第六章 ⑤①
巻男に再び巻き上げられた人達は総勢、12人だった。その中には乳母車を持った母親らしき人物もいた。
勿論、乳母車の中には子供が乗っていた。
その人達は僕の方へ向かって整列させられていた。
そろそろ巻男が「はい」と言う頃だった。
「いってらっちゃ。はい」
新たな言葉が追加された事も驚きだったが、それ以上に目蓋を開いた先は穴ではなく、ちゃんとした瞳が存在していた事だった。
穿たれた暗闇でもなく、ムカデやゴキブリが蠢く穴でもなく、そこには人としての慈愛に満ちた柔らかな瞳の輝きがあった。
巻男の追加の言葉から察するに、この人達は何処かへ向かって行くようだ。巻男が言葉をかけ、そして見送った。この違いが何かは僕にはわからなかった。
「すきなところ いいよ」
巻男の言葉で列をなしていた12人の人達は途端にバラバラになり、それぞれがゆっくりと僕と重美さんが捕らえられている球体の下を通過して、やがて消えて行った。
「おわる。きょう 巻男 おわる」
「ちょっと待って!巻男くん、終わる前に僕と重美さんをここから出してくれないか?」
「でるのもらくだよ。だすのはらくだよ。でるのもらくだよ。でるのがらくだから だすのもらくだよ。だからでるのがらくだよ」
巻男は言ってそのまま地べたに大の字になった。数秒も経たない内に大きなイビキをかき始めた。
そんな巻男に幾ら声をかけても駄目だった。無駄だとわかっても、声をかけずにはいられなかった。
声を出し過ぎて喉が枯れた頃、つなぎの泉で汲んだ水が飲みたいと思った。すると突然、目の前にバックパックが現れた。
1人でにチャックが開き中から樽と柄杓が出て来た。樽は透明人間に持たれているかのように蓋が開き柄杓で水を救った。
空中に浮いた柄杓が僕の方へ向かって来る。汲んだ水が溢れないようにだろう。動きは緩やかだった。
口元に近づくと勝手に包帯が解けて行った。そこに柄杓が添えられ僕はゆっくりとつなぎの泉の水を飲んだ。
飲み終わった後、僕はどういう事だ?と思った。飲みたいと思っただけで何もかもが勝手に動き出した。ひょっとして巻男が言ったのはこういう事なのだろうか。
「でるのはらくだよ、でるのもらくだよ」
つまり僕が水が飲みたいと願ったように、鉄球から出るには願えばよいのか?出して欲しいと頼むのではなくて、自分がどうしたいか願えばその通りになるとでもいうのだろうか。答えは水で出ていた。僕はこの鉄球の中から出たいなと願った。
と、同時に巻男の側に立つ重美さんの姿が視界の隅へ入って来た。
細かな網目の鉄鋼が徐々に広がりを見せ始める。
「重美さん!」
僕の呼びかけに重美さんは振り返りこちらを見上げた。柔和な笑みを讃え僕を見つめていた。
生きてて本当に良かった。
「先に行ってるね」
重美さんはいい、既に網目が大きく広がった鉄球の下を重美さんが通過していく。
「待ってください!」
その声も虚しく、重美さんは闇の奥へと消えて行った。
追いかけなきゃ。そう思った僕は吊られたワイヤーを下まで下げる事と包帯が解ける事を願った。その通りになると僕はチラッと巻男を見てから重美さんの後を追いかけたいと願い、重美さんが消えて行った方へ向かってこの足を進めて行った。




