家に来た。

「ひまりはママってお願いしたのにどうしておじちゃんが来るの? パパの嘘つき!」

またひまりに泣かれてしまった。


もう無理かな……


「吉森くん、もうやめよう」

ひまりに拒絶される彼を見ていられない。

「僕は諦めません、奥住さんもひまりちゃんも」

「でも……」

「ちゃんと言っておきます。僕はあなたのことが好きです」

「無理なんだ、ひまりが大切だから」

「それでいいんです」


気持ちが揺れる。



そんなある日、大規模システム障害のフォローで急遽関西へ応援に行くことになった。

ひまりをどうする?

学校を休ませて連れて行くか?

いや、俺が仕事している間どうする?

ホテルに一人で置いて行くのか?

そんなことできない。

頼れる人がいない。


「僕が家に行きます」

吉森くんはなんの衒いもなく言う。

任せるしかなかった。


ひまりに説明するも納得するはずがなく、嫌だ! の一点張りだった。


すると吉森くんがひまりと向き合い、

「ねえ、ひまりちゃん、パパいつもずっと頑張ってるよね?」

「……」

「パパ、一人で頑張ってるけどひまりちゃんは頑張らなくていいの?」

「え?」

「パパ一人に頑張らせてひまりちゃんは平気なんだ」

「だって……ひまりは子どもだもん」

「そうだね。じゃあパパは大人だから、パパだから一人で頑張らないといけないんだ」

「……」

「ひまりちゃんはお腹が痛くなったらどこに行く?」

「?」

「学校?」

「病院……」

「そうだよね。治せるお医者さんがいる病院に行くよね」

「……うん」

「パパはね、機械を直せるんだよ。

特別な機械を直すことができるんだ。

それを直すとみんなが喜ぶし、困ってる人を助けられるんだよ」

「……」

「そのためにちょっとだけお家を留守にしないといけないんだ。

そんな特別なパパのために、ほんのちょっとだけでいいからひまりちゃんも頑張れないかな? 僕も一緒に頑張るから。ダメかな?」

「おじちゃんがここにいるの?」

「うん。ひまりちゃんのことを守ってほしいってパパにお願いされた。

だからひまりちゃんのことを守らせてほしい」

「ひまりが頑張るとパパ喜ぶ?」

「喜ぶよ!」

「……ちょっとだけ頑張る」


ひまりと吉森くんの協力で関西に行くことができた。


それからは時々吉森くんが食事に来たりすることをひまりは許すようになった。


数年後。

ひまりが高校を卒業し、看護師を目指すために東京の大学に通うことになった。

家を出て俺から離れて一人暮らしをする。

心配で堪らない俺を尻目に、ひまりは引っ越しの手伝いに来てくれていた吉森くんに話があるという。

ひまりは自分の代わりに吉森くんにここに住んでくれと頼んだ。そしてまだ話したいことがあると言って、

「パパは向こうに行ってて」

と俺は追い出された。


ひまりと吉森くんだけで大丈夫だろうか。



「おじちゃん、パパはいっぱい頑張ったの。

私のためにママの分もいっぱいいっぱい……

でももう頑張らなくていい。

おじちゃんにパパのそばにいてあげてほしいの」

「お安い御用だよ、ひまりちゃん」

吉森が優しく微笑む。

「パパをお願いします」

「一生僕が大切にします。

奥住さんのことも、ひまりちゃんのことも」


「……パパはママのこと大好きだから、時々思い出して泣いちゃうこともあるけど、見ないふりしてあげて、許してあげて。パパとひまりが覚えててあげないと、忘れないようにしないと、ママきっと寂しくなっちゃうから……」


「それはできないかもしれないなあ」


「どうして? パパがママのこと思い出すの嫌だから?」

「ううん、そんな大切な人のこと、僕も一緒に想ってあげたい」

「おじちゃん、お人好しすぎるよ……」

「好きな人には甘くなっちゃうものなんだよ、なんでも許しちゃう」

「ダメじゃんw」


「それとね、パパとおじちゃんがいるこの家を私の実家と思っててもいい?」

「当たり前だ。パパとママと僕の大切な娘なんだから」



ひまりが家を出る。

「ひまり、鍵忘れてるぞ」

合鍵を渡す。

「いらない」

「え?」

「鍵なんてなくてもここに帰ってくればパパとお父さんがいるでしょ?

だからいらない。

私が帰る時はちゃんと二人で待ってて。

行ってきます!」

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