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サキュバスのナイン・パロルート  作者: 仲居雅人
少女と少年

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第7話 「まあそしたら…」

 今日は授業で防災について勉強した。


 けど俺は大丈夫だ。マンションは地震に強く、燃えにくい素材で建てられている。地下には農園付きのシェルターがあるので、川が氾濫したり噴火が起きても生きられる。


「ただいま~」

「光太大変だよ!来週、首都直下地震と富士山噴火が同時に起こる!この国は終わりだ~!」


 帰った途端にナインが悲鳴をあげた。どうやらネットで、災害を予言する胡散臭い動画を見たらしい。


「お前はアノレカディアに帰ればいいだろ」

「ユッキーはどうすんだよ!」

「俺を心配しろよ…まあ確かに災害は怖いが心配はいらない!なんたってここは地下シェルターもあるマンションなんだからな!」

「でもどうするの?死の火山灰が押し寄せて来るまであと僅か!けれどシェルターはもう一杯!そしたら僕たち入れてもらえないよ!」

「そんなパンパンになんねえだろシェルター!そしたら、お前の魔法を頼りにさせてもらうよ」

「いやいや何言ってんの。流石の魔法も天災には敵わないよ」


 宇宙爆発させて一日飛ばす杖はあるのに、災害を止められる杖はないのかよ。


「まあそしたら…終わりだな」

「そんなの嫌だよおぉぉぉ!でも災害は防げなくても災害から身を守れるようになる魔法の杖はあるよ!」


 どんな魔法なんだろう。超頑丈な防波堤でも召喚するのかな。


「ディザスターシミュレーター・ワンド!これで防災訓練ができるんだ!」

「んなもんやろうと思えばどこでもできるわ!」

「チッチッチ…これは災害を体験できるんだ。ここのメーターを操作して…」


 それは杖と言うよりラジカセだった。アンテナチックな柄は傾かず、真っ直ぐに立っていた。


「7日間体験してみようか。災害の種類はランダムで、一日ごとに襲ってくるよ。あ、心配しないで!シミュレーターだから死のうが街が壊滅しようが、7日の災害を乗り越えたら時間が巻き戻って全部元通り!僕たち以外何も覚えてないから」

「おい待て、俺はやるなんて一言も──」

「それじゃあスタート!」



 杖を発動したその瞬間に1日目が始まったのだろう。途端に、大きな揺れが起こったのである。



「おいこの馬鹿!中止しろ!」

「無理だよ。クライシスにストップはない。聞くけど、地球に頼んだら災害が止まってくれる?これは僕たち生命体の無力を理解するための装置でもあるんだよ」


 なんだその理屈!こうなったら最後まで生き残ってやる。


 揺れが収まってから防災バッグを背負い、シェルターに続く階段を降りた。


「今さらだけどこんなマンションに住んでるって、もしかしてお金持ちなの?」

「自慢じゃないがな。下駄箱にある俺の靴見たか?あれ、全部高級ブランド物だぞ。いいだろ?」


 訓練だって分かってるから緊張感はなかった。



 しかしそうやって油断をしている時に、試練は襲いかかってくるのだ。


「シェルターの扉が故障してるだって!?」


 巨大な扉の前で大勢が立ち往生していると思ったら、まさかのアクシデントだった。

 こうなったら近所の学校に行こう。俺の通っていた小学校はそう遠くない場所にある。


「光太、どこ行くの?」

「避難すると言ったら学校だろ?それか公園とか指定された場所」

「ユッキーに会えるの!」

「あいつは今頃高校だよ。俺たちは小学校に行く」

「ユッキーに会いたい…」


 いや泣きそうになってるけど、そもそもお前が招いた事態だろう。そう言いたかったが、本気で泣きそうなのでやめておいた。


「それじゃあ高校の方に行くか?歩きだから時間掛かるだろうけど」

「うん!」


 この選択はどうなんだろうな。わざわざ遠い避難場所を選ぶなんて。


 そういうわけでしばらく歩き、既に大勢の避難者が集まる転点高校に着いた。

 ここに来るまでの道のりで、崩れた建物をいくつも見た。道路には亀裂が走っていて、乗り捨てられている車も多く見られた。


「電気と水は当然通ってないか…」

「喉渇いた~」

「じゃあ俺の水あげるから、それなくなったら我慢な」


「あっ!黒金君とナインちゃん!良かった~無事だったんだ!」


 灯沢はB棟の屋上にいた。初めてここに来たけど、農園は大丈夫みたいだ。


「断水で水が足らなくて…ナインちゃんの魔法で何とかならない?」

「僕の魔法に任せてよ!」


 お前の魔法でこうなったんだけどな。


 はぁ~…7日経てば全て元通りになるんだよな。

 なら生きても死んでも結果は変わらない。すぐなんじゃないのか。今ここから飛び降りて地面に頭を打った瞬間、あの日常に俺は立っているんじゃないのか?



「黒金君、ダメだよ。今がどれだけ絶望的な状況だからって…諦めるには早いよ」

「灯沢…実は元凶はムグッ」


 口封じのガムが放り込まれた。うん、イチゴ味だ。


「ナインちゃんは優しいね」

「そうだ!僕は優しいんだよ!」


 その優しい少女が日常を壊したことを忘れてはならない。


 ナインは魔法の杖で水を生成し、用意された容器を次々満タンにしていった。俺と灯沢はそれを運び、水を欲している人に配っていった。




 2日目。教室の机に突っ伏して寝ていたので、身体が凄く痛かった。それに昨日の作業のせいで酷い筋肉痛だ。


 ナインは、蓑(・)虫(・)寝(・)袋(・)魔(・)法(・)の(・)杖(・)とやらを天井に突き刺して、立ったような状態で眠っていた。魔法の力でこんな体勢でも快眠できるらしい。


 外の木々が大きく揺れている。どうやら今日の災害は台風みたいだ。とっくに電気は通ってないから、停電の心配をする必要もないな。


「ううん…」

「おはようナイン。2日目だぞ」




 屋上農園には灯沢達園芸部員が、植物の様子を見に来ていた。


「おはよう黒金君!早速だけど手伝ってくれないかな?」

「あぁ、分かった」


 花瓶などの、風に煽られて倒れてしまいそうな物を次々と校内へ移した。


「ビショビショになっちゃったね~」


 外に出た時間は少しだけだったのに、着ていた服は濡れて最悪の着心地だった。

 早く渇かしてしまいたい。そう思った俺は教室に戻り、ナインに相談した。


「あーごめん。昨日の水作りで魔力残ってないや。杖は貸してあげるから自分でやってね」


 魔力がなければ魔法の杖を使えないのは知っている。ナインは寝袋でちゃんと眠っていたはずだが、それでも回復はしていない。


 いざという時に備えて、魔力を温存するべきだ。そう思った俺は予備の服に着替えた。濡れた服は窓の手すりに引っかけた。


「光太、腹筋が凄い…」

「あ、悪い。デリカシーなかったな」


 服を着替えて気分もスッキリ、とはならない。起きていきなり作業をしたので、腹が減ってしまった。


「配給やってるかな…見に行こうぜ」


 ナインを連れて、人の集まる体育館へ向かった。

 校庭の木々は大きく揺れている。きっと食料の配給は校内で行われるはずだ。


「お前の方が多いだろ!」

「そんなことあるかよ!目ぇ腐ってんじゃえねのか!」

「ちょっと臭いんだけど!あんた出ていきなさいよ!」

「こんな暴風の中にか!死ねって言ってるようなもんだろ!」


 しかし着いた場所は地獄だった。

 些細な事を理由に次々と衝突が起こり、暴力沙汰にまで発展していた。当然、警察はいないしわざわざ首を突っ込む愚か者もいないので、いつまでも争いは収まらない。


「人類は…なんて愚かなんだ」

「そうでもないんじゃないかな。きっと彼らなりの形でコミュニケーションを取ってるんだよ」

「よくそんなポジティブでいられるな…教室戻るか」


 食べ物は手に入りそうにない。それにしても、これがあと5日続くのか…




 3日目、早朝に富士山が噴火した。街は火山灰まみれになってしまった。


「ナイン、死んでも大丈夫なんだよな?」

「うん。7日目の災害を乗り越えたらその時点で全てが巻き戻る…て光太!?」


 こんな状況で生きてどうなるって言うんだ。早く死んでしまおう。そこから飛び降りて、俺はあの地震が起こる直前に戻って、何も起こらない時を過ごすんだ。


「諦めるには早いよ!」

「止めるなー!元はと言えばお前のせいだろうがああ!」

「ごめんなさあああい!でもダメだよ!光太がいなくなったら僕、誰と一緒にいればいいんだよおおお!」


 ナインが俺を掴んで離さない。いや、身体が浮いた。

 こいつ!女の癖に結構パワーあるぞ!


「必殺!クレーンアップボーリングダウン!」




 ナインに持ち上げられ、そして床に叩き付けられた俺は気を失って、そのまま4日目の朝まで気絶していたらしい。


 それより気になるのは、昨日まで綺麗に並んでいた机や椅子でバリケードが作られていることだ。


「光太!パンデミックだ!ここにいた人全員ゾンビになった!」

「どういうこと!?なんでバイオハザード始まってんの!?」


 遂に自然災害じゃなくなったぞ!


「さあこの銃撃魔法の杖アサルト・ワンドを持って!バリケードが崩れて中に入って来たら容赦せず撃つんだ!」

「アサルトライフルじゃねえか!」

「言いたいことは分かるよ。共に生きてきた仲間を撃つのは僕もつらい…けど生きるためには殺るしかないんだ」


 同じ杖を持つナインの手が震えている。そうだ、彼女だけに人殺しの罪を背負わせてはいけない。


 生きるために、俺も撃つんだ。


「ヴアァァァ!」


 バリケードが突破され、ゾンビが雪崩れ込んで来た。ワンドのトリガーを引くと、俺の魔力が銃弾となって発射された。


「ごめん…!」


 弾を喰らったゾンビは次々に倒れて、動けなくなっていった。


「ヒャー!ハハハ!死にたい奴から前に出な!いや、もう死んでるのか!ハハハハハ!」

「おいナイン!どうしたんだよ!…あぁ!灯沢を撃っちまった!ごめんよおぉぉぉ!」


 ゾンビを掃討した俺たちは学校を出た。火山灰の上を歩くのはこれが初めてだった。


「なんか苦しい…」

「ゾンビウィルスが感染したのか舞い上がった火山灰を吸ったのかもね」


 俺はもうダメかもしれない。左腕には大きな傷口も出来ている。きっとゾンビにやられたんだ。


「光太…身体がどんどん朽ちてるよ。可哀想に」

「ナイン、俺はもうダメみたいだ」

「心配することはないよ。僕の血を分けてあげる」


 彼女は歯で唇を切り、そこから垂れる血を傷口に塗った。


「どうなってんのコレ…」


 身体の調子が戻っていく…俺は一体、どうなってしまったんだ。


「僕は毒に対しての耐性がある。それを君に分けたんだ」

「医学的に考えて傷口に他人の血が付着したら病気になると思うんだけど…」


 チッ…死に損なったか。けどあと3日間だ。せっかくここまで来たんだから、最後まで生き延びよう。




 そして5日目。天候が荒れ狂い、1日の間に雷、雹、豪雨が俺たち、そして大地に襲い掛かった。それから生き延びた褒美のように、夜にはオーロラが現われた。


「オーロラだ。綺麗だね」

「あぁ…そうだな」


 俺たち以外にも生きている人がいるはずだ。その人たちに会いに行こう。

 そんな目標を持ったばかりの次の日、巨大隕石が落ちてきた。


「ナイン、生きてるかぁ?」

「この程度じゃ死なないよ」


 物凄い質量の隕石だった。落下地点からかなりの範囲が焦土と化し、近くにいた俺たちが生きているのは奇跡に近かった。


 しばらくすると、どこかの国のヘリコプターが鳥の群れみたいに押し寄せて来た。人命救助が目的なら、こんな遅いタイミングに来ないよな…


「あの隕石が目当てみたいだね。さっきから物凄いエネルギーを感じるよ」

「今言うことじゃないけどお前、サキュバス要素全然ねえよな」


 平気な様子で会話しているが、俺は落下の衝撃波を受けてから全身が痛かった。

 あと1日なんだ。頼むからこれ以上のことは起こらないでくれよ…




 7日目。遂に最後の日だ。今日の災害を乗り越えれば、俺は生きたまま元の状態に戻れるんだ。


「今日は何が起こるんだろうね!」

「待ち望んでんじゃねえよ」


 疲れた…シャワーを浴びたい。フカフカのベッドで眠りたい。普通の生活がここまで恋しくなるものなのか…


「それにしてもまだやってるよ。堂々と国旗も立ててるし」


 隕石の周りは調査に来た人たちで賑わっている。かつてこの辺りに大勢の人が生きていて、その隕石によって全員殺されたことに関心はないのだろう。


「見てて気分悪くなってきた。移動しようぜ」

「待って。あの隕石、変だよ」


 ナインに言われて俺は隕石に注目した。確かに、割れ目から青い光が漏れている。周りの人間も焦った様子で、ヘリに乗り始めた。


「何が起こるんだ…」 


 隕石は強く発光する。それからまるで生き物のように動き出した。

 2本の足を生やして立ち上がり、さらに腕を生やしてヘリコプターを叩き落としたんだ。


「あれは…!」


 そしてバランスを取るための尻尾。最後に頭を出すと同時に光線を吐き出し、自分が進むための道を作り出した。


「怪獣だ!」


 降ってきた隕石は怪獣だった!こんなことがあり得るのか!?


「大変だよ光太!あの怪獣を倒さない限り、僕たちは災害を乗り越えたことにならない。つまり、時間は戻らない!」

「なんだって!?」


 そうして話している間にも、怪獣は進んでいく。その先に何があるか分からないが、きっと道を阻むもの全てを破壊し尽くすだろう。


「終わりだ…俺たち死んで終わりなんだ…」


「諦めたらダメだよ!」

「だったらお前がどうにかしてくれよ!魔法の杖であいつやっつけてくれよ!」

「無理だよ絶対効かないもん!」




「諦めるな…」




 声が聞こえた。ナインとは違って低めで、おそらく男性のものだ。

 しかし周りには俺とナインの他に誰もいない。


「諦めるな」


「この声、もしかしてお兄ちゃん!?」


 お兄ちゃん!?確かナインの兄って8人いるんじゃなかったか?多分その内の1人だろうけど…何番目のお兄さんだ?


「黒金光太。諦めるな」

「でもナインのお兄さん!怪獣なんか倒せるわけないじゃないか!」

「諦めるな」

「いやそれしか言ってねえじゃん!」

「君の力を信じるんだ。ナイン、パロルート・ワンドを彼に貸してあげるんだ」

「でもお兄ちゃん!あれは一度使ったら壊れちゃう最終兵器なんだよ!」

「怪獣を倒せば時間は巻き戻り、パロルート・ワンドも復活する。今は彼の力を信じるんだ」

「…分かったよ。お兄ちゃんが言うなら信じてみる」


 どうやら兄妹による話はまとまったようだ。ナインはウエストバッグから、話に出ていたパロルート・ワンドを取り出して俺に渡してきた。


「いやこれ、ナインのフィギュアだろ。てかアノレカディアにソフビなんかあるのかよ」

「さあそれを掲げて!諦めずに生きようとする今の君なら、そのパロルート・ワンドを使えるはずだ!」

「えええ…えい!」


 ワンドを掲げた途端、俺の身体はぐんぐん大きくなり始めた。成長期という言葉では足らない程に大きくなった俺は、巨人と呼べる姿をしていた。


「………!…?………!」

「その姿になると喋れなくなるよ!それよりも早く怪獣やっつけてよ!もう飽きたし元の世界に帰りたいんだ」

「…!」


 怪獣が俺の存在に気付いた。最初に放った光線に備えて、俺は防御の姿勢を取った。


「目瞑ってカッコ悪!アッハッハ」


 ジュゥゥゥ…


 発射される光線を腕で防御した。そして腕から漏れ出た僅かな光がナインを焼き殺した。

 主人公のくせして、なんて呆気ない最期なんだ…


「…!」


 集中を乱すな。俺はこの怪獣を倒さないといけないんだ。


 俺も光線を撃てたりしないだろうか?こんな風に腕をクロスさせて…


「ビーーー!」


 撃てた!


 俺の発射したパロルート光線は怪獣に直撃。途端に身体が爆発し、俺は戦いに勝利した。


 そう、7日目の災害を乗り越えたんだ…


「よくやったな黒金光太。君の諦めない心が勝利を引き寄せた」

「ほぼ魔法の力のおかげだったろ。そもそも!君の妹が巻き起こした事態だからな。全く…戻ったら叱ってやる」

「許してやってくれ。可愛い妹なんだ」

「ところで…君は何番目のお兄さんなんだよ」

「頼む、妹は悪い子じゃないんだ。君に防災意識を持たせようと思ってあの杖を使ってしまったのだ。許してやってくれ」


 ダメだ!流石ナインのお兄さん、会話が成り立たない。


「時間が巻き戻るようだ。私も別の時空へ移るとしよう。さようなら。機会があればまた会おう!」




 そして時間が遡り、ディザスターシミュレーション・ワンドを起動する直前に戻って来た。


「はっ!?僕は怪獣の光線で焼け死んで…!はぁ!?」

「地獄のような7日間だったぜ…お前のせいでよ!」

「でも僕のおかげで災害の恐ろしさが分かったでしょ!」

「災害が特例過ぎるわ!なんだよ避難所にいた人達がゾンビになるって!?何の参考にもならんわ!」

「それでも君は生き延びた!災害が起きた時に最も大切な事。それは何があっても決して生きることを諦めなアイテテテテテ!角を強く握らないで!デリケートだから!」

「綺麗にまとめようとしてんじゃねえ!」


 これからナインにはベランダで過ごしてもらうことにした。雨が降っても風が強くても、俺と一緒に過ごした7日間の経験を活かして生活を続けていくことだろう。


「お願い!寒いよ!風が強いよ!あああああゴキブリがこっちに来た!入れて!これからは気を付けるから!」

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