廃墟探索
「化け物が」
そいつが死の間際に言ったのは、黒い髪と青い瞳を持っていたそれに対する最後の抵抗だった。
けれど、それは淡々と命を奪おうとする。それが仕事で、金になるから。
「目を覚ませ咲哉!お前はこんな悪辣な神に飲み込まれるような馬鹿ではなかろう!」
何か言われた。それは力を行使する。
届かない。届けない。そいつはここで死ね。
こいつにそんな自由は許されない。こいつだけこんな楽しいことは許さない。
燃えるような心。暴力とはこんなにも心を晴れやかにするもの、これをしていい立場に居るこいつ。
歪む?壊れる?こいつはそんな弱くない。今まで不要なものを切り捨ててきた。自分で自分を殺してきた。だからそれが生まれた。捨ててきたものが心を成した。それだけの事。
元々の体に宿ったところで問題ない。色々と付属してしまったけれど問題ない。
だって、それは、壊れるべくして壊れているのだから。
目の前のそいつを殺す。心に宿る■■を燃料に燃える心を鎮めるために。笑いながら、楽しく、命を奪おう。
こいつが、本物が、それののどに手を伸ばして、それ以上の力で殺すまで、そう思っていた。
「めぇ覚ませ、咲哉」
「ん……、おはよう」
「芋虫みてぇな寝方してんな」
「寒かったから」
寝袋に包まってうねうねしていた咲哉を冬樹が足蹴で起こす。
「さっさと出るぞ。昨日の話が本当なら、嫌な予感がする」
その言葉を聞いて咲哉はスッと起き上がった。
「顔洗ってくる」
「お、おう」
「冬樹も目を覚ますために顔でも洗う?」
「そうする」
太陽が顔を覗かせ白銀の世界を照らし出す。真白に侵された廃墟の街はお日様の光を嘲るように乱反射させていた。
雪を溶かして溜めて沸騰させた暖かい水で二人は顔を洗っていた。
「……昨日の言伝だけど」
「はぁ」
昨晩は冬樹と会う時間はもうなかった。だからアインに憶測を抜いて起きたことを冬樹に伝えるようお願いしていた。
「もし、あの大馬鹿が助けを求めるなんて事を本当にしているのなら、かなりまずい状況って事になる」
冬樹は何も言わない。水で顔を洗って溜息一つ。
「そいつは何なんだ」
タオルで顔を拭う冬樹が思わず聞いた。深刻な顔をする咲哉に痺れを切らして。
「……真祖」
冬樹の手が止まる。
「原初の吸血鬼十三体の内、序列は上から四番目。俺が生まれた時期に日本へ移住して根付いた、始祖の怪物の子だよ」
「……殴っていいか?」
「ダメ」
冬樹の顔から血の気が引いていく。それもそのはず、真祖とかまずこんな半人前の魔法使いが相手していい存在じゃない。殺害手段を数多く持つアインでさえ手に余る。咲哉も今のこの状況で勝てるかどうか怪しい。
そんな相手が助けを求めに来た。
いやな予感どころではない。早急に撤退した方がいいレベルである。
でも……。
「どこに逃げるか……だよなぁ」
「逃げるの?」
「逃げれるなら、だ。逃げられねぇけどな」
冬樹が楓の建てた建物の材質がよくわからない壁にもたれる。
「仮に、罠だったらどうする?」
「俺が殺すよ。馴染みがもう戻れない場所まで堕ちてるなら、この手で終わらせてあげる」
覚悟に満ち溢れた強い言葉だった。
「なら、本当に助けを求めていたら助けるか?」
「助けるよ。悪い奴じゃないから」
その言葉も優しくて強かった。
「安心した。これなら手を貸してやれそうだ」
「本当?」
「あぁ、逃げ場もねぇし逃げたら、やっとどうにか出来そうな希望が無くなる気がするしな」
冬樹が笑って見せる。その笑顔に答えるよう、咲哉は感謝を述べる。
「ありがとう、冬樹」
「助けてもらった借りがあるからな」
空は晴天、太陽は無情に大地を照らす。
太陽の熱か、地上の雪は徐々に溶け出していた。
「つーわけで、俺とアインと咲哉は動物の変死体があったから見回り行ってくるな。留守番よろしく、十輪」
「好きに指揮していいの?」
「食料調達優先、シャルは養生、あまり動かすな。この二点を厳守するならあとは好きにしてよろし」
「よぉーし!遊園地創るぞ!」
「バカかてめぇ!」
十輪と冬樹が揉めながらも着実に段取りを決めていく。
その脇で。
「どうかお気を付けて」
「そっちもね。みんなと仲良く」
「はい」
レーヴァテインに出掛ける挨拶をしていた。
「よしいくぞ」
「痴話喧嘩はもういいの?」
「やめろやめろ、……シャルが拗ねたらどうする……」
「後半聴こえなかったんだけど?なんて?」
「いいから行くぞ!」
瓦礫の山、廃墟の都市、死した街。
かつては東京と呼ばれた、多くの人が行き交い、騒ぎ、輝いた高層の街はもはや人を失い壊れて行くだけだった。
時間の流れは残酷だ。眠らない街でもあったその都市はすでに自然の緑に取り込まれながら新たな形になろうとしているが、今は眠っている。白い雪に覆われて春を待っている。
その最中を三つの影が練り歩く。
「吸血鬼……真祖か、鹿の死体とは関係ねぇのか?」
「どうだろう。獣食いをする吸血鬼は聞いたことあるけど」
「本当に吸血鬼なら血だけ吸って肉は食べないです」
無関係と言い切れないものの繋がりも見えない。冬樹は頭の中でこの考えを保留にする。
同時に、浮かぶ疑問を一つ一つ解決していく。
「なら、咲哉の言ってたやつの食糧はどこなのか、人間なら……」
「生き残り……」
「その線も薄いです。吸血鬼の体液の毒性は少量でも人を死に至らしめるので、一回吸ったら唾液で死んでる方が自然です」
「大量に生存者が居てももう死んでるってことか。つか、アインお前吸血鬼にやたら詳しいな」
「うちの宗教!」
ザクザクと雪を踏み固めながらとりあえず昨夜に彼女が現れた、現れない方角へ進んでみる。大通りを進むだけ、何かあれば御の字程度の道行きだが思いの他期待に胸が膨らむ。
「五感では感じ取れない存在……、真祖も十字教でいけるか?」
「……自分では不可能です。もっと戦闘向けか信心深いお方ならきっと……」
「聖人で不可能とか……」
「俺が居るんですけど」
「疑っちゃいねぇけどさぁ」
最悪の事態、真祖を窮地に追い込める何者かが居た場合が一番まずい。
「つか、どこで知り合ったんだよ真祖なんて」
「昔、金稼ぎのために怪異殺しを生業にしてたらたまたま」
「……怪異殺し?」
淡々と、冷酷に告げた。
「人以外の人に害するものを、殺して生計立ててたんだよ」
空に浮かぶ太陽が天辺に来た辺りで瓦礫に腰を下ろし一旦休みとなった。
そこら辺の雪を鍋へ入れて溶かして水にしてろ過して飲み水へ変える。
「怪異殺しねぇ、実戦経験ねぇって思ってたんだが」
「対人はほぼ無いよ。あってもすぐ終わってたし。対怪異、対異常に関してはプロと言いていいね」
「片っ端から切ってそうなんだが」
「それで本当に片が付くよ」
「マジかよ」
もうそろそろ昼か、もしくは正午を過ぎているにもかかわらず人が快適と思えるほどの暖かさは無い。
「日本の怪異は外とは違うと聞いたです」
「うん。凶悪さがガラパゴスしてる」
「蠱毒状態からの独自進化とか凶悪超えてんだが?生き残る事と殺すことが両立してる化け物多すぎなんだよ。勉強したとき途中で投げ出したぞ」
冬樹が慣れた手付きでアインにコーヒーを、咲哉には白湯を渡した。
「有名所で鬼、純血もいるけど日本じゃ人が鬼に変容することも多いし」
「鬼と吸血鬼って似てんだけど違うんだよな」
「……戒律とかかな。鬼って基本群れないし、それと、別にあいつら人喰わなくても生きていける」
「じゃあなんで食べてるんです?」
「お腹が減ったから。鬼は完全に、人を殺して良いものとしてみてる。人が家畜を飼うように」
冬樹とアインに悪寒が走る。淡々と言う咲哉の目が笑ってないのも相まってその凶悪さを物語る。
「……なんで、人に害する存在が生まれるんです?」
アインが何気なく発した言葉に咲哉は目を細める。しばらくの思案をした後、ゆっくりと口を開いた。
「悪魔……と一緒かな」
「悪魔がそうポンポン生まれてもらっても困るです」
「いや、日本の怪異は人の恐怖や不安といった負の感情が集まりやすくて生まれやすい。生まれた怪異は自身の維持の為に糧になる感情を集めるために凶行を繰り返す。言ったよな、蠱毒状態って」
「解明されていない神秘は多いから。特に日本は僕が生まれるまで本物の神が存命だったしね」
「何サラッと衝撃発言してんだよお前!?」
冬樹がぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。まぁ、神が存命と聞かせられればそうなるのも当たり前なのだが。
昼の中頃、神秘の塊である咲哉を差し置いて過去の話を聞くために詰め寄る冬樹をいなして探索を再開する。
「はぁ、世界の裏側の事どれだけ知ってんだか」
「……あの、東雲隊長」
「んあ?」
荷物をまとめる最中、アインは疑問を口にした。
「鬼のような強さ、聖母のような慈悲深さ、天条咲哉という人は二重人格にも思える感情を持っているように見えるです」
咲哉に聞こえていないのか、聞こえてないフリをしているのか、咲哉自身から答えが出ない以上冬樹が代わりに答えるしかなかった。
「日本の神様の特徴は多面性だ」
「多面性……」
「親しき者を殺めてしまう程の荒ぶる神でありながら人を救うために八つ首の龍へ挑む神、矛盾と理解、日本の神様は性格上破綻しているのに成立してしまっている。それが八百万居るって言われてる土地だからな。咲哉も、おそらくは例外じゃねぇ」
それは今、こうして話している咲哉はあくまでも人付き合い用の人格と冬樹は言っているようなものだった。しかし、そういった意味で言った訳で無いのは咲哉はしっかりと理解している。
日が傾き始めた頃、少し飛ばして探索していたため冬樹がぜぇぜぇ言い始めた頃に初めて咲哉は強い気配を感じるようになっていた。
「こっちの方に来たのは五年ぶりだから、五年前には居なかった……のかな」
「……ま……、はえぇよお前ら」
咲哉一人が廃墟の屋上から一方を見つめ続ける。そっちの方向に居るらしい。件の吸血鬼が。
冬樹は大きく息を吸い呼吸を整える。ここから先は命の保証はできない。
「一回帰って準備するか、俺達だけでやるか」
「一日猶予があるなら準備したいけど……」
超五感、その全てが人の枠を逸脱した咲哉は人のような足音を聞き逃さなかった。
「冬樹……」
「分かった」
開かれる天文台、見る事に特化した千里眼の亜種、観測の魔眼ホロスコープ。その瞳で咲哉が振り向いた足音のした方をくまなく見渡す。
「……あ」
見つけた冬樹は怪訝そうな顔で告げた。
「子供……」
「距離は」
「直線で三百メートル。地下鉄みたいな入口にいる」
「わかった」
そう言うと咲哉はそこまで一っ跳びで駆け付ける。
背後二人はそれに驚いて声が出なかった。
はるか上空から落ちてきたように見えた白髪の少年をその子供は驚いた様子で見つめている。
「やあ、もう夕方だけどこんにちは」
「こ、こんにち……わ?」
ニッコリと……ぎこちない笑みを浮かべ目線を合わせて白髪の少年は尋ねる。
「ほかに人はいる?お父さんとお母さんは?兄弟とか」
そこで白髪の少年は言葉を止める。少しだけ功を急いだと思いながら改めて言葉を紡ぐ。
「怪我無い?痛い場所無い?」
子供の瞳に涙が浮かんでいるのが見えたから。
けれど、子供から放たれた言葉は予想を反したものだった。
「たすけて……」
震える声で、何日もまともなものを食べていないであろう、やつれた様子の子供は咲哉に泣き縋る。
「妹を助けてください」
一瞬、この真冬に似合わない薄着から覗く首元に何か刺された様な四つの傷跡があった。
それを、白髪の少年は知っている。
吸血鬼による吸血行動の傷跡と。




