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第8話 「悪くないな、銭湯」

「お湯張りをします」


 学校から帰って来た夕方、いつものように風呂を沸かそうとしていた。


「…あれ?」


 しかし、少し待ったがお湯が出なかった。不思議に思った俺は一度()()()()のスイッチを切って、もう一度押した。


「お湯張りをします」


 それでもお湯が出ることはなかった。これは修理屋を呼ぶ必要がありそうだ。


「えー!?お風呂壊れちゃったの!?」

「そうみたいなんだ。まあ幸い壊れたのはそこだけで、他の場所から水は出るみたいだからさ」

「僕お風呂入りたいんだけど!泡風呂やろうと思って色々用意したのにー!」


 そう言えば脱衣場に入浴剤が沢山増えてたな。


「業者さんに修理してもらうまでは我慢だな…そうだ、お前の魔法でお湯沸かせばいいじゃん!」

「無理だよ。繊細な作業苦手だもん。春でもヒートショック起こせるよ」


 こういう時に限ってナインの魔法は頼りにならない。最近、そういう展開が読めるようになって来た。


「お風呂入りたい~!」

「だったら銭湯行ってこい。歩いて少ししたらあるから。ボロっちい銭湯」

「そういう場所に行くの怖い、無理。一緒に来て…」


 ナインってばいつになく弱気だな。まあそんな目で見られても行かないけど。


「嫌だ、俺はシャワーで充分だ」

「お願い!知らない人に身体見られるの嫌なの!」

「知るかそんなこと!」

「光太のバカ!女になっちゃえええええ!」

「うわあああ!」


 この時、油断していた俺は魔法を避けられなかった。


 ナインが叫んだ通り、俺の身体には変化が生じていた。僅かに胸が張り、股にあるべき男性器が消失していた。


「おいふざけんな!元に戻せ!」

「だったら一緒に銭湯来てよ!それまで男に戻してあげないから!」


 めんどくせえ…


 俺は元の性別に戻るため、ナインと一緒に銭湯へ行くことにした。

 それにしても銭湯か。実を言うと俺も初めてなんだよな…


「着いたー!」


 通学途中に必ず前を通るボロ銭湯。こんな時代遅れな店をやれるのは、店主が汚れた大金を抱えているからという噂があったりする。


「女の子2人、2000円ね」


 受付の老人に料金を払い、俺達は赤色の暖簾をくぐった。


「それにしても女の子になってるのにずいぶん落ち着いてるね」

「そう言われるとそうだな」

「もしかして性転換の経験ある?」

「あるわけないだろ」


 男物の服で来てしまったけど、特に何か言われたりはしなかった。


 服を脱いでようやく浴場に入った。俺たち以外にも10人ほどいるが、これは多い方なのだろうか。


「光太大丈夫?」


 身体を洗おうと椅子に座ると、隣からナインが話し掛けて来た。まさか俺をマナーの無い人間だと思っているのだろうか。


「言われなくても全身洗うよ」

「偉いね。洗わないで入る人かと思ってた」

「お前俺の事をどんな風に思ってるんだよ…お風呂大国日本の民だぞ」


 浴場で欲情…今の時代洒落にならないな。せっかく思い浮かんだギャグだけど、言わないでおこう。

 頭と首から下。全身を洗い終えていざ入浴だ。


「ふうぅ…」

「光太、おじさんみたいだよ」

「悪くないな、銭湯」


 もっと本格的な場所だったら良い景色が見える露店風呂があるのだろう。ここは白湯とサウナだけしかない。

 それでも質素な雰囲気は好きだ。


「僕、小さい頃はお兄ちゃん達と一緒にお風呂入ってたんだ。二人で湯船に浸かるとお湯が溢れそうになって、それからまた一人入って来て溢れちゃうんだ。懐かしいなぁ…」

「ここに来て2週間経ったけど、そろそろホームシックになってくる頃だろ?」

「それは大丈夫、光太と一緒だから」

「そりゃ良かった。夜泣きされたら困るしな」


 それから、俺は学校の話題を語ったり、ナインは俺が家にいない間に何をやっているか話してくれた。

 やっぱり、高校に興味があるらしい。


 そろそろのぼせて来た。先に出ようかな…




「あれ、ナインちゃんじゃん」


 ヒッ!やべえ!


 立ち上がろうとしていた俺は首元まで沈んだ。隣のナインも、ヤバいぞと言う表情でこちらを見ている。


 どうしてだ…どうしてここにいる。灯沢優希!


「やあユッキー!どどどどうしてここにいるの?」

「友達が前からここに来てみたかったって言っててさ、付き添い。そっちは?」

「お風呂が壊れちゃって~」


 よしよし…灯沢は俺が黒金光太である事と、さっきまでナインと話していた事にも気付いてないみたいだ。


「うっそ、大変じゃん…じゃさじゃさ、黒金君も来てるの?」

「あ~…」


 そこで言い淀むな!いないってハッキリ言えよ!


「うん、来てるよ」


 いや来てないって言えよ!変なところで正直だなお前!


「そっかー!じゃあ会えるかな。少し話したいなぁ」

「うん、会えるんじゃないかな」


 テメェ!余計なフォロー入れてんじゃねえぞ!


「おいナインッ!」

「だってーっ!」


 聞こえないように小さな声でナインに訴える。これじゃあ灯沢に会わないと不自然じゃないか!


「ユッキー!サウナ行こー!」

「えーお湯入りたいんだけど~!」


 その友達に呼ばれて、灯沢はサウナ室に入っていった。あいつ、名前は知らないけどクラスメイトだな。


「今の内に出とくか」

「ねえ、僕たちもサウナ行こうよ」

「いい加減にしろよ。早く出て男の身体になっとかないと、灯沢に怪しまれるだろ」

「じゃあサウナ行かないと男に戻さない」

「なんでそうなるんだよ」

「僕が行くって言ったからには行くんだよ。大体、立場分かってんのかお前?僕が杖を振らなきゃ、お前は一生女なんだぞ」


 凄い圧を掛けられた俺はサウナに連行された。


「あ、ナインちゃんも来たんだね」

「かわいー!誰この子?ユッキーの知り合い?」

「えっと…偶然友達になりました!ナイン・パロルートです!」

「なにそれウケる!てか外国の子なんだね?」


 女子3人が談笑を始める。俺はおばさんの隣でバチバチと音を鳴らす石を見ていた。


「………ふぅ」


 あっち~…初めて入るけど俺ってばサウナ嫌いだ。シュウマイや肉まんの気持ちが良く分かる。あいつら、こんな風に苦しめられて作られてたんだ。


「ナインちゃん高校通ってないの?なに、中卒で起業でもしたの?」

「あ~そこら辺は訳アリだからノーコメント」


 話、まだ続きそうだな。なんか目眩してきたし、先に出るか…




「プハァーッ!」


 風呂上がりの牛乳って格別にうめえええ!たまにはこういうのも良いかもな。うん、また今度一人で来るとしよう。


 さて、来た時から気になっていたこのマッサージチェアを使ってみよう。


 座ってからリモコンで設定すると、チェアが動き出した。ガタガタガタガタと鳴って、肩と脚が重点的に揉まれている。


「あっー」




「起きてよー…お~い」


 あれ、気持ち良過ぎて寝ちゃったのか?身体がかなり楽になった気がする…


「ねえ、アイス食べたいからお金ちょうだい」

「あぁ、財布ポケットに入ってるから…俺の分も頼む」


 子守りってこんな感じなのだろうか。きっとアイスを買った後、ナインは帰りたがるだろう。

 俺はチェアから立ち上がると身体をグッと伸ばした。


 うん!確かに身体が軽くなってる!マッサージチェア、ウチにも欲しいかも!


 外はすっかり暗くなっていた。晩飯はコンビニで買って帰るとしよう。


「あれ、ナインちゃん。黒金君は?」

「え、えーっと…先に帰ったみたい!」


 いけないいけない。今は他人のフリしないと…俺とナインは他人だ。


「そっか~…じゃあよろしく言っといて。じゃあねナインちゃん」

「ちょっと、ナインちゃんと黒金、マジで同居してるの?」


 離れていく灯沢達をチラチラと窺い、姿が見えなくなってからナインに詰め寄った。


「ほらナイン。俺の身体元に戻せ」

「はいはい。えーい」


 こうして俺の身体は元に戻った。胸は元に戻り、ちゃんと男性器も生えている。


「今度こういうおふざけしたら許さないからな」

「ごめんなさいッ!」


 反省してないな。笑顔で頭下げやがった。


 はぁ…帰ったらまずは修理屋に電話しないとなぁ。

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