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第37話 「第7章 5:もう一人の勇者」

 ナビーリアはガラハドに充てられた私室のベッドに転がりながら、今後の展望について思案していた。

 結末はもちろんのこと、そこに至る過程、そして目指すべき目標。

 現時点ではおおよそ想定したとおりに事態は進行していた。大きなズレは起きていない。目算の大きく逸れていた部分はあったものの、可愛い我が子と懐かしく愛しい子が、それをカバーしていくれていた。

 それは大きくも嬉しい誤算だった。

 だが逆に、それによる誤差は無視しにくくもあった。


 ──ガーちゃん……


 胸の奥に眠る男の名を、そっと胸の内で呟く。それだけで体の奥底から燃えるような想いが吹き上げてくる。

 この想いがある限り、たとえ種としての寿命を大きく超えているとしても、力尽きることはないだろう。

 しかし、なんとも皮肉なことだろう。

 地上に出てきて知ったことだが、魔界に住まう者たちは延々と争いを繰り返し、地上の征服を企てる悪しき者ばかりだと言われていた。もちろん、そういった連中は多かったし、ナビーリアはそれらを数限りなく叩きのめしてきた。

 だが実際はどうだ。それらを統べた者が、ただ一人の男のためだけに動いている。

 地上だろうが魔界だろうが、人と人という小ささで見れば、そこに何の違いもなかった。

 むしろ、地上の連中は平和ボケしてただただ無気力に生きているものだと、ナビーリアは思っていた。もちろん、それも違った。

 結局のところ、お互いを知らなさ過ぎるだけなのだろう。

 創造主が違い、住む世界が違う。ただそれだけである。表裏一体の存在に造られた、表裏一体の世界。そこにあるのは、ただの生でしかない。

 思考が混濁してきた、とナビーリアは思った。


「……歳を取るもんじゃないわ」


 顔の上に転がっていた腕を払い、ナビーリアは半回転してからベッドを降りた。無地のカーテンの隙間から、赤く染まった光が部屋に入り込んでナビーリアの陰を細長く作り出していた。

 地上の、こう光が変わっていく様が、ナビーリアは気に入っていた。

 魔王という立場を捨ててから、そういうものを見る余裕が出来た。

 しかし今は、それをゆっくりと楽しむ余裕もなさそうだった。


「……お客さんは、ドアから入ってくるものではなくて?」


 カーテンに浮かび上がる人影に、ナビーリアはそう言葉を掛けた。その人影は、バレていたことも想定していたのか、特に慌てた様子も見せず、大きな木枠の窓を蹴り破り、部屋へと入り込んできた。

 その人物は、ゆったりとした黒い衣服に身を包み、顔も同じ色の布で巻いて隠していた。ただ目だけが隠されておらず、そしてその目は忌々しげにナビーリアを睨みつけている。

 小柄なその闖入者は左手に剣を構えると、無言でナビーリアへ斬りかかる。

 ナビーリアは左手に魔力を這わせて硬質化させて、その剣を受け止める。この程度の侵入者に襲われることなど、魔界を統一する戦争中、何度もあったことだ。今更慌てふためくほどのことはなかった。

 甲高い音で剣を弾かれた侵入者は、いったん距離を開けてナビーリアを伺う。


「名前も名乗らないなんて、素敵なお客さんね」


 挑発するように、ナビーリアは指でかかっておいでとジェスチャーをする。だが侵入者は油断なくそれに応じはしなかった。

 じわり、じわりとすり足で距離を詰め、間合いを図ってくる。


「せめて、挨拶くらいは必要よね……こんにちわ、小さなお客さん」

「……こんにちわ──死ね」


 侵入者は作った声でそう応じるや、一気に間合いを詰めた。下からの斬り上げ、高く振りかぶる位置まで剣を振り上げると、それを真っ直ぐ真下へと振り下ろす。

 そんなコンビネーションも、ナビーリアには大した苦労もなく回避することが出来た。

 剣を扱う技量はそれなりにある。振りは鋭く、そして人を斬ることに躊躇いを感じてはいない。だが、背丈の低さと身の軽さから来る斬撃の軽さと、軌跡の読みやすさが、致命的であった。

 闇の精霊から与えられた大きな力を消失しているとは言え、元は魔王である。この侵入者と相対することは今のナビーリアでも十分に可能だった。

 身を低くして接近してからの斬撃、身の軽さを利用した左右へのステップとフェイント、それら全てが歴戦のナビーリアの想像を超えない。

 常に戦場で先頭に立ち、様々な強者と対峙してきた。

 その戦いの中で研ぎ澄まされてきた感覚の刃は、あまりに幼すぎる剣術に対して余りあるほど余裕すぎた。

 硬質化させた左手一本で、侵入者の攻撃を防ぎきり、服の一枚、髪の一本すら、その剣に触れさせることはなかった。

 侵入者は、攻撃がまったく届いていないことに焦りを感じ始めているのが、その目にありありと映しだされている。暗殺者としての訓練を受けたことはないようだ。感情が目に現れすぎている。

 なんらかの使命を受けたのか、はたまた使命を持ったのか。


「……舐められたものね。この程度で、私が殺せるとでも思っているの?」


 ナビーリアは数歩分一気に距離を開けると、侵入者との間に魔法陣を広げた。魔法陣から漆黒の鎖が五本ばかり湧き出し、侵入者を襲う。右へ左へとその鎖をコントロールしつつ、ナビーリアはまるで訓練でもしているかのような戦いの中でこの人影の素性を洗っていた。

 侵入者は懸命にその鎖を避け続けていた。時に剣で弾き、蹴りで殴りで跳ね返す。


「なるほど、だいたい分かったわ」


 ナビーリアは死角から鎖を向かわせると、それを回避する方向の死角、さらにそれを回避する方向の死角へと鎖を這わせる。次々と死角から襲い来る鎖に、やがて侵入者は捉えられた。

 両手両足、そして首を締め付けられた侵入者は、魔法陣の上で空中に固定された。懸命に抜けだそうともがき続けているが、魔法陣から湧きだした鎖はその程度で緩んだりしない。


「……貴方、光の精霊の力に覚醒しているでしょう。その力を使わないのは、手加減でもしているつもり?」


 そうナビーリアが看破すると、侵入者はすっと動きを止めた。


「──フン」


 侵入者は鼻を鳴らすと、全身に力をこめ始めた。じんわりと眩い光がその体を包み始め、やがてその光に侵食されて鎖がその形状を保ちきれずに崩れ落ちた。真下にあった魔法陣も、それに合わせてかき消された。

 侵入者の体からも、光は薄くなって消えていった。


「なかなか強い光ね。勇者として覚醒してから、そこそこの時間は経ってはいるのね。ただ、実戦経験が圧倒的に不足している」


 冷静に分析結果を告げるナビーリアに向け、侵入者は剣を向けた。


「そして、今この世界に勇者と名乗りを上げているのは、ガラハド一人。つまりあなたは……その力に目覚めていながら、目覚めていないふりをしていた」


 侵入者はナビーリアに向けた剣を鋭く突き出す。ナビーリアの体を貫こうという瞬間、ナビーリアはそこから消えていた。

 ハッとして部屋を見回すと、侵入者の背後でグラスに酒を注いでいる姿を見つけた。


「不思議な話ね。勇者にはなりたくなかった……いえ、それを知られたくなかった、ということかしら」

「──黙れ」


 剣を構え直した侵入者は、再びナビーリアに肉薄して斬りかかる。だがナビーリアは、左手でその剣を受け止めて握りしめた。


「光の精霊の力を剣に移せないの? あらあら。それじゃあ……魔王は殺せないわよ」


 ぞわ、っと背筋を貫く悪寒に、侵入者は剣を手放してその場から離れた。瞬間、ナビーリアの目の前に闇の炎が吹き出し、剣は炎に包まれて一瞬でドロドロに溶けて床に流れていった。


「ふふふ、いい判断ね。だけど……愚か」


 ナビーリアは右手で複雑な印を結ぶと、液状化した剣を目の前に浮揚させて、それをいくつもの小さな針へと形を与えた。そして、それを侵入者に向けて鋭く飛ばした。

 侵入者はギリギリでその針を回避し、真っ直ぐに突き進んだ針は侵入者の背後の壁に大きな穴を穿った。

 ナビーリアはさらに針の向きを変えて侵入者を狙い撃つ。


「そんなに避けちゃ、可哀想よ。元は、貴方の剣なのだから」


 元の持ち主に大きな風穴を開けようと、針は部屋を舞いながら侵入者を襲い続ける。回避を続ける侵入者は、ナビーリアへ近づくことも出来ず、ただ狭い部屋の中を飛び回り続けるだけだった。


「光の精霊も残酷ね。こんな小さな──女の子に、その力を覚醒させるだなんて」


 侵入者は、一瞬の隙を付いてナビーリアへと直接その拳を叩き込んだ。だがその隙は……ナビーリアがわざと見せたものだった。いとも簡単に、ナビーリアは侵入者の拳を受け止めた。


「残念。それは私が作った隙なのだ、と」


 予定通りに、ナビーリアは拳を掴んだ手を振り回すと、壁に向けて投げつける。

 いくつもの大きな穴の穿たれた壁は、その衝撃に耐え切れず、ゆっくりと廊下へと倒れこんだ。もうもうと沸き立つ土煙に、針が飛び込んでいく。

 視界の狭い中で、侵入者は懸命に針を避け続けていた。

 だが、死角から迫った針がついにその頭部を掠めた。頭を大きく揺らされて、侵入者はその場に屈みこむ。

 煙の晴れた廊下に、燃えるような赤い髪の少女が、その顔を晒していた。


「……やっとご対面ね」


 そのナビーリアの言葉に、侵入者はハッとして顔へ手をやる。そこに撒かれていたはずの黒い布はボロボロになって、足元に落ちていた。


「では改めて挨拶をしましょうか。貴方の大好きな、魔王アーデライト・アルタロス……その母、元魔王のナビーリア・アルタロスよ」


 ナビーリアは少女に向けてニッコリと微笑んだ。


「よろしくね、勇者ミランダちゃん」


 ミランダは、正体を看破してきたナビーリアをきつい視線で睨み付けた。


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