作中神話要素解説
この章はネタバレ等を含みます。また筆者による独自的解説を含むため、設定至上主義な方にはツッコミどころ満載となっております。楽しんでいただければ幸いです。
当方オリジナル設定、過去作品の名称などが入り混じっております。クトゥルフ神話ですのでご了承ください。
◇イトゥティカムイ【神格】
本文中に出ているように風の神イタクァのこと。
イタクァは基本的に北極海近辺に現れるとされるが、実際は東南アジアや中南米、チベットなど高山近辺なら普通に活動範囲のようである。
日本でもイタクァ信仰は日本列島のあちこちで確認されており、さほど標高が高いと言えない場所でも信仰されている。
余談だが、三又の銛を持ち海と山の獣を従える光り輝くカムイも存在する。
◇仮初の心臓【魔術】
生者に、あるいは屍に施す事で亡骸を加護する魔術。
真理に到達した強力な力を持つ魔術師・魔導士はその死骸すら利用価値がある。死して肉体や魂を利用されない為や、蘇りを目的とする為の、身体を保存する為の呪法である。
呪法自体は中立的だが、力を借りる神格次第で亡骸が変質してしまうのが難点。
黄の印を用いた場合、術のお蔭で屍でありながら腐敗しないが、ただしハスターの加護の副作用で乾燥し乾いてしまう。また、黄の印が強力過ぎて、時間経過と共に亡骸を侵食してしまう。
それはそれで呪術的に価値ある木乃伊が作れるので問題無い。と言うか、『塩』を取るためそっちの目的の方が主流に使われたらしい。
2009年4月15日 アメリカ マサチューセッツ州ニューカムにて。
ある文献によれば『古の黒きアテン、或いはニャルラトホテプの祭日』と呼ばれるこの日に、地元の警察が郊外にある古い屋敷に踏み込んだ。
その邸の封じられた地下室で発見されたのは、ハンティングで獲った獲物の剥製か、或いは肉屋の肢肉の如く、壁に吊るされた十二体もの木乃伊だったと言う。
それらには例外無く心臓部分を抉られ、代わりに巨大な黒い縞瑪瑙が詰められていた。
吊るされていた亡骸は性別人種も多岐に渡り、その中には明らかに数百年前の物もあったと言う。
しかし、警察が回収した十二体の木乃伊は、州警察の輸送トラックと共に局地的なツイスターに呑まれて行方知れずになった。
黒い縞瑪瑙を一つ奪っていた不良警官のジム・ライミは恋人と宿泊したモーテルで正気を失い、路上で多くの人が目撃する中、自分の頭をベレッタの三点バーストで吹き飛ばした。
◇古の黒きアテン、或いはニャルラトホテプの祭日【儀式】
古代エジプトにおいて現在の太陽暦4月15日前後に当たる日。
この日の夕暮から夜にかけて、血生臭い生贄の宴が行われた。先が直角に折れ二股の刃となった鉤状の杖を生贄の少女の頭部に突き刺すと言うおぞましい儀式があったと言う。
供物を捧げる神の名は『古の黒きアテン』であった。
アテンとは紀元前2000年ごろ古代エジプトのテーベで信仰された夕日の神である。その姿形はエジプトの神々の多くが該当する獣頭人身ではなく、『太陽を示す円盤から無数の手が伸びる』と言う形であった。後年、いわゆるアマルナ宗教革命で唯一の神として祀られたが、一代の王で終わり、信仰は衰える。
さて、『スフィンクスの謎かけ』と言う有名な話がある。これはギリシャ悲劇の『オイディプス王』に組み込まれているが、元々はエジプト、それもテーバイ(テーベ)から伝わった物である。ギリシャ神話は周辺国、中でもエジプトからの影響を強く受けていた事は歴史的事実である。
『朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足。さて、この生き物は何か?』
答えは人間である。
物によっては夕を夜とする場合もあるが、それは根本的に間違いであると断言する。
このなぞなぞは極めて大きな太陽神信仰が背景に無ければならないからだ。太陽の無い夜は死の時間である。三本足な筈がない。
古代の太陽信仰において、太陽は生死を繰り返す象徴であり、不滅性の表れでもある。
しかし、同時に必ず滅びを迎える意味も含まれている。
夕日の神、落陽の神であるアテンは、古の時代はいずれ訪れる終焉の時代を示す太陽神だったのではなかろうか。
テーベの時代を遡る事数百年。暗黒のファラオと呼ばれた神官ネフレン=カが崇めたニャルラトホテプは太陽を信仰する古代エジプトでは忌むべき日食を象徴し、復活と終焉の時を告げる暗黒太陽神であった。ネフレン=カの治世が終わり、歴史から抹消された後も、ニャルラトホテプ信仰は姿を変えて残った。
一説には、アメン信仰を廃しアテンを唯一の神とするアマルナ革命もニャルラトホテプ信徒による陰謀であったとされる。
『古の黒きアテン』とはまさしくニャルラトホテプを示すものなのである。
なお、一説によれば太陽円盤のアテン(アトン)はヨグ=ソトースであると言う。
◇ハスターの加護を受けしもの【クリーチャー】
禁忌の魔道書の秘術により、『名状し難きもの』ハスターの加護を得た人間が居る。
敵対する大いなるクトゥルフや他の神の眷属と渡り合う為や、恐るべき人知を超えた怪物からの追跡を逃れる為にこの秘術を執り行う者は存在する。
ただし、このハスターの加護は強力な反面、加護を受けた人間を大きく変質させる効果がある。
不老にして不死身になったり、ハスターの力の一部を借りたり、奉仕種族であるビヤーキーを従えたりできるが、その身体は時間と共に人間からどんどん遠ざかる。
変質には個人差があり、一見すると人間のままであったり(宇宙空間に飛び出しても平気だったりする)、中にはビヤーキーその物になってしまう場合もある。
そして、人型でありながら、異形となるパターンが『黄衣の僧』と呼ばれたものである。
腕と足の大きさのバランスが崩れ、人間離れした腕力・身体機能を発揮する。
不死身と言ってもいい生命力と、更に魔術師としての能力も健在であり、普通の人間はもちろん、並の軍隊相手でも渡りあえる。
また、全身の皮膚は蒼白く変質しており、まるで自分の意思を持つように蠢いている。
特に顔面は表情を失い、蒼白の仮面を着けたようにも見える。
更に変異が進むと、ハスターの写し身『黄衣の王』のように変異するのでは、と考えられるが、そこまで変化した存在は確認されていない。
なお、ハスターと契約を結び身体が変質した『名状し難き憑依者』と呼ばれるクリーチャーも存在する。両者は過程こそ異なるが最終的には同じ場所に行きつくと考えられる。
◇アルハザードの瞳【呪法】
別名『完全なるキタブ・アル・アジフ』。
書物と言う形式ではなく、宇宙的真理に到達した、狂える詩人の瞳を召喚する。
無限の智慧を引き出し、真実を見抜く魔眼と言ってもいい。
ただし、一般人には制御不可能であり、多くの場合脳がもたず壊死してしまう。また、万人に一人の割合で適応しても宇宙的真理に触れ続ける為、常時狂気へと誘われる。
単に眼球が変わるのではなく脳が変質するので、治療方法は無い。
ところで、北欧神話の主神オーディンは己の眼と引き換えに叡智をもたらす眼を授かったとされる。
おそらく、書物・文字と言う形で記録を残す以前、この秘術が魔道書的役割をしていたのでは、と思われる。
◇ムルボ=ラゼ【神格】
ヨグ=ソトースの落とし仔にして、『幻夢郷の番犬』。『空を割る焔の舌』とも呼ばれる。
正しい手順でドリームランドに至らなかった者を狩る存在である。
現実世界やドリームランドでその姿を現す際は、空に真四角の穴を開け、そこから炎を思わせる触腕を伸ばす。この触腕に捕まった人間は、穴に引き上げられ次元の狭間を漂いながら時間をかけて消化される。
現実世界では古の『夢見る力を持つ民』に怖れられ信仰に近い状況だったが、『夢見る力を持つ民』が幻夢郷に渡ってしまい、現代では一部の魔道書を除いて知られていない。
しかしドリームランドではガグ族すら天に四角の穴が空く時は地面に這いつくばって難を逃れようとする。
その全体像は超巨大な五本足の歪な三次元的ヒトデ状の姿であり、空から伸びる触腕は足に無数に生えているごく一部に過ぎない。また、実際の本体は液状であり、口などの消化器官は存在しない。獲物は触腕に絡めとり、そのまま消化する。
普段は現実世界と幻夢郷の狭間の超次元に揺蕩うのみで、この姿を確認する事はできない。
ヨグ=ソトースの落とし仔だが、神と呼ばれるほどの格は持たない。
父なるヨグに従う従者と言える。
この『番犬』に狙われた場合、喩え宇宙のどこに至ろうとも何千年経とうとも炎の舌は追って来る。
やり過ごす方法は、強大なグレート・オールド・ワンの加護を得るしかない。
それでも普段通りに生活する事は困難極まるだろう。
現在最も知られる幻夢郷の到達方法は銀の小鍵を使う事だが、これはマジックアイテムやアーティファクトの類と言うよりは神の加護の具現化であり、神と契約を交わすか資格が認められる事が必要だ。そのため、実際には幻夢郷に渡る為に幾通りかの方法が存在する。多くの場合は幻夢郷に所縁ある神の力を借りる事になる。
ヨグ=ソトースやニャルラトホテプのような強力な神の加護を持って入ればムルボ=ラゼは狙う事は無い。
この『番犬』が狙うのは、隙間をついて入って来るような幻夢郷の招かざる者たちのみである。
『キタブ・アル・アジフ』には幻夢郷への行き方が何通りも紹介されているが、その幾つかはムルボ=ラゼに関わる事になる非常に危険な方法である。
かつてガグ族が高度な文明を築いていた頃、ドリームランド内では意図的にムルボ=ラゼに生贄を捧げる儀式が存在したらしい。
◇デウス・エクス・マーキナー【演劇用語】
よく使われるのは『機械仕掛けの神』と言う単語だが、別にスーパーロボットが出現して「一件落着!」とするわけではないし機械帝国の神が世界征服を行うわけでもない。
古代ギリシャ演劇で、混乱した内容を突然現れる神、アポロンやアテナなどの一言でオチに収束させる事から端を発している。
元々演劇とは神に捧げる舞踊であり、初期では神の偉大さ、混乱した人間の世を収める存在をアピールする宗教儀式が目的であり、全く問題無かった。
しかし次第に演劇の娯楽性が高まると同時に、お決まりの展開として古代ギリシャの時代ですでに非難の対象となった。
古代ローマでは演劇は完全に娯楽であり、神はオチ担当になり、舞台装置も発展して現代で言う所のフライング。歌舞伎なら宙乗りと言う技術が生まれ、神役は吊るされながらセリフをしゃべると言う演出が産まれた。これがラテン語の『デウス・エクス・マーキナー』と言う言葉になった。
物語が錯綜し、さあどうなるのかと観客が身を乗り出したところで神役がキュルキュルと舞台に降りてきたら、それはそれは白けるだろう。
古代ギリシャが多くの物語を輸入してローカライズしていた事は間違いない。
現代でギリシャ神話と呼ばれる物が、実はほとんど外国産の物語を原典としている事は有名である。また、ギリシャ演劇として残っている物が、起源をメソポタミアやエジプトに求める事ができるのも確かである。
その中で『運命に介入する神』と言うエジプト神話の単語が演劇用語として取り入れられたとしても不思議ではない。
◇黒乃ナイ【化身】
這い寄る混沌ニャルラトホテプの化身である。
正確には、幻夢郷の使者たるニャルラトホテプに連なる。
破壊、攻撃、破滅と言うような属性よりも、幻夢郷に招く資質ある者を見出す事を役目としている。
女性としては頭一つ抜き出た長身で、手足は細く肌は白い。
髪は黒く長く、衣服は喪服のように黒い。
美女である、と言う顔立ちとは言い難いが、人を惹きつけるカリスマ性と巧みな話術で、いつの間にか人々を従えている。
他の化身のように秘密活動する事もあるかもしれないし無いかもしれない。
クトゥルフ神話を書いていると、クトゥルフ神話に書かされていると感じるほど、パズルが組み上がっていくような快感があります。
しかし同時にそれは、生田数多の先達が組み上げた過去の遺産に乗っかっただけの事。どれほど作品を書こうとも、釈迦如来の掌の上なのかもしれません。
ではまた。アイ・アイ・ハスタア!




