大賢者の秘密
2020年10月14日大幅編集しました
梨華は馬車での送迎を断り、一人で王宮から家へ帰り、玄関のドアを開けて大声で叫ぶ。いつの間にかおじさんの早業で玄関が直っていた。
「ただいまー、おじさーーん。どこにいるの、出てらっしゃい!……さっさと出てこないとおじさんの大切な宝物を消し炭にするわよ。」
すると奥から慌てた様子の大賢者がゴトッと音を立てて現れて、年甲斐も無く姿勢を低くして手を擦り合わせて頼んでいる。
「それはやめてくれっ!たのむよ、梨華」
「もうっ!分かってるんでしょ!理由を聞かせてもらうわよ」
梨華は凄い剣幕で肩をいからせて怒っている。急に第三者から本当に色々な事を聞かされたのだ。それも当然だろう。
「……一体どれのことだろう?」
大賢者は心当たりがあり過ぎてしばらく考え、そして何を思ったのか急に無表情になる。おじさんは時々何を考えているか分からない。分からないからこそ根掘り葉掘り聞かなきゃいけない。引き下がったら負けよ!
「しらばっくれても無駄よ、さあ、全て聞かせてもらいましょうか」
「……ああ、答えてやろう。だがまず、どの辺まで知っている?」
「どの辺までと言われても……知っているのは、私が双子で姉が王様の側室で、おじさんはそのことを知ってて黙ってたってことくらいですよ」
最後の『黙ってた』という言葉だけ強調して、大賢者のほうをじろっと見ながら言う。
「ああ、それだけ知っていれば充分だろう。私はこの後用事があるから、それじゃあな」
それだけ言ってそさくさと立ち去ろうとする大賢者の服の袖を掴んで引き止める。
「なぁにが、充分よ。話しが終わるまでどこにも行かせないんだからっ!……これはおじさんが悪いんだからね。反省してね」
「そ、それはっ、私の秘蔵のコレクションっ!よせっ、やめるんだ!それだけはだめだ、やめろーやめてくれーっ!」
おもむろに懐から取り出したそれを奪おうとする大賢者から遠ざけるために、梨華は手を目いっぱい上に伸ばし天へ掲げる。
「もう、こんなのいらないでしょ。これと同じようなやつ他にも一杯持ってるんだから。」
そう言いながらそれが入った箱を落とすふりをすると、大賢者が大慌てで早口で捲し立てる。
「お、おいっ。やめろーっ!それは、特別な奴なんだ。旅先で見つけたとても愛らしい猫たちの一番綺麗に撮れた物なんだ!次にまた同じ子に会える確率はごくごくわずかだ。しかもその中で本当に良い写真が撮れる確率はもっと低い。それなのに、その一番良い写真をけ、消し炭にするなんてっ!なんて酷い子なんだ。私はお前をそんな風に育てたつもりはないぞっ!」
「うるさいっ、猫の写真に育て方は関係ないっ!もう知らないっ!こんな写真燃やしてやるっ!」
たかが写真ごときで喚いて、話が本題から逸れてしまっている事にいい加減にイライラしてきて、梨華はキレ気味に叫んだ。
「お、おい!やめろ!やめてくれっ!」
いきなりのことに困惑した大賢者を遮るようにして、写真の入った箱を目の前に突き出し無言で魔法をかける。
ボウッ……
勢いよく猫の写真と写真の入った箱が燃え落ちた。大賢者は燃えカスをかき集め、半泣きになっている。
「う、うわあっ、わ、わたしの私の子供たちがああっ!」
「ったく、おじさんってばどんだけ猫が好きなのよ。うそ、嘘っ。ほら、返してあげる。」
梨華はかわいそうになって、何故か元通りの状態で手に持っている先程の猫の写真の入った箱を大賢者に渡す。本当に猫が好きすぎてどうしようもない。おじさんの子供は養女の私でまかり間違っても猫じゃあ無いでしょうに。拗ねるよ!
「えええっ!?どういうことだっ!?それはさっきお前が燃やしたはずっ!」
そこで大賢者はハッとなってようやく真実に辿りつく。気付くのが遅いんだよ。落ち着いて考えてみれば簡単な事なのにね。さすがにおじさんが大切にしている物を、いくら怒っているとはいえ本当に燃やしてしまったりはしないもん。
「……そうか、そういうことだったんだな。」
「はい、多分おじさんが考えていることは合っていると思いますよ。」
「それじゃあ、やっぱり……」
「ええ、そうですよ。おじさんたら猫が関わってくると思考力が普通の人と変わらないくらいにまで落ちちゃうんだから。気をつけてっていつも言ってるのに」
「まったく、おじさんをからかわないでくれ・・・それは無言呪文と転移魔法の複合技と複製魔法と火魔法だな」
「うん、ついでに言うとMP節約も使ってるよ」
「……写真を燃やしたと見せかけて、そっくりな模造品と転移魔法ですりかえて無言呪文で呪文が違うことに気づかれない様にしたのか」
「そうだよー。ほら、写真返してあげたんだからさっさと話してよ」
「……そうだな、仕方がないから話してやるか。その前に腹が減った。何か作ってくれないか」
「もう!おじさん自分で作れるじゃないですか。自分で何か作ってくださいよ」
梨華はめんどくさそうに言う。いつもは大体それぞれ作ったり店に行ったりして食べてるのに。
「そりゃあ、自分でも作れるさ。けどお前が作ったほうが何倍も美味しいじゃないか。俺が作れる料理なんてせいぜいカップラーメンくらいだぜ。そんなの料理って言わないだろ。だから頼むよ」
梨華はキッチンのおじさんの食料スペースに大量に置かれたカップラーメンを思い出して、さすがにかわいそうに思って承諾した。
「まったく、しょうがないわね。で、何食べたいの?言っとくけど私も簡単な物しか作れないわよ」
「あ、ああ。ええっと、冷蔵庫の中にあるもので何が作れる?」
二人で話しながらキッチンに向かって、梨華は冷蔵庫や食品棚の中をゴソゴソと探し回りながら料理を考える。
「ええっと、にんじん、トマトにきゅうりにレタスそれから……」
しばらくうんうん唸りながら調味料や炊飯器の中を確かめ、最後に表情をほぐしてこう言い放った。
「うん!やっぱり手軽に作れて簡単に食べられる物はこれしかない。おじさん、今日のお昼はサンドイッチだよ。文句は……無いよね?」
「あ、ああ。それでいい。」
梨華が有無を言わせぬ顔で大賢者を見ると、何もいえずに(元々何も言うつもりはなかったが)大賢者はただ頷く。こういう時に歯向かうと恐ろしい事は何度も経験して分かっている。
「じゃあ、サンドイッチに決定。すぐ作るから待っててね」
良いお返事に満足そうな笑顔になった梨華は、鼻歌を歌いながら冷蔵庫から材料を取り出していった。
大賢者は猫好きの変人・・・