第38話 「第8章 1:勇者が再びやってきた」
にわかに慌ただしくなった城内を、ニャルガは駆け回っていた。
先日追い払ったばかりの勇者が、再び魔王の城へと攻めこんできたのである。
その姿を見ただけでカナリアは半狂乱してアデルにぴったりしがみつき、まったく役に立ちそうにない。いつも無言のドガには部隊をまとめるように申し付けて城門前へ向かわせ、中庭ではフランに龍の氏族と空の氏族をまとめさせている。
ニャルガは城内に配するそれ以外の氏族への指示出しに奔走していた。
何しろ、参加する氏族が多い。その取りまとめだけでも一苦労だった。
それを押し付けられた形になったニャルガではあったが、それをカナリアへ文句をいうわけにもいかなかった。あのカナリアの姿を見せつけられてしまっては、何も言えない。
勇者を通らせるための道を考えつつ、ニャルガは各氏族の配置を進めていた。
先日の戦いで、龍と乗り手にも多くの被害を出したため、フランは怪我人を集落へ送り返して、代わりの人員と龍とを送らせていた。そのおかげか、あの戦いのような格好の悪い戦いを繰り返さなくても済みそうだった。
フランは一人の若者を選んで、その若者に部隊を整えさせていた。先だっての戦いで目覚ましい活躍を見せ、この戦いに参加出来る程度の軽傷だった若者である。いずれ族長の座を継いだ時に、代理を任せられる器であるか、フランは見極めようとしていた。
まだまだ荒削りではあるが、次の世代を担う存在になってくれることだろう。
編成を進めていく若者を空から見下ろしつつ、フランは考えていた。
おそらく、勇者にはまた城内に入り込まれるだろう。これだけの部隊を用意していても、抑えきれるとは思っていない。その点はニャルガとも話をしている。
だから、それまでにどれだけの消耗をさせるか。これはそういう戦いの準備だった。
そして。
フランは城の裏庭へと目をやる。早い所、この勇者を叩きのめさなければ、子どもの事を考えるのも難しい。今頃、畑で順調に育っているのだろうか。それがとても楽しみである。
そのことを聞く度に、魔王はとても微妙な顔をするし、カナリアはあざ笑うような顔をするし、ニャルガはわざとらしく表情を固める。ドガはいつもどおり何を考えているのかが分からない。
世代交代。
ニャルガが言っていた。この戦いが終わるのに合わせて、それを考えるべきだと。
魔王は弱いままだし、各氏族の族長には老齢と言える年代も多い。魔王が勇者に殺されたとしても、それは仕方のないことだ。だが、それをきっかけとして勇者に魔界をぐちゃぐちゃにされてしまう可能性もある。その時、跡継ぎがいないと騒ぎ立て、ついには氏族の消滅すらあり得るのだ。
考えることが多い。だが考えることはとても面倒なことだ。
フランは頭に手をやって髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。面倒なことは、あとで皆に相談しよう。
だから今は──目の前の戦いに集中しよう。
フランは手綱を握り直すと、氏族の元へとハイゼンを降下させた。
ドガは城門を硬く閉じて、その前にどしっと座り込んでいた。それを半ば囲むように、氏族の若い衆が座っている。
いつものように、ドガは口を開かない。
それはドガの悪いクセだったが、どうにも言葉を出すことは苦手だ。
若い衆はドガが無言であることに萎縮しおり、時折目を開いて見つめると、まるで睨まれたかのように若い連中は身をビクッと震わせて居住まいを正す。
「アニキ……勇者って強いんスカ」
若い連中の中で、この戦いに向けて集落から引っ張ってきた者の一人が、そうドガに尋ねた。
ドガは無言で頷く。
「そうなんスカ。けど、鬼の氏族がこれだけいれば、大丈夫っスネ」
ドガは首を振る。
「……まじスカ。初めての戦争なんスヨ。頑張るっス」
ドガは首を振った。
「そうスカ。わかりやした」
人懐っこいこの若者は、まだ集落から出せるほど強くはなかった。だが、それでも鬼の氏族の権勢を示すためには一人でも多くの者を送り出す必要があると、バルドスは言う。
人数は集めた。あとは、若者たちをなるべく死地に向かわせないようにするのが、ドガたち大人の仕事だった。
副官のポジションを任せた者へドガは視線を送ると、その副官はやはり無言で頷いた。
言葉を使わなくても意思が伝わるのは、とても楽だった。
様々な準備を行いはしたが……勇者はそれ以上に厄介な存在だった。
ドガは、勇者の接近する気配を感じ取ると立ち上がり、鬼の氏族へと指示を出す。若い衆を含めた鬼の氏族たち、そして城門前の戦いに参加する各氏族たちが、こぞって勇者の元へと駆け出していく。
「うへぇ。前より数増えてるじゃねーか」
いくら一人あたりがガラハド自身より弱い者であるとはいえ、多数に無勢である。前の敗北で、ガラハドは学んでいた。魔王の元へとたどり着くことそのものは難しいことではない。ただ無駄に力を使って消耗した結果、魔王に負けては意味が無い。
なるべく力を温存しつつ、持てる力を使って魔王を確実に仕留める。
だからガラハドは迷わずに体中に光の力を湧き上がらせた。
一気に殲滅し、魔王の元へ一直線に駆け抜けるため。それが、一番効果的でリスクの低い方法だと判断した。
体中に光の精霊の力が集まっていく。ガラハドは剣を抜いて高々を掲げると、その光を剣に纏わせる。天を貫くが如く、ガラハドを中心として巨大な光の柱が、魔界に立つ。
力の消耗と多大な集中と無防備になる時間の長さが、この攻撃の最大の弱点だ。だから、今しか使えない。立ち上る光の柱を、ガラハドは今度は迷うこと無く魔王の城の尖塔に向けて、振り下ろした。
光は、向かい来る魔界の兵を、城壁を、城を飲み込むようにゆっくりと地面に向かって倒れていく。
土が地面から剥がれで巻き上がり煙となって立ち上る。城壁を形作る石材が粉々に崩れていく。バランスを失った城の一郭が大地へ落下していく。
魔王ごと巻き込めているといいのだが……とガラハドは失せていく光と巻き上がる土煙の向こうに目を凝らす。
やがて、大地に穿たれた一本の道が少しずつ見えるようになっていく。その先には──形をほぼ残した城が、どっしりと構えている。
「まじかぁ……」
さすがは魔王の城、ってところかと独りごちると、圧倒的な力を魅せつけたにも関わらず、向かってくる連中が多数いた。
ある程度削りながら、城へ向かうことに決めてガラハドは剣を構えて走りだした。
轟音を立てながら激しく揺れる城で、アデルは玉座をしっかりと握りしめ、床に足を踏ん張って、揺れが収まるのを待ち続けた。
カナリアは顔を青くしながら、より一層アデルに強くしがみついてくる。大きく膨らんだ胸がアデルの顔を埋め込み、アデルはとてもイヤそうな顔をしながら、それに文句を言えず耐え続けた。
やがて、ゆっくりと振動は収まっていき、アデルはそれを確認して体を弛緩させた。
「ふぅ……もう来たようだな」
カナリアはそれでも頑なにアデルを抱きしめたままだった。
「カナリア。いい加減離れてくれ」
「イヤです」
「……しがみつかれたままだと、勇者が来ても何も出来ずに殺されるだけだぞ」
「アデルと一緒なら、それでも構いません」
「俺が構うよ!」
アデルは、しっかりと握りしめられた指を一本一本剥がして、カナリアを放り出した。
「──アデル!」
駆け寄って抱きつこうとしてくるカナリアの頭を抑えながら、アデルはゆっくりと、そしてしっかりとカナリアを窘める。
「カナリア。みんな、必死に頑張ってるんだ。だから俺は、死なないように頑張らないといけない。だからお前も、そのために頑張ってくれ。戦え、とは言わないけどさ」
頭を撫でてやりながら、優しい声音でカナリアを諭す。
「……イヤ」
「ダメ」
不貞腐れた顔をするカナリアへ、アデルはきっぱりと言った。ここで甘やかすことが、間違いなく一番ダメなことであることを、直感的に察していた。
様々な音が、城内に響き渡ったのは、ちょうどそのタイミングであった。金属同士の擦れる音、断末魔の叫び、崩壊する建物の音……
「……城、作りなおさないとダメかもしれんね」
「小さな、私とアデルだけしか入れない城を作りましょう」
「ダメだから。ニャルガと、ミランダと……あと何人かは入れないと」
「そういう小さい子は要りません。ああ……私達の子どもが居る場所は必要ですね」
いつもの調子を取り戻しつつあるカナリアに、アデルは少しだけ安堵した。
勇者が再びやってきた、と聞いた瞬間のカナリアは、あり得ないような悲鳴を上げて取り乱した。あのカナリアより、このカナリアのほうがいい。もちろんアデルは、そんなことを口には出さないが。
勇者が叫ぶ声が、どんどん近づいてきた。もうすぐ、この広間にもやってくるだろう。
落ち着きを取り戻したカナリアは、スカートの中から漆黒の刃を持つ剣を取り出した。
「この剣、どうやらアデル以外にはまともに扱えないようですから……でも、使わないで済むに越したことはありませんが、念のために持っておいてください」
アデルがその剣を受け取ると同時に、広間の大扉が大きな音を立てて開いた。勢いがありすぎたのか、ストッパーを吹き飛ばして、扉が激しく壁に打ち付けられ、蝶番ごと吹き飛んで、ドアが倒れた。
もんどり打ちながら転がって入ってきた勇者を、ドガの拳が打ち据えて、アデルの元まで転がした。
多量の返り血を浴びた頑丈そうな鎧のそこかしこが、ボコボコになっていた。
「ぐぅ……魔王、覚悟ぉっ!」
剣を床に突き立てて、勇者は足をガクガクさせて立ち上がりながら、そう言った。




