第93話 「あんまり無茶しないでよ!」
空中にいるお兄ちゃん達は丸一日、休むことなく魔獣と戦い続けていた。
グラウンドに立つ僕はそれを見守る以外にやることがなかった。狼太郎の訓練までは時間がある。ランニングでもして来ようかと思った時だった。
「ナインおはよう」
「おはよう」
アパートから光太がやって来た。相変わらず、生徒会から貸してもらった個室は使ってないみたいだ。
光太には魔法の杖を貸して避難者の世話を任せている。丸一日働かせることで、魔力の増強トレーニングになっているはずだ。
正直、そのレベルの事を特訓と偽ってやらせているのは申し訳ないと思う。狼太郎の方が終わったら、超人モードの事とか色々やるって約束したけど、まだ時間が掛かりそうだ。
それでもきっと無意味じゃないから頑張ってほしい。君が凄い人間だって僕は信じてるから。
「…じゃあ俺、避難者の手伝いに行かないといけないから」
「うん、それじゃあまた──」
そうして光太が隣を過ぎ去ろうとした時だった。遠くの方から強い魔力を感じた。
「待って!魔獣を感じる!」
「空にいるやつらじゃないのか?」
「バリアの外。西南西の方角だ!行こう!」
「よし、分かった」
戦うこと自体久しぶりな気がする。けれど僕達ならきっと大丈夫だ。
すぐに転点高校を出発。魔獣の魔力は少し離れた場所にある小学校から感じていた。
校舎は崩れていて誰かがいる気配はなかった。広いグラウンドもあって、戦うのにはちょうど良い場所だ。
「誰もいないぞ」
「魔獣の姿もない…確かに力は感じるんだけどな…」
「よう」
突然、僕達以外に誰もいなかったグラウンドに、見覚えのある少年が現れた。
「ヨウエイ…」
「アン・ドロシエルと一緒にいたやつ!あいつは天音と同じ七天星士だ!」
「彼は僕が通ってたネフィステイア学園の優等生だよ。前にも一度襲われた事がある!」
以前アノレカディアで彼と戦った時、強力な魔力を感じた。それの正体が今ならハッキリと分かる。
ヨウエイの中には魔獣がいる!彼は魔獣人に変身が出来るんだ!
「サヤカはどこだ」
「リーフ・ワンド!」
光太が杖を振り、縁に切断力を備えた葉がヨウエイに飛んでいった。
「気を付けて!あいつが天音と同じなら、魔獣の力以外にもユニークスキルがある!」
仲間が来るまで守りを強めに立ち回ろう。そう伝えようとした時、光太は真っ直ぐ走り出していた。
「やってやる!」
光太が抜いた杖から煙がモクモクと吹き出し、さらに別の杖からは眩しい光が発生した。
「光太!危ないよ!」
ドガン!
そして殴られたヨウエイが煙の中から飛び出して来た。
「どうよ二連続目隠しコンボは!」
「あんまり無茶しないでよ!」
ユニークスキルを使わせないで倒す!そういう作戦か!
僕はヨウエイのぶっ飛ぶ方向に先回りし、力強く空中に蹴り上げた。
ハンターズに造って貰ったこの義脚、GPSが付いていたこと以外は完璧だ。頑丈だしちゃんと動けるぞ。
「ナイン!こいつを使え!」
ファーストスペルによって僕のパワーが上がる。そして光太が投げて来たのはブラスト・ワンドだった。
「ナイン!撃て!」
「ブラスト・ワンド!ショット!」
ブゥオン!
宙に浮いて無防備なヨウエイに衝撃波を撃ち込んだ。あいつの関節部分がバッキリと、限界を超えて曲がっていることからその威力が窺える。
あんまり使ったことなかったけど凄い威力の杖だな…僕がファーストスペルで強化されているから、それも影響しているのだろうか。
やっぱり君は凄く頼もしいよ。
「底辺のサキュバスがサヤカみたいに魔法使ってんじゃねえぞ」
「ナイン気を付けろ!」
まあ、あれで倒せるほど楽な相手じゃないよね。
「見せてやる…ウオオオオオ!」
ヨウエイの身体が銀色に染まる。背中にはカッターの様な翼が現れ、腕にはブレードが出現した。
ブウウウン!
魔獣人になったヨウエイは、僕ではなく光太へと突進した。
ギリギリまで引き付けてから光太は攻撃を回避。そしてすぐに魔法で反撃を仕掛けた。
しかし空を飛び回るヨウエイは、杖による攻撃を素早い動きで回避してしまった。
「いって…」
「光太!?」
なんだあの腕に出来た傷は!攻撃を回避できてなかったのか?
「確かに避けた…はずなのにっ!」
光太は傷口を押さえながらも、ちゃんと敵から目を離さなかった。
再び攻撃を仕掛けるヨウエイに、僕はブラスト・ワンドを振った。すると空中で大きく姿勢を崩し、地面に墜落した。
「…!?」
「光太!」
今度は足に大きな傷が現れた!攻撃は失敗したのに、どうしてダメージを受けてるんだ!
「バリア…ワンド!」
血を流しながらも、光太は新たな杖を一振。自身にバリアを発生させて防御力を上げた。
「死ねよ!」
「僕が受け止める!」
フラフラと立ち上がる光太を飛び越えて、腕の刃を構えたヨウエイと拳を衝突させた。
魔獣人め!認めたくないけど凄いパワーだ!
「サキュバス…お前強くなったな?」
「それでも…お前には負けられない!ウオオオオオ!」
僕は全力を拳へ注いだ。そして魔獣のパワーを持つヨウエイを跳ね返すことに成功した!
「んがっ!どうやってそんな強くなった!サキュバスらしく、その男から精力を搾り取ったか?」
「よっしゃ!光太、大丈夫…?」
ボタボタ…
「そんな…どうして傷が増えてるんだ!」
僕の後ろに立っていた光太は、立っているのが不思議なくらい酷い傷を負っていた。
「ステル…ス…」
光太は僕に触れてステルス・ワンドを振る。すると僕達の姿は透明になった。
「光太、大丈夫?」
「ごめん…俺、役立たずだ」
「隠れてないで出て来いよ!」
その時、あいつの魔力が近付いて来ていることに僕は気が付いた。
「ウォルフナイトが来る…」
「あいつが…?…ナイン」
光太が僕の名前、いやファーストスペルを唱える。しかし力は上がらない。
それよりもどうしてこのタイミングで僕を強化しようとしたんだ?
「ナイン…ワンド…」
ナイン・ワンド。それは一時的に魔法の杖を融合させて新たな杖を作り出す魔法の呪文である。
しかし、光太が呪文を呟いたというのに、何も起こらなかった。
「ナイン・ワンド」
今度は少し声を大きくしたが、それでも何も起きなかった。
「ナイン・ワンド!」
「そこか!」
さらに声を大きくしてしまい、ヨウエイに位置がバレた!
「殺してやるよ!サキュバス!」
「ガルルルルルルル!」
「狼太郎!」
ヨウエイが攻撃する瞬間、グラウンドに走って来たウォルフナイトが相手の首に噛みついた!
「うげあああああ!?」
「グルル!」
魔獣の力をコントロール…出来ているわけじゃないみたい。だけどナイスタイミングだ。
「全員構えろ!ウォルフナイトが離れる度、あの魔獣人に高速弾を撃て!」
そして生徒会長率いるハンターズの兵隊が遅れて駆けつけた。これならあいつを倒せるかもしれない!