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偽りのドラゴンナイト  作者: F
一章:空の彼方へ
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4-7:貸し借り

 ――なにが起きてるの……?


 私は遠くで聞こえる爆発音とかすかな振動で目を覚ました。体を起こすと、手足に付けられた枷に通された鎖がじゃらじゃらと音を立てる。それらは広々とした檻の四隅に繋がれていた。


 その檻は人を一人閉じ込めるには大きすぎる代物だった。恐らく、竜を生きたまま輸送するために使われるような特注品なのだろう。


 幸い、鎖にはゆとりがあって、立ち上がることも、少し移動することも出来そうだ。ただ、動いたところで意味はない。首と四肢に付けられた枷が、私を封じ込めているのだから。この枷がある限り、私は竜に変身することも、魔法を使うことも出来ない。


 トアは無事だろうか。


 黒竜に見つからないよううまく逃げ出せただろうか。


 ……殺されていないだろうか。


 きゅうっと胸が苦しくなった。


 ここに連れて来られてから彼を想ってずっと泣いて、泣き疲れて眠ってしまって、もう枯れたはずの涙がまたこぼれそうになる。


 怖かった。これから自分がどうなるかよりも、トアの安否がなによりも心配だった。


 また、遠くで爆発音が響いた。その音には聞き覚えがあった。――魔法同士が打ち合い、炸裂する音。私の村が襲撃されたときも、この音が絶えず響いていた――。


 ――戦ってるって……なにと……?


 私は思わず外の様子が気になって、檻の柵に近付こうとした。


 しかし、途中で鎖がびんと張り、止められた。これ以上前には行けない。檻の天井が邪魔をして、空すら見えない。柵から覗く景色も、どこか周囲が覆われたくぼ地のような場所ということは分かるが、それ以外はさっぱりだ。


 ここにいるのは風の部隊ウィンド・スラスト。彼らが戦う相手はなに?――それは竜以外にないはずだ。


 もしかしたら、助けが来たのだろうか。


 思わず息を詰める。


 もしかしたら、トアが来たのだろうか。


 そんなはずがない、と思う。


 でも、彼なら――。


 彼なら、来てくれるかもしれない。


 トアはずっと私を助けてくれた。奴隷農場で出会ったあの時から、ずっと……私は助けてもらってばかりだった。彼が負った傷を癒すだけでは返せないほどの恩がある。まだ返せていないのに、私はまた彼に助けられようとしている。


 そんな自分が情けなかった。まるでひな鳥が口を開けて餌を待っているみたいに、ここでじっと待つことしか出来ないなんて。


 思わず感情的になって、床を枷で叩いた。ガン、と甲高い音を立てる。けれど、そんなことでこの枷は壊れない。


「――暴れるな」


 諫める声がした。


 私は顔を上げると、見張りと思しき一人がこちらに歩いてきた。


 私は思わず目を見開いた。その人を知っている。


 私とトアが村に行った時、襲撃してきた三人組、そのリーダー格の男。名前を確か――。


「――レギン」

「目が覚めたようだな」


 レギンは檻の前でしゃがみ、私を見た。


「……だから言っただろう。あの時、俺を殺しておけば、まだ捕まらなかったかもしれないのに」

「……それをわざわざ言いに来たの?」

「いいや。今の俺はただの見張りだ。……暇だから、気まぐれに話しかけただけだ」

「暇なわけないでしょ。だって……みんな戦ってるんでしょ?どうしてあなたがこんなところで……」


 彼は偵察部隊を率いるだけの実力を持つ上級魔法使いだ。真っ先に最前線に駆り出されるべき人材のはずで、こんなところで暇を持て余しているのはおかしかった。だいたい、見張りなんてもっと下っ端にでもやらせる仕事ではないのか。


 そんな私の疑問を、レギンは自嘲気味に笑った。


「……馬鹿らしいだろう。これが処分だそうだ。お前の村の偵察で失態を犯し、さらにディーグの血を引く可能性のある少女を取り逃がした。その失敗を償わせるための、上からの指示だ」

「……非合理的だね」

「そういう無駄なしがらみが多いんだ、部隊というのは……」


 彼は愚痴を漏らした。他に話し相手がいないのだろう。それはこの場に、というだけでなく、上に立つ立場上、誰にも分かち合えないということ。


 敵ながら、少しだけ同情した。


「……今、外でなにが起こってるのか、教えてくれる?」

「………………」


 レギンは何も言わず、立ち上がった。


 暇つぶしとはいえ、そこまで甘くはなかった。彼は肩を竦め、檻に背を向けた。しかし、立ち去るわけでもなく、柵に背を預けた。


「これは独り言だが――」


 レギンは呟いた。


「――竜たちがここを嗅ぎつけたらしい。潜伏は完ぺきだったはずだが……何かしらの方法で見つけたようだ。

 目的はお前――ミラージュ・ディーグの回収と見て間違いない。今、ウィンド・スラストの精鋭部隊がそれを迎撃している」

「……どうして、話してくれるの?」

「………………」


 返事は返ってこない。独り言は続く。


「もっとも、隊長はこの状況すら想定していた可能性がある。――お前を餌として、目撃した竜人たちを釣り、そして殺し、もろとも素材を回収する。それがこの戦闘の目的だ」

「……だから、私をすぐ王都クリティブに連れて行かなかったの?」

「あの秘術――転移の門を会得し、使える術者は部隊の中に一人だけだ。この戦闘が始まる前にはもう魔力は溜まっていた。お前をクリティブに送ることも出来ただろう。

 ……だが、ハルド隊長はそうしなかった。転移の門を攻撃のために使え、と、そう指示を出していた」

「転移の門を……?」


 確かに、転移の門は膨大な魔力消費と引き換えにある地点と別地点を繋ぐ魔法だ。そこに魔法を打ち込めば、繋がっているその先に魔法を飛ばすことも出来る。


 ――でも、そこまでするなんて……。


 どうやら隊長であるハルドは、竜を取り逃がすことなく、確実に殺そうとしている。全ては竜から取れる素材を回収するために。


 私のせいで、また仲間が死ぬ。村の惨劇のときと同じ――私はまた、なにも出来ず、見ていることしか出来ない。


「――どうして教えてくれたの?」


 私は震える感情を堪えて、聞いた。


「……だって、私に話す意味なんてないでしょ?聞かれたから答えるような情報でもない。どうして……?」

「……理由、か」


 レギンはため息をついた。


「……借りがあるからだ」

「借り?」


 私は聞き返した。


「あの時、お前たちは俺たちを殺さず、見逃した。その時の借りだ」

「でも……あの時、代わりに情報を貰ったでしょ?」

「あれは一人分だ。……見逃された命は三人分。まだ借りは返せていない」

「………………」


 ――なんなの、この人……。


 私は思わず押し黙った。変な人だ、と思った。私はそれを貸しだと思っていなかったし、それはトアも同じはず。ただ人を殺したくないという甘えだった。


 もっとも、情報はありがたかった。ここには爆発音がくぐもって聞こえるだけで、状況はまるで分からないからだ。


「……どうも」


 私が一応お礼を言うと、


「何のことだ。俺は独り言を言っただけだ」


 とつれない反応があった。


 私は苦笑した。


 その時だった。


 今まで以上に一際大きな爆発音が響いた。そしてすぐ後に何かがドン、ドンと重たく落ちる音がして、その振動がここまで伝わってきた。


 同時に、今まで感じたことのない胸騒ぎがして、私はそっと胸元を抑えた。


「……回廊が崩れたか」

「回廊?」


 無意識に聞き返す。


「……独り言だが。……お前を餌として渓谷に隠せば、数匹は渓谷内に侵入することは読めていた。――だから、あらかじめ罠を仕込んでおいた。今の音はそれを発動させたことによるもので違いない」


 私は半分それを聞き流していた。


 嫌な動機が止まらない。直感的に、トアの身に何かあったのだと理解した。そして先の渓谷崩落のタイミング。


 トアはここに来ているのだ。竜たちと共に。


 こんな時に気付きたくなかった。ここで胸騒ぎがしたということは、彼がレギンの言う作戦に巻き込まれた可能性が高いからだ。


 ――お願い……無事でいて……。


 私は檻の中でひたすらに無事を祈った。

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