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91……パン屋〝コロロ〟

マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。

飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。

リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。

学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。

そうして、初めての夏がやってきて――

      ♪


「いらっしゃいませ、なのっ」

 村の小さなパン屋〝コロロ〟にて。十歳を超えたくらいの少女が、番台に立ってお客さんを出迎えた。赤い癖っ毛と笑顔が良く似合う少女だ。

「今日のおすすめは……えっと、三種のオレンジ蒸しパンです!」

 今日は学校のお仕事体験。幼いながらも、一生懸命にこなそうとしている。

 彼女――ファナからにこにこ顔でお勧めされると、みんなついトレイに載せてしまう。それを無自覚にやっているファナもすごいが、そうなることをわかっていてファナをお店に出すコロネさんも人を見る目があるというか、したたかというか。

「……リト、あんまり試食ばっかりしたらだめなの。ご飯前にお腹いっぱいになっちゃうよ?」

「そうだな。店員が試食するわけにはいかないもんな」

 リトのいじわる! 恨めしげな目をするファナの前で、パンの端っこを口に放り込んだ。


      ♪♪


「ということで、リトくん、お店番お願いね♪」

「リト、笑顔でお客さんにパンをおすすめしないとだめなの! 三種のオレンジ蒸しパンなの」

 ……気がつけば、店番に立たされていた。

 ファナの現在の保護者ということでファナのお仕事体験につきあっていた――はずなのに。

「あら、リトくん、今日はお店番? 何でも屋さんのお仕事?」

「ええ、そんなところです」

 ボランティアです、ファナを人質に取られましたとは言えず、曖昧に答える。

「今日のおすすめは、三種のオレンジ蒸しパンだそうです。うちのファナも大絶賛でした」

「そう? じゃあ、もらっていこうかしら」

「ありがとうございます」

 レジで会計を済ませると、おばさんが意味ありげにリトを見てくる。

「あの、なにか?」

「あ、ごめんなさいね。なんでもないの。ただちょっと、リトくんも変わったなって」

 リトがこの村に来て、もう十年は経つ。幼馴染にあれだけ振り回されたのもあり、来た直後に比べたらずいぶんましになったと自分でも思う。

 なんて、的外れなことを思うリトをよそに、要因の一人である少女は小麦粉と戦っていた。


      ♪♪♪


「すごい! ファナちゃんすごくいい! わかるだろう、小麦粉の輝き。こねる前に比べたら、宝石みたいにきらきらしている! ファナちゃんのパンへの想いが結晶になって――」

「うるさい。ファナちゃんが集中できないでしょうが」

「……ごめんなさい」

 一蹴されて隅で小さくなるのは童顔の男性だった。愛称はコロさん。コロネさんの旦那であり、店主のおじさんの息子だ。おじさんの作る昔ながらの味に対して、創意工夫で新しい味を作っているのがコロさん。三種のオレンジ蒸しパンは、おじさんの伝統的な蒸しパンと新しい味とを組み合わせたこの夏の新商品だ。

「できたのっ♪」

 鼻の頭とほっぺを白くしたファナは満面の笑みを浮かべる。コロさんが少しだけ手を加え、いよいよオーブンへ。ファナは、パンたちに不安半分、わくわく半分の視線を向けて、

「えへへ、おいしくなってね」


      ♪♪♪♪


「リ~トっ、ファナのパンができたのっ。……えっと、食べてみて?」

 不安そうな目。差し出されたお皿にはパンがひとつ。丸くて三角形がふたつついていて、チョコレートで目と口が描かれている。

「犬だな」

「えへへ、やっぱりリトならわかってくれるって思ってたの。……でも味は…………」

「……うん。焼き立てなのもあって、めちゃくちゃうまいぞ。イチゴジャムにちょこっとオレンジジャムが入ってるのが甘酸っぱくていいな」

「それはえっと、蒸しパンの余りがちょっとだけあって、それだけなら使っていいって」

「そうか。よし、今からはファナの手作りパンもおすすめしとこう」

「ふあっ、べ、べつにいいのっ。おすすめできるようなのじゃないしっ」

 顔をぶんぶんと、お尻から伸びる竜のしっぽをふるふると振った。

「えへへ、でも、リトにおいしいって言ってもらえてうれしかったの。あ、ジャム……」

 リトの指についたジャムを目ざとく見つけ、リトが拭うよりも先に、ファナが指を口に含んだ。指をなめた舌をぺろっと出して、

「えへへ、リトの味がするの♪」

「んなわけあるかっ」






最後までお読みいただきありがとうございます.


本作は,まったり日常モノです.

気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.


夏なので夏みかんの甘酸っぱい味が恋しくなりました.

ということで,作中に出してみたり.

あと,焼き立てパンはどうしてあんなにおいしいのだろうと思いつつ.


パン作りネタはまたいつか書いてみたいものです.


それでは次回,

『92……木の家』

ファナはみんなよりお姉ちゃんだから、ちゃんとお姉ちゃんらしくするのっ――というお話です.

よろしくお願いします.


今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.

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