飢えたる子
冬樹とアインがすぐに合流した。
何か言いたいことがある冬樹は咲哉の傍らに厚手のレーヴァテイン製の防寒着を着せてある子供と咲哉の険しい目つきで喉元まで迫っていた言葉を飲み込んだ。
「何があった」
「単刀直入に言えば吸血鬼被害の生き残り」
咲哉に頭を撫でられている子供は、みすぼらしくて痩せている。さっきまで泣いていたのか目元は腫れていた。
「まだ生き残りが居るらしい。助けに行こう」
「傷を見せてくださいです」
アインが子供に近寄り目線を合わせて挨拶をする。
「触るです。いいです?」
コクンと頷くとアインは子供の首筋を見た。
四つの穴、吸血鬼による噛み痕がくっきりと残っている。
それを見てアインは目を泳がす。なぜなら吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になる。これが通説なのだから。しかし……。
「その子は吸血鬼にならないよ」
「は?」
「ね、裕君」
裕と呼ばれた子供はコクンと頷いた。
「アリスのお姉ちゃんが、吸血鬼にならないおまじないかけてくれたから」
アリス、そして咲哉の反応を見て冬樹が憶測を口にした。
「そのアリスってのが」
「真祖アリス、吸血鬼を増やすことに反対だった怪物」
「ねぇ、白髪のお姉ちゃん」
「お兄ちゃんですよ」
間髪入れずに訂正を差し込む咲哉が裕の方を向く。
「妹を助けて……」
その言葉はここにいる男を動かすには十分な言葉だった。
「絶対に助ける。どこに居るの?」
「この下」
そう言って指さしたのは地下鉄。
電気が通ってないため薄暗く、些細な音が不気味さを掻き立てる。
「さっさと行ってさっさと帰ろう。夜になったら確実に不利になる」
「うん」
「この子はどうするです?」
「道案内だけ」
頷いてアインから承諾を得る。これで三人とも地獄へと降りて行く。
「お願いね」
小さな子供に咲哉は笑みを向ける。不器用な、安心させるための笑みを。
地下は地上の空気よりも暖かく、本来は寒いはずなのに汗が噴き出るように暑いのかと錯覚するほど。
薄暗い地下鉄の駅の階段を下る。電気は来ていないはずなのに光る蛍光灯があまりにも不気味だった。
「この先」
怯える裕を抱え咲哉が撫でている。
「ありがとう」
この子の将来が心配になるが、その問題は後回しにしてアインと冬樹が臨戦態勢へ移行する。
「冬樹……」
「もうしてる」
右目の魔眼でこの道の先を確認する。
「なあ、妹以外に人いるか?」
「うん」
「十ニ、三人いるな」
「敵反応は」
「ない……走るぞ」
冬樹の索敵は素早く正確、その言葉は信頼できるもの。
三人は救助に駆け出した。
「こんばんわ」
駅の改札前のブルーシートや廃材で作られた居住区にたどり着く。そこにはボロボロでロクに食べ物を食べていなさそうな幼い子供たちがパッと見で四人、咲哉の声を聴いて顔を出したのが八人だった。
「助けに来たよ」
その眼には怯えがあった。知らない人間に対する警戒心とも言っていい。
「お、にぃ……ちゃ」
微かな、今にも消えそうな小さな声を聴いて裕が咲哉の腕から飛び出した。
「奏!」
駆け寄った先に居たのは横になってブルーシートの家の隙間から覗く小さな女の子だった。
「大丈夫、助け、呼んだから」
単語を繋いで言葉を送る。
アインが子供たちへの説明を買って出たため、残った二人は裕の元へ歩み寄る。
咲哉と冬樹が傍に寄ってスルーシートをめくる。瞬間、冬樹が口元を押さえ吐き気を必死に堪え、咲哉の顔が珍しく引きつる。
「……とりあえず、出してあげよう」
汚れる事を厭わず咲哉が奏と呼ばれた女の子を優しく外へ出した。
「急いで門を開く。全員移動させたら、レーヴァテインにの方に繋いで急いで処置してもらおう。これはあんまりだ」
咲哉の目に同情すら浮かんでいる。
目は窪み、体は痩せ細り骨と皮だけ、だが、腹は膨らんでいる。何かを食べて膨らんでいるのではなく、栄養失調になって水分が腹に溜まり浮腫み、ふやけている。加えて足は傷だらけで破傷風を患っており蛆が湧いている。膿と腐肉の臭いが混ざり合い酷い悪臭を放つ。
同時に今、横になってブルーシートから顔だけを覗かせている者は確実のこの状態である。
戦慄さえ覚える、こんな、極東の島国で中世の時代を思わせる最悪な状況になっている事が。
「アイン!説得は後だ!急いで運び出すぞ!」
「門を開くから手伝って!動けないほど弱ってる人から!」
「ッ!?りょ、了解です!」
地獄絵図という言葉がよく似合うこの状況でありながら咲哉が鳥居の門を開いた瞬間、動ける子供たちが目の色を、警戒から敵対へと変えた。
精一杯体を大きく見せ咲哉達の行く手を阻む。
「なんで……」
特に咲哉に対して強く大きく出ていた。きっと、食われるとでも思っている。だからせめてもの誠意を、片膝を付き目線を合わせて咲哉が懇願する。
「……大丈夫、大丈夫だから、『僕』に君たちを救わせて」
食べる事が大切で楽しいものと教えられてきた咲哉にとって栄養失調で死にかけの人間なんてそれこそ一番助けてあげたい。その思いで心がいっぱいだった。
震える体と眼が咲哉の笑みを捉える。
「助ける、くれる」
「うん!」
すかさず裕が残りの子供たちを説得する。拙い言葉だが信頼のある人物の言葉は違う。すんなりと受け入れてくれた。
「……よし、急いで運び出そう」
「運び入れるが正しいけどな!」
「俺の家でも外気は寒い筈だから焚火を、後、食べ物は……」
「食べ物はダメです。餓死寸前の人はまず点滴から。食べ物を食べると死ぬです」
「わかった。となると急いでレーヴァテインの方に繋がないと」
三人でロクに歩けない八人の子供を咲哉の家に連れて行き、四人の子供を連れだした。
囲炉裏に火を入れる、かまどに火をつけ水を沸かす。やることが一気に増えた。
「レーヴァテインの方に繋ぐ!全員いるね!?」
そこには確かに全員いる。地下鉄で生活していた子供達全員が。ただ、一人、外に居た。
咲哉が居ない一人に気付いたのはその一人を呼ぶ声だった。
「お……にぃちゃん……」
その声を咲哉は聞き門を閉じない
「……裕?」
白髪の少年は笑った。不器用に不格好に、でも、助けてくれた。
きっとあの人たちの唯一の懸念、未確認の敵。言葉でうまく伝えられないし、勝てるとも思えない。
だから、今度は僕が助ける。何とかなるとも思わないし、思えないけど、みんなが居なくなったことを少しだけ遅らせる事はできると思うから。
「…あの……」
「んあ?」
「なんだ、人間の子供」
真っ赤な目がこっちを見る。こわい、人じゃない目。
「今日は、僕が……」
「ほう」
「どうするよ」
三人いる。さっきまで寝てたからお兄さんは眠たそうで、お姉さんは不機嫌で、おじいさんだけがこっちをしっかりと見てた。
「人間の子よ、何か企んでおるか?」
「……妹を……」
「妹思いの良い子だ」
影の中から姿を見せる。白髪の混ざった髪と髭、しわのある険しい顔、その眼は、僕をしっかりと見る。
「楽に殺してやろう」
真っ白な血の気のない手が伸びて、首を掴まれた。
死ぬ、死んでしまう。けど、この三人が血を飲めばきっとみんなの場所には行かない。だから今日だけは何とかなる。
白髪のお兄さん、ありがとう。妹をどうか、お願いします。
鋭い歯が喉に突き刺さり、血が噴き出る。雨みたいに。
僕の血、真っ赤で綺麗で、花みたい。
浴びるように飲む三人、雨の中で踊ってるようで。
予想通り三人は満足したのか、二度寝すると言い始めた。
「ここのシェルターの奴もあと十一人か。他を探してみるか?」
「そうは言っても正確な場所が分からないし、早めに探しに行きたいわね」
なにかしゃべってる。なにをしゃべっているんだろう。
意識が薄れる。目覚める事のない眠りに落ちていく。
最後に思い出すのは、妹と、アリス姉ちゃんの顔。
投げ捨てられる。僕は沢山ある死体の山の上に。
寒い…冷たい……寂しい……嫌だ。
「死にたくない」
その声を聴いてくれる人は誰もいない。いない……はずなのに……。
白い髪が揺れた。
「目を覚ませ裕!しっかりしろ!」
明らかに慌てふためいているその人が焦った顔で僕を抱きかかえた。
「絶対、助けるからね」
優しかった。暖かかった。まぶしかった。
そんな……『人』だった。




