第24話 「第5章 4:獣の氏族からやってきた使者」
ドガの話を聞いてからほどなく、獣の氏族から使者が魔王の元を訪ねてきた。
アデルは玉座にどっしりと腰掛け、カナリアはそれに寄り添い、その反対側にフランが武装して立っている。ドガは鬼の氏族代表であり獣の氏族を呼び出した側として、使者を玉座の広間へと誘うと、その横の壁に寄りかかっていた。
それが、魔王軍の総戦力であった。
幸いなことは、龍の氏族も鬼の氏族も、魔界では名の知れた武力に秀でた氏族であることだった。
獣の氏族の使者はマントで全身を包み、フードを深々とかぶって顔を隠していた。ドガと並んでいた時に小さく見えたのは、鬼の氏族が大きすぎるだけかと思っていたが、単身玉座に頭を垂れる姿も、小さく見えた。
獣の氏族は様々な獣の姿を映した氏族であるため、小さいその体躯に騙されると痛い目を見ると言われていた。きっとこの使者も、そういった者の一人なのだろうとアデルは考えていた。
このサイズで、可愛らしい外見をしていたりしないかな、と期待して見ているが、それはカナリアにお見通しだったようで、小声で「変なことを考えないように」と釘を刺されてしまった。
「よく参られた使者殿。魔王アーデライト・アルタロスである」
なるべく頑張って尊大な気配を出しては見たものの、アデルの貧弱さは魔界のあちこちに見聞されているため、どれだけ効果があったかは分からない。ただ、この使者はそれに身を固くしたりすることはなく、普通の挨拶に受け止められてしまったような感がある。
「獣の氏族を代表して参った。魔王殿に於かれては謁見のご高配に感謝いたす」
「……」
堅いな、というのがアデルの第一印象だった。フランにしろドガにしろ、こうした全うな謁見を行った訳ではなかったから、これが普通であることを失念してしまっていた。
「鬼の氏族よりの要請を受けはしたが、正直に申し上げればその要請のみであれば、力をお貸しすることは断るいうのが獣の氏族の結論だったが……」
そこで使者はいったん言葉を区切り、しばし考えてから続きを口にした。
「先日、魔界に入り込んだ勇者によって集落が二つばかり襲撃され、多くの犠牲を払った」
その報告にアデルはカナリアを見上げたが、カナリアも初めて知ったようで、顔を強ばらせながら首を振った。
「そうか……」
獣の氏族は、単体戦力としてみれば龍の氏族や鬼の氏族とは比べ物にならないほど弱い。だが繁殖力と成長の早さを生かした集団戦闘によって、それらの部族と渡り合うだけの力を有している。一集落を落とすには、鬼の氏族や龍の氏族でも、それなりの戦闘単位を用意しなくては厳しいだろう。
だからこそ鬼の氏族は獣の氏族と友誼を深めている。お互いに、争うことで多大な被害を出しあうことが過去幾度もの戦さで判明しているからこそ認め合っている間柄であった。
「如何に勇者とはいえ、獣の氏族の集落を落とすなど並のことではなく。その報告を受け、獣の氏族は魔王殿の傘下に加わり正式に庇護を求めることを決定いたしました」
「……分かった。直ちに勇者の動向を調査すると同時に、獣の氏族を魔王の傘下として迎えよう」
「感謝いたす魔王殿。既に他氏族へ使者を向けており、此度の勇者、おそらくは魔界に於いては先代魔王以上の脅威となるものと見ております」
それはつまり、分裂したままの状態では各個撃破の対象となってしまうということだった。
「それは助かる。だが、それで魔王に与する氏族があるだろうか」
「……ハッキリと言えば、多くて二つあればいいほうでしょう」
「なるほど。まあ、警鐘を鳴らすことが出来たと考えれば悪くない」
「魔王殿は随分と楽観的ですな」
「まあ、そう簡単に仲間になってくれるとは思ってないからね。評判の悪い魔王としては」
肩をすくめたアデルは、誰かフォローしてくれるかと期待していたが、誰もフォローしたりはしなかったので、とても落胆した。
「そんなことはない、までも言わなくてもさ、これから頑張ろうくらいは言ってよ」
「アデル。残念ですが、そんな未来が来ないのでフォローのしようがありません」
バッサリとカナリアに切り捨てられたアデルであった。
「なかなかに仲の良いコンビでありますな」
使者はフードの奥に顔を隠したまま笑い声を上げた。釈然としないと思いながらも、アデルはそれを受け入れるしかなかった。
「使者殿。配下に加わることになったんだし、顔くらい見せてくれてもよくない?」
硬い雰囲気が終わったことを察して、フランはあっけらかんとそう言った。
「ああ、そうだな」
使者はすっと立ち上がると、フードと一体化したマントを身から剥がした。そこから現れたのは、見た目の幼い少女であった。アデルの胸元に届くかという程度の背、顔立ちは幼く、その肢体は野生の獣のように靭やかで、その頭頂にぴょこんと三角の耳が突き出ている。
急所のみを覆う防具を身につけたその姿は、女性らしいオウトツに恵まれてはおらず、ともすれば幼い少女とも言えた。
薄い体毛が全身を覆っているのが、獣の氏族の者であることを雄弁に主張していた。
「──!」
「──!」
「──!」
アデルが、カナリアが、フランが、その姿を見て驚き、息をつまらせた。
ドガは分かっていたのか神経が図太いのか、まったく動じた様子を見せない。
アデルは、その姿がまさに自分好みだったことに喜び、鼻の下を伸ばしていたが、いつもはそれを咎めるカナリアは、アデルを見ていなかった。
「ニャルガ様!?」
カナリアが驚愕しつつ、そう尋ねた。
「カナリア、知っているのか?」
「……アデル。貴方もお会いしたことがあるはずですよ」
「いや……こんな素敵な女の子、会ったことがあれば……いや、待てよ……ニャルガ……?」
「ああ、そうか! ニャルガ様か!」
フランにもその少女の正体が分かったようだった。
「獣の氏族、族長ニャルガ・ニャルクスと申す。魔王殿、ご無沙汰しておりますな」
その正体を聞いたアデルの脳裏に、幼い頃に出会った少女の姿が瞬時に浮かび上がった。
「あ……ああ、思い出した。城に遊びに来た時に、何度か会ったことがある」
記憶の中に残っている少女と、目の前の少女の姿が重なった。あれから長い年月を経ているはずなのに、ピッタリと外見が一致する。
アデルは熱に浮かされたように玉座を降りると、一歩一歩、ニャルガに向かって歩き出した。その前まで歩み寄りと、片膝を付いて顔の高さを合わせる。
「久しぶり……か。すっかり忘れていたよ。うんうん、あの頃とまったく変わらない。とても魅力的だ」
「にゃあっ!? ま、魔王殿、いきなり何を」
アデルがニャルガを口説き始めたと認識したカナリアはすかさずアデルの頭を叩くが、アデルはそれを気にもとめず、ニャルガの両手を胸元に持ち上げ、それを両手で包み込む。
「覚えているかい? あの頃、大きくなったら嫁に来てくれるって約束したよね」
「し、してない……」
「覚えていないのか。まあ、無理もないかな。まだ小さかったしね」
「いや、もう百年以上この姿だが……」
熱に浮かされたようなアデルはニャルガの言葉を聞きもせず、ただただ思いの丈をぶつけていく。
動きを止めないアデルを叩き続けるカナリアは、それでも止まらないと察すると、大きな金属の塊をスカートの中から取り出した。
それを見て、フランが慌ててカナリアの背後から羽交い絞めにする。
「さすがにそれは駄目だって。魔王ちゃん死んじゃうぞ」
「アデルを殺して私も死にます。フラン、離さないと貴方を先に殺しますよ」
すぐ近くでそんなやり取りをしていることにすら、アデルは気付かずにニャルガに詰め寄っていく。
「とても綺麗だ。可愛い。素敵だ。可憐だ。キミと、ずっと共にありたいと思うのは、行けないことかな」
「ニャアーッ!? ま、待ってくれ魔王殿。落ち着け、こんなナリの女に何を言っている」
「ダメだよ、ニャルガ。そんなことを言ってはいけないよ。キミは、キミの考えている以上に魅力的で素晴らしい女の子だ」
「や、やめてくれ……」
ニャルガはアデルから全体的に赤くなった顔を逸らしながら、力なくそう言った。
「やめない。いいよ、って言ってくれるまで言い続け──」
仕方なく鈍器を手放してフランの制止を振り切ったカナリアが、アデルの首を一瞬でキメて意識を断ち切った。
「……はぁ、はぁ……」
ニャルガはへたり込みながら、倒れこみながらも手を離さないアデルを見下ろしながら大きく息をついた。
「なあ、カナリア。魔王ちゃんて……」
「ええ、ロリコンです。それも真性の」
カナリアは冷たくそう言い放つと、気を失ったアデルを抱え上げた。




