おかえり
スカーレットを迎えたエリオットの表情は明るかった。
「聞いてくれ、スカーレット!」
なぜ何もせずに帰ってきたのかと、つまらない質問攻めを覚悟していたのに、エリオットにはその気がなかった。
「おもしろい話を聞かせてあげよう。笑っちゃうから」
エリオットはすでに笑っていた。スカーレットはあえて彼の心をのぞかなかった。それは温かく迎えてくれた彼への礼儀だった。
「キッドという少年が君に夢中なんだ!」
ハハハ、と笑うエリオットの前でスカーレットは静かに聞いていた。
「少年?」
スカーレットが問い返した。
「ああ、高校生なんだ。自分のことを中二病とかいってたな」
「中二病?」
「若さあふれるエネルギーってやつか? コントロールの利かない妄想に支配されるらしい」
「どうして私に夢中に? 会ったこともないのに」
「魔女が君に化けてね。ボディラインスーツを着た君の姿で、彼を誘惑したんだ!」
エリオットはとても楽しそうだった。
「さぞかし魅力的だったんでしょうね?」
地味なコート姿のスカーレットはやはり静かだった。
「でもキッドは正しい判断をしたと思うわ。私の魅力に気づくなんて」
「魔女の魔術さ。魅了ってやつ。魔術にかかると使用者の虜になるアレさ」
「へえ、私って魔術を使わないと魅力がないのかしら?」
スカーレットの言葉にエリオットは一瞬ギクリとした。
「そ、そんなことはないが、確実に落としたかったんだろう?」
エリオットは慌てて取り繕った。
「そう。話を続けて」
スカーレットはやはり静かだった。
「ああ、それでだな……」
エリオットは一呼吸入れて落ち着く努力をした。
「向こうの世界ではゲームというのがあって……」
「こっちにもあるでしょ?」
「いや、ビデオゲームというやつで、電気で動くんだ。コンピューターというテクノロジーが発達してる世界で、電子の動きがゲームの世界を構築する。旧型のゲーム機をもらったよ。格闘対戦ゲームが大人気だった頃に売れていたやつらしい」
「殴り合うの?」
「そうなんだ。レバーとボタンで操作してね。プロのゲーマーがいて大会で賞金を稼いだりするらしい。話を聞いて面白そうだったから僕もやりたくなってね。ジンが中古のゲーム機を探してくれたんだ。御礼にとしてプレゼントしてくれた」
「御礼?」
「僕の写真を撮りたいっていうからモデルになったんだよ。おかげでゲーム中に殺されずにすむからって。『死ね、死ね、このスライムめ!』って呪いの言葉をかけられるらしい。ミカという少女は魔女かも知れないね、ってジョークを飛ばしたら、キッドが『あれは魔王の生まれ変わりだ』って。面白い子たちだろ?」
「私のいない間にそんなことがあったなんて……」
「そうだ。君もジンたちに会うといい。ジンは君の写真も撮りたいといってたよ。それと仮想空間というのも結構面白い」
「仮想空間?」
「コンピュータのテクノロジーが生み出した新しい時空間さ。電脳パラレルワールドとしての機能もあるらしい。とにかくいろいろできちゃうんだ」
「へえ……」
スカーレットが興味を示し始めたのを見て、エリオットはとどめを刺そうととっておきの話題に移った。
「それと、君が会いたがっていた『少年』はジンとすでにコンタクトしているよ」
スカーレットは何もいわなかった。エリオットは勝利を確信した。
「こんな展開が待ってるなんて……。あの時、名前をいわなくて正解だったのかも」
「会いに行くかい?」
「もちろんよ」
「ジンには秘密がありそうだ」
「でしょうね。魔女の興味はジンなんでしょ?」
「その通り!」
「『少年』からコンタクトしてくるくらいだから、とんでもないものを持ってそうね」
「だろうね」
「じゃあ、いってくるわ」
スカーレットは飛ぼうとした。
「ちょっと待って。その前に」
エリオットはスカーレットを止めた。
「なに?」
「おかえり。スカーレット」
エリオットは笑った。
「ただいま」
スカーレットも笑った。
そして、ジンたちの世界へスカーレットは飛んだ。