第100話 「足手纏いだ」
「なんてことだ…まさか七天星士とやらの一人が、死んだはずの遥だったなんて…悪い夢でも見ているのか?」
宮前遥は私が狼太郎と出会う前、中学生になって一番最初に仲良くなった少女だった。入学式の日、下校している時に魔獣に襲われている彼女を救ったところから私たちの関係は始まった。
そして魔獣の存在という秘密を共有するようになった彼女は、人知れず戦っていた私を初めて応援してくれる人間だった。
しかし遥は死んだ。私は守れなかったのだ。
「失礼します生徒会長」
「副会長、どうかしたのか?」
「先ほど保健室に運び込まれた狼太郎ですが、命に別状はないとのことです。それと黒金光太ですが──」
「あいつのことはどうでもいい。とりあえず狼太郎が無事で良かった」
「今回遭遇した魔獣人…宮前遥という少女とは面識があったのですか?」
「あぁ、友人だった。最期を見届けたはずだ…」
「…彼女は魔獣人です。次現れた時に討てないようでは困ります」
「倒す覚悟は出来ている…困惑しているんだ。死んだはずの人間と話してしまったからかな」
副会長は静かに部屋を出ていき、私は独りになった。
「遥は…怒っていたな」
彼女が死ぬ前に、血を吐きながら交わした約束。それは魔獣から人々を守ること。
私は守れているだろうか。あれからずっと戦い続けて来たが、何かブレてしまっているのではないか?
いや、決してそんなはずはない。敵である魔獣人の言葉に振り回される必要はない。
気晴らしに生徒会要塞を歩くことにして、まずは訓練場に顔を出した。ハンターズの隊員がターゲットに銃を向けて、射撃訓練の最中だった。
ちなみにハンターズの隊員は現在、転点高校の生徒会役員と学外の関係者で構成されている。全員が一度は魔獣の被害に遭った人間だ。
「あ!会長!お疲れ様です!」
「お疲れ様。訓練も良いが、無理して身体を壊さないようにな」
「あの…狼太郎さんは大丈夫なんですか?」
「あぁ。これから様子を見に行くところだ。心配せずに訓練に集中してくれ」
「はい…分かりました」
保健室に入り、専用の個室にいる狼太郎の元へ向かう、彼はまだ目を覚ましていなかった。
「狼太郎…」
魔獣人が出現したと聞いた時、彼は焦ってウォルフナイトに変身し、当然暴走した。
今回、敵に攻撃していたのは単純に運が良かっただけだ。遥が能力を使わなければあの後、私達が止めなければならなかっただろう。
「俺とナインがちゃんと連携を取れていればあいつに勝てた」
傷だらけの黒金は既に目を覚まして、ここから去る準備をしていた。
「狼太郎のせいで負けた。そう言いたいのか」
「そうだ。こいつのせいで俺とナインの心は離れた。そしてナイン・ワンドを発動できなかった…」
「気色の悪い言い訳だな…逆に狼太郎が魔獣の力をコントロール出来ていたら勝てた。そうは思わないのか?」
「それっていつになるんだよ。いつになったらそこの子犬ちゃんはお利口さんになるんだよ」
彼を馬鹿にする一言を聞いて、怪我人だからと躊躇はせずに私は思い切り殴った。
「狼太郎は必ず自分の意思で戦えるようになる」
「そのためなら俺とナインの力が発揮できなくなっても構わないと?」
「重要なのはナインだ。お前は必要ない。はっきり言って足手纏いだ」
「そんなことはない、ナインは俺を必要としてくれている。暴れるだけしか芸のない狼太郎なんかよりもずっとな」
黒金は保健室から逃げるように出ていった。
もうじき分かるだろう。自分と狼太郎のどちらが必要とされているのか。
「会…長…」
「狼太郎、起きたか…」
良かった。狼太郎が目を覚ましたぞ…遥のユニークスキルで気絶させられただけで、傷とかはないみたいだ。
「怖い夢を見ました…ウォルフナイトになった俺が、人を殺してしまう夢…」
「っ!」
「妙に生々しくて…感触が残ってるんです…俺、知らない内に誰か殺してたりしませんよね…?」
「狼太郎は優しい子だ。暴走したとしても、そんな事をするわけがないだろう」
「そうですよね…」
人間に寄生する魔獣を殺した時の記憶が夢となって出てきたのだろう。あれをやったのは狼太郎の意思じゃない。彼の中にいるフェン・ラルクなのだ。
しかしその事を知れば、彼は間違いなく自分の罪として背負い込んでしまうだろう。だから話してはならないのだ。
「…俺、本当に魔獣の力を使えるようになるんでしょうか?」
「自信がないのか?」
「はい。今回も意気込んで変身したら、フェンに身体を奪われちゃって…俺、不安なんです」
「心配するな。ナインという良いコーチが付いてるじゃないか。それに私達もいるんだ」
ずいぶん、当たり障りのない励ましをしてしまった。それでも狼太郎は立ち直ってくれた。本当に芯の強い男だ。
狼太郎が目覚めた事をナインに伝えようと思って要塞内を探したが、どうやら魔獣人の迎撃に出向いており、もう少ししたら帰って来るそうだ。
ここで私の指示無しで動けず、グズグズしているハンターズの隊員にはもう少し教育が必要だろう。
「約束したよね?魔獣に苦しむ人が増えないように戦うって」
遥の言葉が脳裏をよぎった。
魔獣に立ち向かうためにハンターズを結成したんだ。
私は約束を守っていると思えた。