これからの二人
だいぶ間が空いてしまいましたが、やっぱりエセルを故郷に帰すとこまで書きたかったので…
ぎりぎり年内に間に合いました。
二人で夕食を食べながら色々なことを話した。
会話は尽きることなく、食事が終わるとソファに並んで座り、これまでの時間を取り戻すように語らう。
そうしている内に、大分時間が過ぎた。
ふと、ジェラルドは自分の肩に寄りかかる重みに気づいた。
側を見れば、隣に座っていたエセルが肩にもたれ掛かり、小さな寝息を零していた。
久しぶりに再会して、緊張の糸が切れたことと疲れが出たのかもしれない。
ジェラルドは頭を預けるエセルを見て、穏やかな笑みを浮かべた。
背中を支えて腕に抱き上げ、寝室と思われる奥の扉を開いた。
中に入ると、ベッドと小さな棚があるだけの質素な部屋だった。
居間と同じように、エセルが一人で慎ましく暮らしていたことが分かる。
離れていた間、知らない土地で一人で寂しい思いをさせてしまったと、ジェラルドは申し訳なく感じた。
静かにベッドの中にエセルを下ろす。
ベッド端に腰かけて、寝顔を見つめた。
一年も離れていたがあの頃と何も変わらない。
だが、普段はしっかりしているように見える分、眠っている姿は年相応に少しあどけない印象だった。
同じ宿で寝泊まりをしていたが、寝顔を見たのはこれが初めてだ。
こうして無防備に眠ってしまう姿を見て、複雑な心境になる。
一年前、共に行動をしていた時も思ったが、彼女は警戒心が薄い。
本人なりに気をつけているつもりかもしれないが、恐らくエセルはジェラルドのことを大丈夫だと信用しているのだろう。
あっさりと隣で眠ってしまったエセルに、ジェラルドの心中はそこまで冷静ではいられなかった。
「もう少し警戒して貰いたいものだが……」
そっと手を伸ばして髪を撫でた。
溜息と共に零れた言葉を、当の本人の耳に届くことはなかったが。
翌朝、エセルは自分の部屋で目を覚ました。
慌てて飛び起きて、昨日はいつの間に眠ってしまったのだろうと思う。
いつものように静かな部屋に、昨日のことは夢だったのだろうかと不安を感じた。
寝室から出ると、居間のソファで眠っているジェラルドの姿を見つけて、夢ではなかったのだと安堵した。
あまり大きくないソファからは、長身のジェラルドの足がはみでている。
近づくエセルの気配に気づいたのか、薄く目を開いた。
「おはようございます」
「ああ……。おはよう」
ジェラルドは窮屈なソファから体を起こした。
エセルに近づくと、額に唇で触れる。
その行為にエセルの顔はどんどん熱を上げた。
「あの、眠りづらくありませんでしたか? 私のベッドを使ってくださったら良かったですのに……」
ジェラルドを狭いソファで眠らせてしまったことに申し訳なく思う。
だが、そんな言葉にジェラルドは目線を泳がせた。
「いや……君はあまり男を信用しない方が良い」
「……? はい」
エセルはその言葉の意味がよく分からなかったが、ジェラルドが気まずそうにしていたため、問い返すのは止めてひとまず頷いた。
それから二人で朝食を食べながら、ジェラルドは明日の朝に出発する予定だと伝えた。
「急がしてすまないが、今日で荷造りをできるか?」
「分かりました」
「私も手伝おう」
「あまり多くないので大丈夫です。ほとんど王太子殿下からお借りしたものなので」
この家は王太子が手配して準備してくれたものだ。
エセルの私物は少ないので、それ以外は綺麗にして全て返すことになる。
荷造りよりも、掃除の方が中心になるかもしれないとエセルは考えた。
「後で一緒にフェリックスのところへ行こう」
「王太子殿下のとこですか?」
フェリックスとはこの隣国の王太子の名前だ。
ジェラルドは友の名を懐かしそうに言う。
「君を助けてくれた礼を言いたい」
「私もお礼を申し上げたいです」
王太子は生活面でも様々な援助をしてくれて、ジェラルドの情報も入るたびに伝えてくれた。
二人にとっては感謝してもしきれない人物だ。
荷造りと掃除をしてから、二人は隣国の王城へと向かった。
王城へ着いたエセルとジェラルドを、隣国の王太子は明るい声で出迎えた。
「やあやあ、ジェラルド! 久しぶりだね!」
その姿を見て、ジェラルドが一瞬唖然とした表情をする。
「……フェリックス、大きくなったか?」
エセルが思っていても口に出せなかったことを、ジェラルドは第一声で発した。
この隣国の王太子であるフェリックスは、色白でふくよかな体型で、穏やかな人柄が滲みでるような外見をしている。
ただ、初めて会った一年前より、確実に一回り大きくなっているとエセルも感じていた。
「いやあ、王太子になってからは、剣よりも政治に関わるようになって、つい油断してしまったんだ。ジェラルドは変わってないな」
王太子自身も自覚はあったらしく明るく笑う。
それでも久しぶりに顔を合わせた旧友同士、以前共に学んだ頃と気持ちは変わっていないらしく、彼らも久しぶりの再会を喜んだ。
エセルは身分の違いから王太子と同席することに躊躇したが、王太子がお茶まで出してくれたので恐縮しながらもジェラルドの側に並んで座った。
それでもやはり王太子の前ということで気後れし、あまり会話に加わることはなく横で二人の会話に耳を傾けていた。
友人を目の前にしたジェラルドはどこか砕けた表情や声で、新たな一面を見ることができてそれだけでもエセルは嬉しかった。
「フェリックス。今回は色々と助けてもらい、本当に感謝している」
「いや、私は隣国の一人の女性を保護しただけだ。君が礼を言うことではない」
王太子の優しい言葉に、エセルは深く感謝する。
「妃も会いたがっていたが、今日は私の友人として来てくれたので、同席できなかったことを残念がっていた」
「ぜひ礼を伝えて欲しい」
「妃も君たちによろしくと言っていた」
王太子夫妻が揃って会うと、元王族であるジェラルドの行動を誤解される可能性があるので、それを避けるためなのだろう。
おっとりした王太子妃は王太子とお似合いの夫婦だった。
独り残された隣国で、二人の穏やかさはエセルの不安をとても和らげてくれた。
「それで、君たちはいつ結婚するんだい?」
王太子の率直な言葉に、エセルは真っ赤になって固まった。
そんなエセルをよそにジェラルドは何でもないと言う風に返事をする。
「できるだけ早くしたいと思っている」
「ジェラルド様……っ?」
ジェラルドの言葉に、それまで静かに座っていたエセルは思わず声を上げた。
「迎えに行くと言っていただろう。そのつもりもなく、異国で待たせたりはしない」
ジェラルドの真剣な言葉に、エセルの頬が赤くなる。
迎えに行くと言い、実際に迎えに来てくれたが、王族であるジェラルドがそこまで考えてくれていたとは思っていなかったのだ。
エセル自身が平民の身分だということも、そんな可能性を考えなかった理由の一つだった。
「け、けれど、私は平民ですし……。身分が……」
「私は王族としての身分を剥奪された。身分の違いはない」
確かにジェラルドはもう王族ではない。
それでも、エセルにとっては雲の上のような存在だったのだ。
「王族だったゆえに色々と制限されることも多いだろうし、君に苦労をかけると思う。だが、必ず守ると約束する。これからの人生を君と共に歩みたい」
王族という身分をなくしたジェラルドは、騎士の職を続けられないかもしれない。
自由になった分、大変なことも多いだろう。
そう告げて少し申し訳なさそうに表情を曇らせるジェラルドに、エセルは首を横に振った。
「苦労などかまいません……。一緒にいられたら、どんなことだって平気です」
離れたこの地で、毎日無事を願っていたのだ。
遠い場所で悲しむより、どんな苦労でも側で共に助け合いたい。
どんなことがあっても側で寄り添いたいと思った。
「ジェラルドは、良い人に巡り合ったな。君たちの未来に幸多からんことを願うよ」
二人を見つめていた王太子が、優しく微笑んだ。
エセルは優しいこの隣国の王太子に、これまでのことを心から感謝をした。
翌朝、お世話になった人々に挨拶をして家を出た。
河港へ向かう前に、エセルは立ち寄りたいところがあるとジェラルドに申し出た。
いつも通っていた道を、今日が最後なのだと感じながら歩く。
野菜屋を覗いて中にいた女主人へ声をかけると、彼女は目を丸くした。
「まあまあ! もしかしてあんたの良い人かい?」
女主人はエセルの隣に並ぶジェラルドを見て驚いた。
エセルは照れたように微笑みながら、ジェラルドに彼女を紹介した。
「よくお世話になっていた方です。とても親切にしていただきました」
「そうだったのか。エセルが世話になったようで、心から礼を申し上げる」
ジェラルドが騎士の挨拶のような礼をすると、騎士になど慣れていないだろう女主人は驚いたようにつられて頭を下げた。
「訳ありそうだから、男でも待ってるんじゃないかっては思っていたけれどね。良かったじゃないか、無事に迎えに来てもらえて」
急に一人で暮らし始めたエセルに、やはり何かしら思う節はあったのだろう。
それでも、何も尋ねないで親切にしてくれた優しさにエセルは感謝した。
「でも育ちが良さそうだねぇ。もしかして身分で反対でもされたのかい?」
女主人はこっそりとエセルに尋ねた。
身分で反対されていたわけではないが、育ちが良いのは当たっている。
隣国の王族だったと知ったら、きっと彼女は飛び上がらんばかりに驚くだろう。
「実は、急なのですが、今日でここを離れることになったんです。それでお別れを言いに来ました」
「故郷に帰るのかい? 寂しくなるねぇ」
女主人は眉を下げてエセルを見つめる。
エセルは持っていた荷の中から取り出したものを差し出した。
「これを、感謝の気持ちとして受け取っていただけませんか?」
昨日エセルが徹夜で刺繍を施したハンカチを、女主人は大事そうに受け取る。
「良いんだよ。あんたは娘みたいなものだったさ。遠くに行っても元気でやるんだよ」
女主人はエセルを抱きしめると、肩をぽんぽんと叩きながら涙ぐんだ声で言った。
いつまでも手を振って見送る姿を、エセルは何度も振り返って別れた。
そして河港へと着くと、船はすでに準備が整っており、二人が乗るとすぐに出発となった。
隣国の河岸をゆっくりと離れる。
一年前も、こんな風に国へ戻るために船に乗った。
けれど、一度は着いた自国から、エセルは再び一人で隣国へと戻された。
ようやく、国へ帰ることができる。
遠くなっていく隣国の景色を見つめて、エセルは目元を抑えた。
「どうした?」
俯くエセルに気づいたジェラルドが、心配そうに声をかける。
「色々なことがあったと思って……」
これまでのことを思い出した。
ジェラルドと二人で河岸に流れ着いたこと。
倒れてジェラルドに看病されたりもした。
酔っ払い達から助けてもらったときの広い背中。
少しずつ会話をするようになり、ジェラルドのことを知っていった。
ようやく一度は国に着いたのに、再び独りだけ隣国に戻されてしまった日。
独りで知らない土地に残され、一日だって忘れたことはなかった。
誰かを想うということを初めて知った。
「今度こそ一緒に帰ろう」
「はい……」
ジェラルドはエセルの肩を抱き寄せた。
温かい胸に寄りかかりながら、エセルは遠ざかる景色に目を向ける。
見つめる隣国の河岸が、次第に滲んで揺れていった――。
ようやく帰ってきた王都はまだ混乱が残っていたが、それでも前向きに再建している様子だった。
一年前に河港で見た記憶では、人々が逃げ纏い黒煙があがっている景色だったので、エセルはそれを見てほっとした。
そこから馬車へと乗り換える。
王都から離れ、郊外への道を進む。
街中を抜けると、見える景色は徐々に草原へと移り変わる。
いくつかの丘を越えて、静かな村へと着いた。
馬車を下り、家畜たちの鳴き声が聞こえる中を歩く。
真っ直ぐに伸びる道に自然と足が早まる。
遠くに人影が見えると、エセルは声を上げた。
「――お父さん! お母さん!」
声に気づいた人影がこちらを振り返り、エセルは思わず駆け出した。
その背をジェラルドは温かい眼差しで見つめる。
エセルは真っ直ぐに駆け寄り、両腕を広げて両親と抱き合った。
「エセル! どこもケガをしていないか?」
「ああ、エセル! 顔を見せてちょうだい」
「エセルが戻ってきたのか?」
「お兄ちゃん!」
両親と兄の姿に、堪えていた涙が溢れる。
そんなエセルを家族は愛おそうに抱きしめて再会を喜んだ。
後ろから追いついたジェラルドに、その姿に気づいたエセルの父が頭を下げる。
ジェラルドも深く頭を下げた。
エセルの側に寄ると、涙が浮かんだ瞳で見上げて微笑みを向ける。
その表情にジェラルドもまた柔らかな笑みを浮かべた。
家族も嬉しそうに微笑む。
これからの日々も、こんな風に共に笑いあって過ごす日常が続くだろう。
それは長く思い描いた夢で、静かだけどきっと幸せな未来を思い浮かべた――。
ジェラルドは二日目の夜をどう過ごしたのか…
1ソファで眠った
2刺繍をしているエセルに一晩中つきあっていた
3気合いで乗り越えた




