第98話 「…私が行くよ!」
ついさっきまで転点高校のグラウンドでは、真っ赤に燃えたナインちゃんと氷を操る女の子が激しい戦いを繰り広げていた。アノレカディアでの大会を観ていなければ、私は幻覚を疑ったかもしれない。
女の子がいなくなり、傷だらけの黒金君達が生徒会の人達に校舎へ運び込まれるのを私は見ていた。
「ナインちゃん!光太君に何があったの!?」
「ユッキー…ごめん。今急いでるんだ」
ナインちゃんに尋ねても何も教えてもらえなかった。
戦っている時、彼女の足がなかったように見えた。しかし足はちゃんとある。
気のせいだったのかな…
単端市の市街地に魔獣が大量発生したあの日から、何かこの世界で良くない事が起こっている。それが分かっているのに、私は何も出来ずにいた…
「はぁ…」
屋上農園の植物は世話をする時間がなく、枯らしてしまった。新しく育てる種もなく、買いに行こうにも街は壊滅状態だ。
いつになったら校舎に閉じ込められたような生活が終わるんだろう。
「なんかもう…やになっちゃったな…」
どうして魔獣は現れるんだろう…確か本来はアノレカディアに出現する存在で、それがこの世界に現れてるだけなんだよね。
「こんにちは、灯沢さん」
「えっ…水城さんだっけ?」
声をかけてきたのは、違うクラスの生徒の水城星河さんだった。派手な人という印象が強い女の子だ。
「何か悩み事かしら?飛び降りるんじゃないかって心配でついて来ちゃった」
「そんなに元気なさそうに見えた?」
「えぇ。まあ無理もないわね。急に日常が奪われたのよ。平気でいられる方がおかしいわ」
目の前に広がるのは魔獣によって壊滅させられた街。今まで眺めていた景色はもうない。
「仮設住宅や食糧といった支援もない。全く、政府は何やってるのかしらね。お母様とは連絡が取れないし…」
「さっきね。黒金君が凄い傷だらけだったんだ」
「光太君が…」
「ナインちゃんも戦ってた。生徒会の人達も傷付いてた…一体この世界で何が起きてるの?」
「灯沢さん。知らない方が身のためよ」
「水城さんは何か知ってるんだよね。立ち入り禁止の地下に出入りしてるのを前に見たよ。ねえ教えてよ。みんなは何と戦ってるの?」
「…魔獣よりも厄介な存在…悪人ね」
「警察は?自衛隊は?こんな酷いことになってるのに、どうして誰も来ないの?」
「彼らじゃ太刀打ち出来ないぐらい強いのよ…」
「そうだ。お前達は無駄な抵抗をやめて、大人しく世界の滅亡を待ってくれると助かるのだがな」
な、なにあれ!?男の人が空に浮いてる!
ジャラジャラジャラジャラ…
周りから金属製のチェーンが蛇のように現れた。水城さんは私の前に立ち、男に右拳を向ける。空に浮いている男は彼女に銃を向けた。
「アン・ドロシエルの障害になる存在は全て排除する」
「銃を持った男…あなた、話に聞いてた七天星士ね」
「その通りだ。俺の名前はニックル。この世界の破滅を望む男だ」
この二人は何の話をしているんだろう。とにかく、ナインちゃんを呼ばないと…
「あれ?ネットに繋がらない!なんで圏外になってるの!?」
「ふふふふふ!ははははは!俺の中に宿る魔獣の力だ!」
「ここで倒す!」
水城さんが人差し指を立てると、凄いスピードで男の元にチェーンが向かっていった!
ガギィン!
途中まで勢い良く上がっていたチェーンは、まるで何かにぶつかったみたいに方向が変わって、地上に跳ね返って来た。
「圧倒的な俺の魔力は中途半端な攻撃を弾き返す!そんな鎖では俺を倒す事は不可能だ!」
「魔力を放出するだけで攻撃を弾くなんて…」
私は逃げようと塔屋に走った。しかし扉が開かず、逃げることができなかった。
「おっとそこの女、お前も逃がさないぞ。ついでに殺してやる」
「嫌だ…死にたくない!…」
バン!バン!バン!
銃声がして私は思わず耳を塞いでその場にしゃがんだ。
どうしてこんなことになったんだろう…助けて…黒金君…!
「逃げるわよ!」
そんな怯えきった私を抱えて、水城さんは屋上から飛び降りた。
「キャアアアアアアア!」
そのまま地面に身体を打ちつけると思いきや、彼女は空中に張り巡らされたチェーンを猿のように伝って、グラウンドに降りていった。
地上に降りると、水城さんは私を茂みの方に投げ入れた。
「隠れていなさい…」
「まずはお前から殺してやろう」
水城さんは校門へ走っていく。宙に浮く男は水城さんを追って、学校から離れていく。
「助かった…」
「ユッキー!大丈夫!?」
茂みから出た。ちょうどその時、ナインちゃんが慌てた様子で校舎から出てきた。
「邪悪な魔力を感じたけど何があったの!?」
「変な男が銃で襲って来たの!それで水城さんが囮になって、学校から離れていっちゃって…」
「光太が言ってた七天星士か…加勢したいけど魔力がまだ回復してないし…会長があの状態じゃハンターズは動かないだろうな…」
「…私が行くよ!」
「ユッキーが!?危険だよ!」
「でも水城さん一人でなんとかなる相手なの!?」
「それは…でも危険だよ!ダメだ!」
私はさっきまで怖がっていた。なのに今、水城さんを放ってはおけないという気持ちが恐怖心に勝っていた。
さっき、男を学校から遠ざけた水城さんの姿を思い出す。とても勇気のある行動だった。
私も怯えているだけじゃダメなんだ。日常を取り戻したければ、この荒んだ非日常を作り出した敵と戦わないといけないんだ!
「…なら行こう。僕と一緒に戦ってくれ!」
「うん!」
ナインちゃんは私をお姫様抱っこで持ち上げて、水城さんがいる場所へ走り出した。