4-8:理由
「撃ち方やめぇ!」
私は慣れない大声を張り上げた。
私の前方には三角の陣形を組んだ魔法使いたちがいる。彼らはウィンド・スラストが精鋭部隊、上級魔法使いを含めた総勢十五人の軍勢だ。この作戦のために、ハルド隊長はこれだけの人数をこちらに回した。
――過剰戦力じゃないかなぁ。
もちろんそんなことは口に出せず、私は「了解しました」としか言えなかった。
作戦はこうだ。まず私が先んじて転移の門を展開しておく。一つは屋根の付いた渓谷の屋根の部分に。もう一つはここ――十数メートル離れた位置に、シャボン玉の膜のように転移の門を張る。あとは敵がそのポイントに来るのを待つだけ。敵が来たら、そこに魔法攻撃を打ち込む。
ハルド隊長はディーグの血を引く彼女を奪い返すため、間違いなく竜が来ると読んでいた。そして、奪還するために数匹は渓谷内部に侵入するだろうとも言っていた。
読みは当たった。罠にかかったのは一匹だけだったが、それでも十分だろう。なにせ敵襲は五匹。そのうちの一匹を確実に仕留められるならお釣りがくる。
「――ナビ殿。やりましたね」
後列に控えている上級魔法使いの一人が振り向いて言った。
「作戦成功はあなたの手腕のおかげです。ありがとうございます」
「――うぇ!?」
私はびっくりして変な声が出た。
「……ち、違いますからね!私はただ門を開いただけであって、実際に攻撃したのはあなたたちであって、だから私は何も……」
「またまた。ご謙遜を。作戦の立案者はナビ殿でしょう」
「……あはは」
私は顔を引きつらせ、力無く笑った。
誤解のないよう言っておくが、私には魔法の才はない。ないが、たまたま闇属性に適性があり、秘術と言われる転移の門を発動できてしまった。そのせいで特例で上級魔法使いに昇格させられ、さらにはこんな部隊にまで参戦させられてしまった。
そして待っていたのは労働力の搾取。この部隊で唯一転移の門を使える私は、強襲作戦を含めた実働の要として何度も魔法を使った。
門を開くためには私の持つ魔力の大部分を消費する必要がある。つまり、疲れる。そんな疲れることをここに来てから三回はやらされた。これを含めて四回目。しかも今回は大規模展開だ。魔力は完全に底をついた。
魔力欠乏の症状が現れていた。頭に鈍痛、足腰に力が入らない。私はたまらず用意していた携行用の椅子に座り込んだ。
私はそんなつもりは全くなかったのに。希望は国立図書館勤務。そこで書庫の整理なんかをしつつ、そのうちいい男でも見つけて、幸せな家庭を築くのが夢だったのだが。
――どうして私はこんなところにいるんだろう……。
内心ぼやいた。
気が付くと、部隊全員が振り返り、こちらをじっと見ていた。何事だと思ったら、どうやら私の指示を待っているらしい。
そう、私はこの作戦の指揮を任されていた。全てはハルド隊長の無茶ぶりである。
作戦の要だと言われるのはまあ仕方がないとは思った。作戦に参加する以上、やるべきことは果たそう。そういう気持ちではあった。なのに、隊長は何を思ったか私にこの作戦の指揮を一任すると言い出した。
あほか。
もちろんそんなことは口に出せず、以下略。
私は慌てながらじっと指示を待つ彼らに言った。
「……えっと、作戦はうまくいったみたいですね」
「………………」
「……ひいては皆さんの攻撃のおかげです。よかったですね」
「………………」
「……あの。えっと、そうですね……とりあえず、ハルド隊長に報告して、その後の指示を仰ぎましょうか」
「はっ!」
息の揃った返事が返ってきた。
私はこっそりとため息をついた。まったく、やりづらい。間違いなく私に適した仕事ではないと思う。
とにかく、仕事は終わった。あとは休んでいいはずだ。
私は開きっぱなしにしていた転移の門を閉じた。
「……ん?」
閉じようとした。
しかしそうする前に、異変に気が付いた。
門からもうもうと溢れていた土煙の勢いが増した。
――風向きが変わった……?いや――。
転移の門で遮られた反対側の風は通らない。風が吹いているのは中からだ。
気付いた瞬間、私は意識を戦闘に切り替え、立ち上がりながら叫んだ。
「――総員戦闘準備!転移の門を警戒しろ!」
「はっ!」
部隊隊員はすぐさま反応し、杖を構えた。
一際強い風が門内部から吹き付け、土煙が舞い上がる。
――来る。
「――来るぞ!」
叫んだ次の瞬間、それは現れた。
十数メートル先の門。そこからまるで食い破るようにして、漆黒の竜が姿を現した。その黒竜は各部位から流血しながらも、未だ健在だった。
――あれだけの攻撃を打ち込んで、まだ倒せないのか……!
仕方がない。
私は叫んだ。
「――作戦を第二フェーズへ移行する!しくじるなよ!」
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あの時。
「――上だ!」
天井に展開された転移の門。そこから降り注ぐ多種多様な魔法攻撃を見るよりも早く、俺は半ば無意識にフェンドに魔力を送り込んでいた。
フェンドも素早く反応した。
「――掴まれ!」
フェンドはそう叫ぶと、同時にぐるりと反転、背面飛行へと移行した。
そして地面ぎりぎりのところで体をぐわんと弓なりに反らせた。
二つの色が生まれる。一つは口元から漏れ出る黒色の業火。そしてもう一つが胸元に生成された赤――火の因子。
そして降り注ぐ風魔法の雨に対して、漆黒の火球を打ち放った。
それは無数の魔法攻撃のいくつかに当たり、途方もない爆発音とともに爆炎爆風を巻き起こした。その爆発は周囲の魔法をも飲み込み、誘爆し、連鎖的に爆発する。半ばで炸裂した攻撃はここまで届かない。しかし、攻撃は届かなくとも爆風に飲み込まれる。
フェンドは動いていた。火球を放つと同時に生成していた火の因子に方向性を与え、魔法を発動させた。
真紅のそれは姿形を変え、広がり、まるで生き物の翼のように変形した。その両翼が俺たちを包み込む。
直後、その翼越しでも分かるほどの大爆発が起こった。
衝撃が、爆音が、渓谷全体を揺らした。
「――ぅ、ぐっ……」
爆発が収まって、気が付けば俺はフェンドの背から落ちていた。
地面から体を起こし、そして土煙を思い切り吸い込んでしまい、咳込んだ。
屋根付きの渓谷は、その屋根の大部分を爆発で崩落させてしまったようだ。薄暗かった内部には光が差し込み、その惨状が露わとなっている。
「……フェン、ド――」
俺はその光景に目を疑った。
黒竜はまるで俺に覆いかぶさるようにして佇んでいた。その背中から渓谷の瓦礫がぱらぱらと落ちる。さらには頭部や背面から血が滴っているのが見えた。
彼は目を閉じたまま動かない。
「――フェンド!」
「うるさい」
フェンドは何事もなく目を開けた。
そして俺をじろじろと観察するように見る。まるで、俺に怪我がないか確かめるように。
「――生きているな」
フェンドは体を起こした。土煙が立ち込める中、地を踏み締め仁王立ちし、天井を見上げた。
俺も釣られて見上げる。そこにはまだ転移の門が禍々しい音を立てて残っていた。その部分だけ、屋根は健在だった。
「あの向こうに敵陣が控えているということだ。その先にミラージュ・ディーグもいるだろう。――立てるな?」
「……あ、あぁ」
俺は慌てて立ち上がった。
俺に外傷らしき外傷はなかった。
「……何をしている。早くしろ」
俺は呆然と彼を見つめていた。
どうして――。
「――どうして庇ったりなんかしたんだ」
それだけは聞いておかないといけないと思った。知らないといけないと思った。
彼は俺を庇ったのだ。あの時、炎の翼によって爆発は防いだようだ。しかし、その後降り注ぐ瓦礫の雨までは防げなかった。だからフェンドは俺を自身の体で包み込み、俺を守った。
何が起こったのかは理解した。
理解できなかったのは、なぜ彼がそんな行動を取ったのかだ。
正直なことを言えば、こういう状況になった時、俺は切り捨てられると思っていた。
「……答えるのが面倒だ」
「……それじゃ納得できない」
「……今優先すべきは何だ。ここで無駄話をすることか?――違う。俺たちがすべきはミラージュ・ディーグの奪還。ただそれだけだろうが」
フェンドは言った。
「――乗れ。門が閉じる前に」
「……分かった」
確かに彼の言う通りだった。
俺は急いで彼の背中に乗り込んだ。そして助けてもらった礼も含めて、フェンドに魔力を送り込んだ。
背中には生々しい傷が刻まれていた。
「……使ってくれ」
「……ふん」
フェンドは翼を広げた。
そして飛び立つ直前、羽ばたきの音にかき消されるほどに小さな声で、言った。
「あの時は敵だった。――今は違う。ただそれだけだ」
俺が返事を返す間もなく、フェンドは飛び立ち、転移の門へと突入した。




